見出し画像

帰路

 いつからカメラが重たくなったのか。見えてる景色の色彩が少し薄くなったのか。手を伸ばせば届くあちこちに散乱する言葉に手を伸ばせなくなったのか。なんでだっけって思いながら、なぜか洗濯機の上にある鏡に問いかける。誰しもその人だけの心の領分があるということ、踏み荒らされたくない場所。痩せた地と狭くて暗い部屋。臆病で、想像の中でさえ自分に刃を突き立てられないで、消え入りそうな細い息をしていた。

 ただいま。なんて言って帰ってきたのは、随分とヘラヘラとしている。晴れた日は外へ行こうね。眠れない日は夜更かししよう。生活はリハビリ。大丈夫が、ほんとうにだいじょうぶになる日のこととか、わからないけれど。もうすぐ夏もくるし。

 日向ぼっこをするふわふわの猫。眠たいってテンションで死にたいって言う同期。レシートを渡す時、お気をつけてって微笑んでくれたレジの人。昔ひとりで観に行った「花束みたいな恋をした」の小説。隣の席に座った人のペンケースについるみたらし団子。大切なともだちからのお手紙。いつか行きたいと思ってた小説の舞台。ひとりドライブでする車カラオケ。自分で握ったおにぎり。まあゆっくりしていきなよってお呼ばれした夕飯のカレー。ひと風呂50円の無印の入浴剤。眩しすぎて目を合わせられないけれど、すごいニコニコしてくれるスタバの店員さん。推しの詩人が読んでた漫画。やけくそに弾くシンセ。友人が誕生日に送ってくれたハガキについてた料金不足のシール。池田彩乃さんの観光記の6ページの「詩の所在」。

 ありがとう。ぜんぶ。この身体が器、その瞬間はあまりにも唐突で些細。だから生きてみたりして、次はどこへ旅しようかなんて。そんなことを考えています。


 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?