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【yakouの戯言】Even if you lose it

あるところに1人の少年がいました。
少年は歌うことが大好きでした。

初めはテレビから流れる好きな歌を覚えては口ずさんでいましたが、いつしか自分で歌で作るようになりました。
小さい頃から人見知りが激しく、人前でうまく話せなくなってしまう少年にとって、歌だけが唯一、正直に気持ちを伝えられる手段だったからです。
少年の歌はとても優しく、周りの人々を笑顔にさせていました。

ある時、少年は風邪を引いてしまいました。
喉が真っ赤に腫れてしまい、とても声を出せる状態ではありませんでした。
何度もお医者さんに通いましたが、いつまで経っても治りません。
そのまま、少年は声を失ってしまいました。

少年は考えました。
「声は出なくなってしまったけど、まだ自分にはこの両手がある。そうだ、楽器を覚えよう!」
そうして少年はピアノを弾くようになりました。

ピアノの音はとても綺麗で、少年のピアノはすぐに街の人たちにも気に入ってもらえました。歌うことしか知らなかった少年にとって、明確な言葉がなくても音があれば気持ちを伝えられるという発見は、とても喜ばしいことでした。

ある時、少年は交通事故で両手を失ってしまいました。これではもうピアノを弾くことができません。

少年は考えました。
「もうピアノは弾けないけれど、自分にはまだ足がある。そうだ、ダンスを覚えよう!」
少年はタップダンスを踊るようになりました。

両足をうまく使って音を出し、そのパフォーマンスに街の人たちは拍手をして喜びました。メロディを奏でることしか知らなかった少年にとって、たとえ音階がなくてもリズムを刻むことで気持ちを伝えられるという発見は、とても嬉しいものでした。

ある時、少年は倒れてしまいました。
過度な練習で、両足が折れてしまったのです。
何度も治療やリハビリを試みましたが、もうダンスを踊ることは出来なくなりました。

病院のベッドの上で、少年は考えます。
「もう音は出せないけど、自分にはまだ耳がある。少しでも長く音楽に触れていたい…」
そうして、少年はたくさん音楽を聴くようになりました。

しかし音楽を聴けば聴くほど、歌いたくなってしまいます。ピアノやダンスで、気持ちを伝えたくなります。
少年は悲しくなりました。
それでも、音楽を聴くことはやめません。この悲しい気持ちも、ヘッドホンから流れる音楽が励ましてくれるように感じたからです。音楽が人の心を救うことができるという発見は、とても胸が熱くなりました。

やがて、少年は耳も聞こえなくなってしまいました。これではもう音楽に触れることはできません。

少年は考えました。
まだ自分にできることを。
彼にできたのは、まだ唯一残っていた両眼から涙を溢すことだけでした。

ある時少年は、自分の身体から、心臓の鼓動が伝わってくることに気がつきました。
自分自身から音が鳴っていることに、少年は嬉しくなりました。

ゆっくりと目を閉じて、自分の心臓の鼓動を感じます。ドクン、ドクン、と流れるリズムはとても心地よくて、少年はその幸せをいつまでも噛み締めました。

少年の周りにはたくさんの音が溢れていました。
点滴の音、脈拍器のリズム、ナースコールの旋律、大切な人たちの泣き声。
もう少年に届くことはありません。

しかし、彼の顔は誰よりも幸せそうでした。

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