小噺2〜短プラ引上げ
「申し訳ありません、日銀の金利引上げに伴い、我々がご融資の基準としております短期プライムレートが上がる事になりまして…つきましては○○様へのご融資の金利も上がる事になります」
「ええ、ご預金の金利も上げております、はい。元々がそういった契約になっておりますので、ご理解いただきますようお願い致します。返済予定表については別途ご郵送いたしますので宜しくお願いします」
全く、日銀も政策金利引き上げとか余計なことをしてくれたもんだ。いや、日銀が上げても上げるかどうかは金融機関に委ねられてるから、余計なことしてるのは本部か。
店には新しい金利で作り直された短プラ連動融資の返済予定表が大量に届いているけど、さすがに何も言わずに送るとダメな気がするので、電話だけはするようにしてる。
といっても担当がついてるような先には担当が接触するので、私が電話してるのは担当も碌に行かなくなったような先。渉外人員も減らされてばかりなのでそういう先も増加傾向。
私自身、前の短プラ改定の時も大変だった思い出があるような年代なので、いきなり電話して金利上げるわと言うのは抵抗されるかなと思った。そもそもろくに訪問もしてないし。
ただ、随分前からニュースなどで言われてたりするのと、世の中全体に値上げが浸透してきてるからか、案外何も言われないことが殆ど。
「儲けて貰わないと困るからね。○○銀行みたいにうちのエリアから出ていかれたりすると」
とか言われたりもする。町に二つあった金融機関も今はひとつになった。○○銀行は都会でローンや仕組金融やるのに忙しいからか、店舗統合する時も旧店舗の人は全員転勤になって誰も残らなかったとか。給料は向こうの方が良いらしいが、うちはまだまだ働きやすいなと思う。
本部の人からも
「いやぁ、私の担当している店の中でも行きたくない場所ワーストですね」
と馬鹿にされる僻地店舗。そんな中でもピカピカの豪族企業はいくつかあるけど、そもそも無借金か市場金利連動だからこんな電話をする必要もない。
「副係長、すいません、この先に電話していただいてありがとうございます…結構ややこしい先なので正直助かりました」
やかましい。お前俺より役職上だろうが、年下のくせに。高いカネ貰ってるんだったらそういう事もやれよ。面倒な事だけ押し付けやがって燃えたら後処理はこっちかよ、と心の中の私は叫ぶが、実際には
「困るなぁ、まあ誰かが伝えたら良いからね、『変動金利だから仕方ないよな、俺が選んだんだし』と言ってたよ」
と笑顔で答えておいた。
「え?この融資は全期間固定って聞いてるんだけど、どういうこと?だからお宅を選んだんだけど」
出たよ。たまに居るんだよな、こういう奴。いや、お客様の事ではない。成績欲しさに、実際に出来ないことをお客様と握って契約するような奴。
「10年前、担当の人と××支店長が来てはっきりそう言ってったんだけど。いや、今の貴方に言っても仕方ないけど」
と、パワー系で有名だった支店長の名前を出される。だった、と過去形なのは、今は色んな人の苦労を踏み付け、本部役員として人が変わったかのように穏やかにやってるからだ。
「畏まりました。ご事情も承りました。過去の記録も改めて確認致します。ただ、我々も出来ることと出来ないことがありますので、まず出来うる形をご提示させていただきたいと思います」
接触履歴や過去のファイル見ても何話したか全然書いてないし。やっぱりこういう奴なんだよな、クソが。
当時の××支店長が出来ないことを握った!と私みたいな一介の現場の副係長が騒ぎ立てたところで絶対に認めないだろうし、逆恨みした奴に報復されるかもしれない。仕方ないな。何とかなる範囲だしさっさと稟議を書くか。
「え?改装資金も一緒に出してくれて月々の返済負担も減る形?これなら金利少し上がっても良いよ!いやぁ、ありがとう!」
「しかし、××支店長は確かに私に全期間固定ですって言ってたんだよなぁ」
「社長、全期間固定だと中途返済には違約金が必要なので、この形はご提案できませんでしたよ」
「それもそうか、結果オーライだな!君みたいな人の成果を横取りして偉くなってくタイプの人間なんだろうな」
社長は笑う。私も笑う。
こうやって自分が動いた事で関係してくれた人が少しでも幸せになってくれる、この仕事は案外気に入っている。95%くらいクソなことが起こっても、残りの5%でこういうことが待ってるから辞められない。色々と目の前のお客様の役に立てるよう、これからも頑張るかな。
事務所を辞去した私はApple Watchのボイスメモをオフにし、さっきの社長の言葉を保存しておいた。
※この話はフィクションです。実際の出来事とは何ら関係ありません。
私なんかで良いんですか…?