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未来は予言できるのか ~ラプラスの悪魔と量子論の誕生~

皆さんは未来の出来事を一つだけ知ることができるとしたら何を知りたいですか?私は鶴瓶の麦茶の最大サイズが知りたいです。


完成した物理学

19世紀のはじめ、1687年の『自然哲学の数学的諸原理』(A. Newton)より始まった”物理学”は完成した。宇宙には規則が存在する。その規則は数学、とりわけ微分方程式によって記述され、すべての現象は例外なくこれに従う。この微分方程式を発見することこそが物理学の本質であり、すべての微分方程式を発見した日をもって、物理学は完成したのだ。

完成した物理学のイメージ

世界のルールを定める5つの方程式

世界は物質の運動と電磁気力の相互作用で構成される。そして物質の運動はNewtonの運動方程式、電磁気力はMaxwell方程式で記述されることがわかっている。
$${ m\dfrac{d^{2}\bm{r}}{dt^{2}}=\bm{F} }$$
$${ div\bm{B}=0 }$$
$${ rot\bm{E}=-\dfrac{\partial \bm{B}}{\partial t} }$$
$${ div \bm{D} = \rho }$$
$${ rot \bm{H} = \bm{j} + \dfrac{\partial \bm{D}}{\partial t} }$$
この5つの方程式が、世界のルールを定めている。
これは、度重なる実験と考証、論理的帰結から得られた経験的事実にほかならない。


微分方程式の解の一意性

ここで、微分方程式について考えてみよう。
1変数関数$${ f(x) }$$とその微分$${ ( f'(x), f''(x), f'''(x) … , ) }$$の間に成立する関係式

$${ F(x, f, f', f'', …) = 0 }$$

を(常)微分方程式といい、関係式を満たす関数$${f}$$を求めることを微分方程式を解くという。微分方程式に現れる$${f}$$のn回微分で、最高のnの値を階数という。
重要なのは、n階常微分方程式の解はn個の条件
$${ f(x_0)=f_0, f'(x_1)=f_1, f"(x_2)=f_2 ,…) }$$
を与えれば一意的に決まる
ということだ。
簡単のために、1階常微分方程式を考え、以下の形に変形する。

$${\dfrac{d}{dt} f(t) = G(f(t),t) }$$

$${ t=t_0 }$$ での初期条件 $${ f(t_0)=f_0 }$$ ($${f_0}$$は定数)が与えられれば、変数$${t}$$が微小な量$${\Delta t }$$だけ増加すると、微分の定義から

$${ f(t_0 + \Delta t) = f'(t_0)\Delta t + O(\Delta t^2) = f_0 + G(f_0, t_0)\Delta t + O(\Delta t^2) }$$

最右辺は$${f_0, t_0 , \Delta t }$$だけで決まるので、$${ f(t_0 + \Delta t) }$$も決定される。この手順を続けていけば、任意の$${t}$$での$${f(t)}$$が決定される。物理学的な見方をすれば、初期条件が与えられれば任意の時間での状態が決定すると解釈できる。

ラプラスの悪魔

ラプラスの悪魔は、2つの能力を持つ想像上の悪魔である。

  1. ある瞬間の宇宙の粒子の運動量と位置を完全に知覚できる

  2. すべての粒子の運動を計算できる膨大な計算能力を持つ

先ほど、微分方程式は初期条件を与えれば任意の時間での状態が決定すると述べた。ラプラスの悪魔は、ある瞬間の宇宙の初期条件を微分方程式に代入できる能力がある。そして、宇宙の法則はすべて微分方程式に従うとも述べた。つまり、ラプラスの悪魔はこの宇宙の過去、未来を完全に予測できるのだ。だが、真に恐ろしい結論はこれではない。ビックバンの瞬間をラプラスが知覚したとする。ラプラスの悪魔はその瞬間、宇宙の行く末を完全に知ることになる。つまるところ、宇宙が生まれた瞬間から、我々が生まれ生活し、何をするかも誰と出会うかも、こうして私が記事を書き読者諸君がこれを読むことも、ビックバンの瞬間にすべて時間の関数として"確定”していたのだ。世界線とは一本の細い糸であり、すでに確定した未来を我々は進んでいるに過ぎない、これを決定論的宇宙論と呼ぶ。この論理的帰結は多くのものに絶望をもたらした。人類が築き上げてきた叡智など、神の手のひらの上で踊らされていたに過ぎなかったのだ。

新しい物理学の誕生

ときは19世紀末、帝政ドイツはプロイセン国王のもと、領土拡大のために重工業を拡大していた。その中でも、鋼鉄の安定生産は重要な課題であった。
当時鋼鉄は、オープンハース炉と呼ばれる大型の炉に鉄鉱石と屑鉄を溶かし、酸化剤を加えて不純物を取り除いて製造された。このとき、温度の管理が品質維持に重要であった。当時は職人の経験に頼っていた温度管理をマニュアル化すべく、鋼鉄の色から温度を測定する研究がプランクによって行われた。そしてこの研究が、物理学を次の段階へと進めるきっかけとなる。

黒体輻射

プランクはまず、シンプルな系での考察から初めた。理想的な黒体が放出する電磁放射のスペクトルを考える。黒体とは、以下の特徴を満たす仮想の物体である。

  1. すべての入射光を完全に吸収する

  2. 熱平衡状態にあり、入射する放射エネルギーと同じ量のエネルギーを放射する

プランク以前から黒体輻射のスペクトルを導こうとする試みがなされたが、振動数の全領域にわたって実測と合うものはどうしても得られなかった。
レイリー・ジーンズの法則は、低周波領域での正確な黒体輻射に成功しているが、高振動数領域では急激にエネルギー密度が発散してしまう、紫外線破綻が発生してしまう。高振動数領域ではウィーンの法則が正確だが、低振動数領域では急速に0に近づき、これは実際のスペクトル分布と一致しない。
そこでプランクは、ある奇妙な仮説を立てた。

エネルギーは、いくらでも細かく分けうるような連続量ではなく、$${\nu}$$という振動数を有する放射のエネルギーは、$${h\nu}$$という量の整数倍
$${ E=nh\nu (n=0,1,2,…) }$$
の値しか取ることはできない。

ここで、$${h}$$とは新しい定数、プランク定数である。こんにちでは、これはエネルギー量子仮説と呼ばれている。
エネルギー量子仮説に基づき、プランクは2つの公式をつなぐ内挿公式を導いた。

$${ U(\nu,T)=dfrac{8\pi h}{c^{3}}\dfrac{\nu^{3}}{e^{h\nu /kT}-1} }$$

これは全振動数領域をカバーしており、他の2つの公式を極限として含んでいる。

黒体輻射の強度分布

青く示したのがレイリー・ジーンズの法則で、高周波領域で発散しているのがわかる。赤線はウィーンの法則で、低周波領域で正確ではない。そして緑に示したのがプランクの法則であり、どちらの領域でも実験結果とよく合致する。
”エネルギーは飛び飛びの値しか取ることはできない”、この事実は物理学に大きな衝撃を与えた。

光電効果

金属の表面に光を当てると電子が飛び出してくる現象を、光電効果と呼ぶ。なんの変哲もない現象だが、不可解な点が一つあった。光、すなわち電磁波が持つエネルギーは、ポインティングベクトル$${\bm{S}}$$で与えられ、電場ベクトルと磁場ベクトルとの関係は、

$${ \bm{S}=\bm{E}\times\bm{H} }$$

であり、電磁波のエネルギーは振幅にのみ依存するはずである。ところが光電効果はエネルギーが振幅に依存せず、光の振動数に依存するというのだ。
アインシュタインは、プランクのエネルギー量子仮説を取り入れれば、この現象を鮮やかに説明できることに気がついた。すなわち、

振動数$${\nu}$$の光は、1個のエネルギーが$${h\nu}$$のエネルギーを持つ粒子の集団のようにふるまう。

と考えた。アインシュタインの考えはこうである。金属内の自由電子は、金属内を自由に動き回ることができるが、金属イオンの引力を受けているので、電子を引き出すにはある最低エネルギーを与えてやれねばならない。このエネルギーを$${W}$$とし仕事関数とよぶ。1個の光子が1個の電子に当たり、電子が金属表面からはじき出されるとき、その電子の運動エネルギーを$${\frac{1}{2}mv^{2} }$$とすれば、

$${ \frac{1}{2}mv^{2}=h\nu -W =h\nu - h\nu_0 }$$

となる。これは光電効果を完全に説明し、振動数$${\nu}$$の光は、1個のエネルギーが$${h\nu}$$の光子の集まりであると考えて良いことが明らかになった。

古典論の限界

プランクの提唱したエネルギー仮説をもとに、次々と新しい事実が明らかになった。アインシュタインは、光は$${h\nu}$$というエネルギーを持った粒子、すなわち光子であると考えて、光電効果を説明した。コンプトンはさらに、光子はエネルギーだけでなく粒子のように運動量をも持つことを明らかにした。一方、いままでは粒子として考えられていた電子も同時に波動性を持つのではなかろうかとド・ブロイは予想し、それも実験的に確かめられた。これらの事実から、光と電子は波動と粒子の二重性を持っていることを認めざるを得ない。そしてこの二重性こそが光子や電子の本質であるのだ。そしていま、この両方の性質を矛盾なく説明する新しい物理学が必要となった。

量子論の誕生

ここまで述べてきた通り、光が粒子の性質を持つと考えなければならないと明らかになった。一方で、光が干渉や回折など波に特有な性質を示すことも厳然たる事実である。したがって、光が粒子性を持つと同時に波動性を持つと考えざるを得ない。この粒子と波動の二重性という、我々の直感からかけ離れた振る舞いこそが光の本質であり、このパラドックスを認めなければならなくなった。

自由粒子のシュレーディンガー方程式

電子もまた波動性を持つはずだと、ド・ブロイは考えた。それは実験で確かめられ、ミクロな粒子が持つ粒子性と波動性を両立させる新しい理論が必要となった。ここでは、束縛されない自由な電子を考えてみよう。
電子が波動のようにふるまうとき、今のところその物理的意味は不明だが、それを波動関数と呼んでみよう。その波動関数を

$${ \psi (x,t) = Ae^{i(kx-\omega t)} }$$

と書くことにする。なぜこのような書き方をするかというと、歴史的経緯と様々な量子の性質があり、ここでは触れないこととするが、量子の本質は複素数であることを強調しておく。波数$${k}$$は、$${kx}$$が$${2\pi}$$だけ変わると$${\psi (x,t)}$$ はもとの値に戻るから、$${ k\lambda =2\pi }$$が成り立ち、

$${ k=\frac{2\pi}{\lambda}=\frac{2\pi p}{h} = \frac{p}{h} }$$

角振動数は電子のエネルギーと次の関係にある。

$${ \omega = 2\pi\nu = \frac{2\pi E}{h} = \frac{E}{\hbar} }$$

これを波動関数に代入すると、

$${ \psi(x,t)=Ae^{i(px-Et)/\hbar} }$$

これを$${x}$$で2回偏微分すると、

$${\dfrac{\partial^2\psi}{\partial x^2} = -\frac{p^2}{\hbar^2}\psi }$$

同様に$${t}$$で偏微分すると、

$${ \dfrac{\partial\psi}{\partial t} = -\frac{iE}{\hbar}\psi }$$

ここで、電子に外力がないときには$${ E=\frac{p^2}{2m} }$$を満たすので、

$${ i\hbar\dfrac{\partial\psi(x,t)}{\partial t} =-\frac{\hbar^2}{2m}\dfrac{\partial^2\psi(x,t)}{\partial x^2} }$$

この方程式を自由な電子の場合の1次元のシュレーディンガー方程式という。

ボルンの確率解釈

波動関数は複素数であり観測できないが、$${ |\psi(x,t)| }$$は実数だから、何らかの観測量と結びついているのではないだろうか?これまでの物理学では、物体の位置、運動量を決めれば、その後の運動はニュートンの運動方程式によって一義的に決まってしまってしまう。しかし、このような確定値にこだわっている限り、この矛盾を解決することはできない。
シュレーディンガーは最初、電子が雲のように広がり、その密度が
$${ |\psi(x,t)|^{2} }$$で与えられる実在波だと主張した。それならば、波のかけらに対応した電子のかけらが見出されても良いはずであるが、実験によると、電子はいつも粒子として観測されるのであって、それ以外のところに電子のかけらが見出されることは決してない。

このことから、ボルンは次のような解釈を行った。

波動関数$${\psi(x,t)}$$で表される状況において、時刻$${t}$$に電子の位置の測定を行うとき、点$${x}$$を含む$${dx}$$内に電子が見出される確率は$${\left| \psi \left( x,t\right) \right| ^{2}dx}$$ に比例する。もし、$${\psi(x,t)}$$に適当な数を掛けて、

$${\int \left| \mu \left( x,t\right) \right| ^{2}dx=1}$$

のように規格化できれば、$${\left| \psi \left( x,t\right) \right| ^{2}dx}$$は電子が空間の$${x}$$なる場所に見出される絶対確立を与える。

この確率解釈を導入すれば、電子と波の二重性を矛盾なく説明しうる。すなわち、電子は粒子として放出され、粒子として検出される。電子がどこに検出されるかは、ボルンの確率解釈に従って、$${ |\psi(x,t)|^{2} }$$の確率で起こる。

つまり、量子力学が予言できるのは確率密度までであり、実際にどこに電子が検出されるかは予言できないのだ。

未来は予言できるのか

新しい物理学の誕生によって、ラプラスの悪魔は倒された。ある瞬間の宇宙のすべての粒子の位置と運動量を知覚したとしても、ラプラスの悪魔が予言できるのは確率のみであり、確定した未来を予言することはできない。我々もまた量子の塊であり、我々の未来もまた、確率的にしか決まっていないのだ。未来はあらゆる可能性が重なり合った状態にあり、観測された瞬間に現在が確定する。

宇宙の法則は、いまや紙切れ1枚に書くことができる。その紙にはまず一般相対性理論が書かれ、次に素粒子の情報が書き込まれる。この1枚の紙に書かれたルールに従って、宇宙は進んでいるのだ。だが、その未来は確率的にしか予言できない。未来に絶対起こることも、起こらないことも全ては確率なのだ。

君はいま、無限の確率の中に生きている。その確率は時間が経つにつれて収縮し、観測された瞬間に”今”になる。ならば我々がすべきことはなんだろうか?急げ、万事につながる回路はいま開かれている。


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