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エンヤを聴く季節


 エンヤを聴くならやっぱり11月から2月の寒い時期と決めている。


 ある冬の日、都会暮らし一年目の眠れない夜。眠れないといっても気持ちが沈んでいるのではなく、寝すぎて眠れなかったのだと思う。そんな夜はマンションの自室の窓から、街並みを眺め、オレンジ色の夜灯で心を落ち着かせた。ゆらゆらと、ゆらゆらと夜が静かに揺れている、なんて取り留めもないことを頭に浮かべていると、段々と「ゆらゆらと」という語句が緊迫感を持って頭の中をぐるぐると駆け巡り…、脳が興奮して目が冴えるのだ。眠れないのって七割は大抵こんな些細なことなんじゃないかな。

 とにかく眠りたいと、なら夜風に当たろうと、外に出ました。(実際には外に出るのに相当時間がかかりました。当時は親と暮らしていたので家を出るのも一苦労。音を立てずに仕度をして。でっかいロール紙にタオルケットを巻きつけ帽子を被せたら、ベットに寝かせて身代わりにしたりね。あとは猫足で玄関まで行って、鍵を細心の注意を払ってゆっくりと閉めて。エレベーターなんかそれこそ罠だから、金属のうるさい階段を10階分つま先立ちで降りるのです。)

 あれ、夜一人で散歩するのは初めてかもしれない。バレてないかな、怒られたらどうしようと考えながら、Youtubeのプレイリスト「My enya」をいつの間にか再生していた。
 シャッターが降りた店を通り過ぎて、ガラス張りのホームセンターの中をちらっと覗く。そうか誰もいないからと、じっくり覗く。非常灯の緑に照らされて薄暗い店内は、人の気配がなく少し気味が悪いけど、時間が止まっているみたいで。車屋さんだって、明かりはついていても店の活気も音もしないから、ガラス箱の中に人々の生活時間が閉じ込められているみたいでした。


名称未設定のアートワーク 2


 商店街、大通り、公園、線路沿いと歩いて歩いて、1時間半ほど経ったとき。頬がツンと冷たくなっているのに気づいた。11月も終盤で本格的な冬が始まりそうな季節。防寒を万全にしたからって流石に身体も心配になってくる。だけどなんだか不思議なのは、頬が寒さに溶けそうな、肌と空気との緊張感、すなわち物凄く寒いこの状況に胸が弾んでいる自分がいた。
 たった今私が聴いてるエンヤが、この寒さを大自然の中をずんずんと探検している空想に変換したのだ。寒いんだけど、気持ちはオーロラをやっとのこと見に来たロマンチストな私的冒険家。初めての夜の散歩で見た景色がさらに冒険心を仰いだ。そのまま私は夜の中を彷徨い続けたわけで、その後家に帰りどうなってしまったかは、それはまた別のお話。(ちゃーんと親が起きる前に戻ったのですけどね。)


 私のエンヤの季節まであと1ヶ月。今年はマスクを外せないけれど、頬の温度を想像して夜の散歩に出かけます。
最後に、ある冬の日の散歩を思い出させるエンヤのMVを紹介して、さよならにしたいと思います。



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