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令和6年度司法試験再現答案 経済法第1問

第1問
1. メーカー9社、Y社及び販売業社9社による本件各行為は、独占禁止法(以下、法名略。)2条6項の「不当な取引制限」に該当し、3条に反しないか。以下、2条6項の要件該当性について検討する。
2. まず、メーカー9社は甲製品の製造販売事業を行う者であり、Y社は甲製品の卸業を行う者であり、販売業者9社は甲製品の販売業を行う者であるから、これらの者は形式的には「事業者」(2条1項、2条6項、3条)に該当する。
もっとも、不当な取引制限における「事業者」に該当するためには、それらの事業者が取引段階等を同じくする競争関係にあることが必要だとする見解がある(新聞販路協定事件参照)。この見解を採用すると、甲製品の入札について指名資格を持っていないメーカー9社やY社は、指名資格がある販売業者9社と取引段階を異にしており競争関係が認められないため、「事業者」に該当しないことになる。
しかし、このような見解を採用することはできない。独占禁止法の条文上、「事業者」を取引段階等を同じくする競争関係にあるものに限定して解釈すべき根拠はなく文言解釈として不合理であるし、このような見解は違反行為の実態にそぐわないからである。そこで、「事業者」は必ずしも取引関係等を同じくする競争者である必要はなく、実質的競争関係が認められるならば「事業者」に該当すると解するべきである(シール談合刑事事件参照)。
以上を踏まえ、本件において上記の者らに実質的競争者性が認められるか、以下検討する。まず、甲製品の入札について指名資格を有する販売業社9社に実質的競争者性が認められ、「事業者」に該当することに問題はない。
それでは、甲製品の入札について指名資格を有していないメーカー9社に実質的競争者性は認められるか。この点について、本件においては、メーカー9社がそれぞれ販売業社9社に指示して甲製品の入札に参加させており、販売業社9社は従来から甲製品の販売について特に営業活動をしておらず、各メーカーの指示に従った価格で甲製品を顧客に販売し、その売上額から一定額のマージンを受け取っていたとの事実が認められる。これらの事実に鑑みると、販売業者9社の意思決定に対してメーカー9社がかなり大きな影響力を有しており、甲製品の入札についてもメーカー9社の意向が極めて強く反映されていたことが窺える。そして、メーカー9社は、本件取決めに基づき、入札一覧表を参考にしてY社に受注希望の有無を伝え、その後Y社から伝えられた入札価格を各々自らが指示する販売業社に提示させており、談合の成立に必要不可欠な役割を果たしていると言える。また、販売業者9社がメーカー9社の意思に反して独自の判断で入札を行ったなどの事情もうかがえない。以上に鑑みると、メーカー9社は販売業者9社の意思決定に大きな影響を及ぼしており、談合の成立に不可欠な役割を果たしていることから、実質的競争者性が認められ、「事業者」に該当する。
それでは次に、Y社に実質的競争者性が認められるか、以下検討する。この点につき、Y社が本件談合に参加する以前からメーカー9社による受注調整は行われていたから、Y社は談合の成立に不可欠な役割を果たしていたとは言えず、実質的競争者性が認められないとも思える。しかし、Y社が談合に参加する以前は、メーカー9社による受注調整が整わないことも少なくなかったところ、Y社の参加によってメーカー9社間で直接連絡交渉をすることなく実効的に入札価格や入札者を調整することができる可能性が高まっており、実際令和3年4月から令和6年6月28日までに実施された甲製品の入札200件のうち180件の落札に成功している。また、Y社は本件取決めに基づき、毎年度ごとにメーカー9社と個別に面談し入札一覧表を提供した上で受注希望を聞き出し、その後供給予定者や入札価格を決定してメーカー9社に伝えるなどの行為をしており、ハードコアカルテルの成立に必要不可欠な意思連絡や入札者・入札価格の決定の根幹的な部分について必要不可欠な役割を主体的に果たしていると言える。以上の事情に鑑みると、Y社にも実質的競争関係が認められ、「事業者」に該当すると言える。
3. それでは、上記行為者らは、「共同して」(2条6項)の要件を満たすか。「共同して」とは意思の連絡を意味し、本件のような入札談合においては、事業者らが互いに基本合意・個別調整に基づいた落札を行うことを認識・予見・認容し、歩調をそろえる意思があることを要し、それで足りると解すべきである。なお、本件で問題となっているようないわゆる入札談合は一般的に基本合意と個別調整からなるが、不当な取引制限の要件を満たし立証の対象となるのは基本合意である。
本件では、メーカー9社とY社は令和3年4月頃、本件取決めをしており、それによって落札者や落札価格を調整する旨の基本合意を形成しているから、意思の連絡が認められ、「共同して」の要件を満たすことに問題はない。一方、本件取決めに参加していない販売業社9社には明示の合意が認められない。そこで、事前の連絡交渉や連絡交渉の内容、事後の行動の一致を通じて、黙示の意思連絡が推認できないか問題となる。この点につき、本件では、上記の通り、販売業者9社の意思決定にはメーカー9社が非常に大きな影響を与えており、また、Y社が参加する以前から、メーカー9社による販売業社9社を介した受注調整が行われていた。そして、先述した通り令和3年4月以降は200件中180件の受注調整に成功しており、販売業者9社がメーカー9社の意向に反した落札を行ったなどの事情も認められない。これらの事情に鑑みると、販売業社9社とメーカー9社・Y社との間には、互いに本件取決めやその後の個別調整に基づいて行動することを期待し合うことが当然というべき関係性があったということができ、互いに歩調をそろえる意思があったと認められる。したがって、販売業社9社と、Y社・メーカー9社との間にも意思の連絡が認められ、「共同して」の要件を満たす。
4. それでは次に、「相互に……拘束し」の要件を満たすか検討する。この要件を満たすと言えるためには、(i)拘束の相互性及び(ii)拘束の共通性が認められる必要がある(新聞販路協定事件参照)。もっとも、(i)拘束の相互性については、制裁を設けるなどの方法によってその実効性を確保することまでは必要ではなく、事実上互いに意思決定を拘束し合うことによって、合意を遵守し合う関係が形成されていれば足りると解すべきである。また、(ii)拘束の共通性については、拘束内容が完全に共通していることまでは必要なく、拘束が共通の目的に向けられたものであれば足りると解するべきである。
本件についてこれを検討すると、まず、本件基本取決めには合意に違反した場合の制裁等は規定されていない。しかし、基本取決めに基づく基本合意の形成によって、基本取決めや個別調整に基づいた行動を互いに取り合う関係性が上記行為者らの間で形成されたと言うことができ、事実上互いに意思決定を拘束し合っていると言えるため、(i)拘束の相互性が認められる。また、本件談合は、甲製品の入札における入札者や入札価格を調整することによって利益を得るという共通の目的に向けられたものであるから、(ii)拘束の共通性の要件を満たす。
以上より、本件行為者らは「相互に……拘束し」の要件を満たす。
5. それでは、本件行為は「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」(2条6項)ものと言えるか。以下、検討する。
まず、「一定の取引分野」とは、競争が行われる場である市場を意味する。市場は、行為が競争に与える影響を加味して個別具体的に画定され、主に商品範囲・地理的範囲について、需要の代替性の観点から、必要に応じて供給の代替性の観点から画定される。
もっとも、本件で問題となっているようないわゆるハードコアカルテルについては、特段の事情がない限り当事者らの合意の対象となった範囲にそのまま市場が画定されると解すべきである。ハードコアカルテルは需要や供給の代替性が認められない範囲の取引分野で行ってはじめて経済的合理性があるものであって、事業者らが経済的合理性のないハードコアカルテルを行うことは通常考えられないという経験則が働くからである。
本件では、特段の事情は特にうかがえない。したがって、本件行為者らの合意の対象となった、「55団体による甲製品の指名競争入札市場」が本件検討対象市場として画定される。
そこで次に、本件検討対象市場について、「競争を実質的に制限する」の要件が満たされるか検討する。「競争を実質的に制限する」とは、当該取引に係る市場が有する競争機能を損なうことを意味し、本件で問題となっているようないわゆる入札談合においては、事業者らがその意思である程度自由に入札者または入札価格を左右することができる状態をもたらすことを意味する。
本件においては、談合参加者であるメーカー9社が我が国における甲製品のシェアの約9割を占めており、アウトサイダーの競争力が特段強いと言った事情もうかがえない。このような状況のもとで、上記のような基本合意がなされると、メーカー9社らがその意思である程度自由に甲製品の落札者や落札価格を左右で切る状態がもたらされると言える。したがって、本件行為は、「競争を実質的に制限する」の要件を満たす。先述した通り、本件取決めの結果200件中180件の落札に成功していることからも、そのように推認できる。
6. そして、本件で問題となっているのは客観的に反競争効果が明白なハードコアカルテルであり、正当な目的や競争促進効果が一切うかがえないため、独占禁止法1条の究極目的に照らして本件が正当化される余地はない。
7. 以上より、メーカー9社、Y社及び販売業社9社による本件各行為は、「不当な取引制限」(2条6項)に該当し、3条に違反している。
8. それでは次に、この違反行為がなくなった時期はいつかについて検討する。
まず、違反行為が既遂となった時期は、基本合意が行われた令和3年4月頃であると解すべきである。基本合意が行われた時点で、潜在的に競争の実質的制限が生じていたと評価できるからである。
そして、違反行為がなくなった時期に関しては、合意から離脱する意思の客観的な徴表があった時点もしくは合意による拘束から解放され自由な意思決定に基づく事業活動が再開された時点であると解すべきである。前者については、具体的には、離脱者の言動等から他の参加者がその離脱の事実をうかがい知るに十分な状況があることを要し、それで足りると解すべきである(岡崎管工事件参照)。
まず、X2社について検討する。X2社は令和5年10月23日に実施された甲製品の入札において、事前にY社から伝えられた入札価格に従わずに独自に決定した安い入札価格をZ2社に提示して落札させている。そこで、この時点でX2社の合意からの離脱が認められるとも思える。しかし、単に一度合意と異なる行動をとったとしても、その後関係性が修復し再び合意を遵守するようになる可能性も十分認められるから、この程度では離脱の事実をうかがい知るに十分な状況があったとは言えない。その後X2社は、同年12月7日、他の談合参加者に対して、今後は自社で独自に決めた価格で応札していく旨を口頭で明確に表明しており、この時点では離脱の事実をうかがい知るに十分な状況があると言え、離脱意思の客観的な徴表が認められる。したがって、X2社の違反行為がなくなった時期は令和5年12月7日である。
一方、X2以外の参加者については、合意による拘束から解放され自由な意思決定に基づく事業活動が再開された時点、すなわち公正取引委員会による立入検査が行われた令和6年6月28日に違反行為がなくなったと言える。
9. 最後に、Y社に対する課徴金の有無及び金額について検討する。Y社は、入札資格者として直接本件市場における取引に参加したわけではないから、独占禁止法7条の2第1項1号の売上額は認められない。もっとも、本件取決めでは受注調整の対象となった甲製品を仕入れるにあたり、必ずY社が卸業者として関与することが定められている。そこで、このようなY社の卸業は、独占禁止法7条の2第1項3号の「密接に関連する業務」に該当し、同号に基づく課徴金の存在が認められる。具体的には、上記のような卸業によってY社が得た売上額である10億円に「百分の十を乗じて得た額」である1億円がY社に対する課徴金となる。
以上


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