「投げ出された肖像」
何か言いたいことは?
何もない
生み棄てられた、まま、ただ、それだけだ、 それだけで、
私はあなたに出会いに行く
「あっ、あなた、私、見覚えがあって?私…似ていて、
あなた?知っているの、当然なのよ
私、あなたとか、そこの人だとか、向こうのあれだとか、
右の斜後ろを振り返らずに手を差し伸すとみつかるものだとか、
そんなものの繋ぎ合わせなんですもの、
あなたと、まるで私、そして・・・、
体重計に乗った一人の狂人が、
彼にしか見えない人物と会話をしているという幻覚を、
人類全体で見ている、これが世界だ
私と私でない無数の他人達、固定された目
現実のこの堅牢度は、私達の思い込みの、思い込み合いの、その強度なのだろう、
人間は閉鎖的だ、枠内、
「よして下さい!私をあのわけの解らない人達の目に晒さないで下さい!
あの人達の視線は、押し付けがましく私を、どこそこの、誰かしかにしてしまって、
私に形を与えて、私を私に閉じ込めてしまうのです!
「だからもう見ないでほしい、
私のことはただ、私の愛したあなたの優しい追憶の中でだけ、
生きていかせてほしい
「どうしたのかしら、よく見えないわ、よく見えないの、
だからよく見て私のことを、
私と目を合わせて、私とあなたの視線をちゃんと交差させて、
そう・・・、そうよ、そうゆうふうに・・・、
でも見えないの、見えるのはいつも私ばかり・・・、
悲しいわ、なんだか、とても悲しいことなの、
だから私、あなたのことまだ知らないけれど、私、涙に濡れた目で、
私は私のあなたの記憶を追うの
横合いから、視界の限界を辿って、呼吸の唇が私の唇に押しあてられる
終わった、何もかも、終わった
止まった
死んだ、みんな死んだ、私は死んだ
誰一人、もういない
すべて、ほったらかしのまま、かたずけられた
言葉用の黒インクで塗り潰された世界の中で
崩れかけの家の一室に肖像画が掛けられている
墓石のように
一匹の蠅が飛んできて、その上に止まる