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蟹と加賀

時の流れというのは、大人になってみると自分から気づかなければならないものだが、子供といると向こうから気づかせてくる。つんつるてんのシャツ、指が痛くなった靴、体がおさまりきらないタオルケット。

小5にして25.5センチの靴を履くようになった長男だが、まだまだ背が低く、高めにしつらえた食器棚の皿を取るのはまだ危ない。

娘はめきめき成長して、先生気取りで次男に名前の書き方を教えている。このあいだまでかわいらしい鏡文字をつづっていたのに、いま家で一番ていねいに字を書くのは娘である。

次男はついに名前をかけるようになった。まだ直線で構成された、記号のような文字であるが、読める。読めるぞ。お前の名前が……!

日々成長の著しい子供たちである。長男の時はいちいち訂正していた言い間違いも、いずれ消えてしまうと思うと愛しくて、なるべく笑わないように……なぜなら笑うと間違いに気づいて訂正されるから、真顔で聞いている。

娘はいまのところ、弟の言葉を訂正する側だと思っているがーーいつ気づくだろうか。好物の「アメリカンホットドッグ」が、実は「アメリカンドッグ」だということを。

次男はかわいい言い間違い全盛期だ。「ザンバイ」、「レジモン(デジモン)」「カレーのラー(ルーのこと)」。

次男はまだ「カニ」に刺されている。娘は「カガ」派であった。

接続の「に」「が」も名詞として認識してしまい、この言い間違いが発生するのだ。長男はなかった。噂には聞いていた「カガ ニ ササレタ」が娘の口から出たときは、驚いて訊き返してしまった。

「何に刺されたん?」

「カガ! カガ!!」

かわいすぎる。

そして次男は「カニ」派。

「サッチャン カニ ニ イッパイ ササレタ……」

悲しげな顔でぷくぷくしたふくらはぎを指し示す。かわいい。

なお本物の「カニ」がいっぱいいる磯遊びにいったときも、「ササレルノ イヤダナ……」といって気が進まなそうであったが、実物を見て別物だと理解したようだ。体験大事だなあ。

娘はもう「カガ」を卒業したが、次男はいまだ「カニ」に刺され続けている。でもたぶん夏が終わるころ、「カニ」は「蚊」になっているだろう。

あとすこしだけの「カニ」の命である。成長とともに言葉は死んで、また新しくなっていく。

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