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#ツイキャス文字起こし : #6 OpenAI CEO来日とAI社会の未来像 (2023.04.14)

↓の動画の文字起こしになります。

OpenAIのCEOが日本に来て
首相と会談したというのが
ニュースになっていたんですけど

これに関して早速
勘ぐるような話が出てきてますね

実際OpenAIの組織は
NPOのような形で運営しているとはいえ
Microsoftから資金が出てるわけでして

MicrosoftはAIの活用に関しては
前のめりな会社なんですよね

検索エンジンBingに組み込んでみたり
Officeの機能として
自動でドキュメントやプレゼンができるような
機能をつけたりする話になってますし

今でもPowerPointは
自動でデザインを提案してくれるので
ありがたいと思うんですけれども
かえってうるさいと感じるときもあります

それはさておき売り込みが来てる一方で
朝日新聞にGoogleの人のインタビューが出てましたけれども

これは競合というかコンペだからこそ
色々こういう危険性があるみたいな
ちょっとネガティブなこと言っているわけなんですよね

何でそこまでして
トップセールス的なことやってきたかというのは

背景としてネット上で見よく見るのが
日本政府がMicrosoft製品の大口ユーザーだから

そして使ってね今後買ってねってという
トップセールスの観点でやってきたんじゃないか
という見方が出てきてるわけですね

一方で今でこそChatGPTが盛り上がっていますが

画像の自動生成ですね
これもアニメーターの仕事とか絵描きの仕事が
みたいなことを言われてて
色んな画像が上がってきてたり流れてきたりしているのを
見たことあるんですが
そこそこすごいなとは思います

とは言っても今は
それなりに実用的で動くAI
アウトプットが出てくるAIがあるんですけど

ただインプットのデータも
次第に使い尽くされちゃってきていて
2026年には学習し尽くされているんじゃないか
という危惧があります

ブームが続くのは
あと3年ぐらいかと思うんです

とは言っても
ハイプ・サイクル的にしぼむんだけど
AIの利用が当たり前になってきた時に
どういう経済どういう仕事があるかっていうのは
気になるところではあるんですよね

知的労働者が云々とか
ホワイトカラーの仕事がとかって
色々言われているわけですが
古い見方をするとこうなんじゃないかって思ってます

iPhoneを作っているApple社の創業者の
スティーブ・ジョブスが
「コンピューターというのは知的自転車である」
"Bycycle for the Mind"
という言葉を言っているんですね

これはどういうことかっていうと
人が歩いて地面を移動する時のエネルギー効率は
他の動物に比べると悪い

例えば鳥だったら滑空飛行で
移動できるから水平移動のエネルギー効率が高い

移動のエネルギー効率で比べると
鳥は良いんだけど人間は悪いと

ところが自転車を使うと
鳥の滑空飛行のエネルギー効率を超えられる
と言うんですね

これが人間の知的な働き
脳の働きに関しては同じことが言えていて

コンピューターとは
人間の知的能力を拡張するもの
ブーストするもの
という思想というか
発想を持っていたんですね

おそらく今後
「知的自転車」というものに相当するのが
多分AIと呼ばれている
この技術の本質的な部分だと思っていて

確かに事と次第によっては
駆け引きとか恐ろしくとなるよというのは
確かなんですけれども
ある意味ですね

と言ってもこれがどういう風に社会を変えていくか
何かと変えていくかっていうのは
1990年代以降の流れを体験している人間からすると
あんまり明るいものじゃないなと思ってるんです

その1990年代の
あんまり明るくないことは
何かって言うと

1つはマルチメディアブームとか言われてた
ちょっと前あたりから
みんなパソコンとかを使って色んなことをやりだす

その時にCD-ROMドライブが普及した理由が
アダルトタイトルだっていう
ある意味面白い話がありまして

しかもその中でインタラクティブという言葉が
人々の間に広まってきたんですが

そのとき出ていたのはアダルトものとか
エロゲの類だったんですね

ところが
そのとき並行して起きていたのが
ブルセラ問題とか援助交際の話だったんですけど
もっと一般的に言ってしまえばテレクラですね

1980年代から日本で
ある意味匿名的なコミュニケーションであるとか
顔とか素性がわからないところからスタートする
もう一つのコミュニケーションのチャネルみたいのがあるというのは
すでに素地があって

そこに1990年代中盤から
インターネット利用の普及というのがあると

匿名性ということが色々言われてたんだけれども

2ちゃんねるも含めたネット掲示板も
色々言われている「2ちゃんねる」も含めて
それが産んだものを
清算とか振り返る必要があると思うんですよね
来年2ちゃんねるが25周年を迎えてしまうので

それに対して流れ込んできた人たちの
熱狂というか熱気はあるんですが

比較的早めに入ってくる
アーリーアダプターみたいな人たちは
ある程度知識とか意識があるので

自分たちが見つけてきた
フロンティアというか開拓地なんだから
「荒らすな」みたいなのがあったりするんですけど

これが次第に何も知らない
レイトマジョリティが入ってきて
「土足で荒らされていく」ことに対して
あまりいいイメージ持ってなかったりするんですけども

そうやって荒らされていくということがある
ある意味現実社会の鏡写しみたいなところがあって

ネットの利用が社会を良い方向に向かわせないんじゃないか
そういう4原則みたいのが言われるようになった
というのが確かにある

実は一部の独占的な寡占状態を生むというのもあるし
監視社会のような方向にも行くし
ということで

ネット社会の未来像として
2002年頃から次第にダークサイドみたいに
言われるようになってくるんです

これに関してもう一つ言われてるのが
911を頂点・きっかけとした
セキュリティ化の問題もありまして
監視が厳しくなっていくという
基本的には厳しい未来像
そういうのは既にあると予言されてたわけです

(1)インターネットは必ずしも開かれた社会をもたらさない。
(2)心の自由競争は一握りの勝者と大量の敗者を生む。
(3)ネットの普及によってむしろ国家や権力の統制が進む可能性もある。
(4)インターネットが自由んが言論よりもむしろ社会の監視機能の強化寄与する可能性が高い。

出典:ネット社会の未来像 (神保・宮台激トーク・オン・デマンド (3)) 春秋社、2006年

ところがブログとか
Twitterとか出てきたんですが
それまであった問題を
さらに深刻化させてしまうのは
本当に大きいと思ってますね

そういう意味だと
問題も20年以上前には
ある程度わかってたわけですよ

今回のChatGPTやAIに関して
盛り上がっているところを
振り返ってみると

恐らくですが
データ量というか物量で制する
時代が出てきたときに
ある意味何でもできてしまう社会

AIのようなツールを使うことによって
頭を使わなくなっていく人が
どんどん増えていくだろうと

だからそういうのを見越した上で
例えばピーター・ティールとか
イーロン・マスクみたいな
新反動主義者と言いますか
加速主義者の一部みたいな人たちが言うのは

民主的な決定なんて
デタラメな結論を出力する
これが一つ目の公理で

もう一つの彼らの公理は

民主的な決定って
その都度配分を要求するけれども
金持ちはそのカネは出さねぇ
っていう話ですね

最近もう一つが出てきている論点が
woke capitalismの問題とセットになっていて

再配分の否定であるとか
民主的な決定がデタラメだ
というのに対して

民主主義なんて
いらないよねっていう話で
政府による再配分なんか
やらなくていいよねということで

寄付とかバーンて出すんだけど
税金・課税は否定する
という立場を取ってる
って実に分かりやすいわけですね

ですからwoke capitalism的なものと
新反動主義というのと
セットなんじゃないかなという
印象を受けてます

新自由主義とか言われてたけど
そこの所ってある意味ダミー
影に隠れて出てきたんでしょうね

今とりあえず目立ってるのが
AIを社会が使っていく時に
何が起きるか

ある種一つの新しい権威主義的な社会と言いますか
「正しさ」をどうやって
誰がどう決めるかっていうのが
人の手から離れた社会と言いますか
そうなっていくのかなと

自分の頭で考えないっていうのが
令和の時代精神じゃないか
小山晃弘氏が最近noteで書いていました

そういうのとも接続した話題になりますし

一方で自分の頭で何も考えないということが
何をもたらすかって言えば

価値観を持たずに
回りに合わせるだけっていう

宮台真司だったら
日本人の劣等性って言ってた部分ですね
これも非常に相性がいいわけですね

そういうことを考えると
ここら辺の問題は色々複雑に絡み合って
多分僕らが知ってるような
現代社会というか近代社会というのを
内側か崩壊させていくんだろうという
気がしています

現実なんてどうでもよくて
もうメタバースにはまって
大人しくしてくれよ
という感じかもしれないですし

辛いことかあったらドラッグやって
もう幸福感で快楽に見を預けて
現実世界に関わるな

そんな感じになるでしょうね

できるやつはできるやつで
2時間以上を集中力を持たせるため
メタアンフェタミン入りの薬飲んで
24時間戦うみたいな感じになってくる
ブーストかけると

こうなってくると何らかの形で
人間やめますかっていう話になっていて

アメリカなんかホワイトカラーとか
そういう人は
メタアンフェタミンで常にブースト

そのかかった状態
ターボで動いてる感じが当たり前だ
みたいな社会になってきてるそうなんで
一部では

そういう意味だと
この前の丸激ライブで
宮台真司が言ったとおり
「人間やめますか」
という言い方も周回遅れだ
と言ってました

日本も本当にそうなってくると思いますね

いかに早くして人間をやめるかっていう
ある種の競争になっていくのかもしれない

だからこれは
ある種ディストピア的な社会に
見えてしまうかもしれないですよね

旧来の市井一般の人たちがすると

それを考えると
恐らくAI化っていうのがもたらすのは

意外と狭いと言いますか
逆かもしれないけど
何かが欠落した社会になるかもしれないですよね

それは人によっては
喪失って言うのかもしれないし
剥奪と言うかもしれないです

そういう風になってきた時に
社会の統治コストを下げるとか
そういう意味で戦略的に使っていけばいい

ただその時に誰が決定するのかっていうのを
自分達は今の生活様式を手放さないぞ
みたいな政治家が出てきた時に

その参照すべきその生活様式って何だ
そこで割れていくんだろうなと

だからそういう生活様式の問題で
一番わかりやすいのが
アメリカの銃規制反対問題なんですよね

全米ライフル協会のトップが

確かに銃規制をやれば社会は安全になるし、そういう事件起きなくなるかもしれないけど、それって果たしてアメリカなのか

って言い方するわけです

これは普遍的な構造を持っていて
例えば日本の話だったら
日本的なものって何だってことになるんですね

何となくそれが天皇制だとか
家父長的なものであるとか
年功序列だとかみんな思ってる
かもしれないけど
本当にそうなんですかっていうところは

やっぱり文化人類学であるとか
社会学といったそういう分野が
NOと言ったり覆してきたり
揺さぶりをかけてくるわけですよね

ますますよくわかんないけど
そういう旧統一協会みたいのが
政治家に入り込む余地はありますし

そういう価値の空白を埋めるっていう観点では
宗教的なものって強い
重要なものになるんですね

例えばAIが勝手に宗教の拠点でを作って
そういうのやって
それに従うみたいのもあるかもしれない

AIの決定が全てだっていう
ある種の盲信的な人たちも出てくるでしょう

社会全体がそうなってしまった状況を描いたのが
マイノリティ・レポートという映画ですね

そういうのはもうすで描かれてるので
20年以上前のマトリックスという映画もそうですけど

もう創作者にとっては
既にわかっていたことなのか
見えていた未来なんだろうなと思います

ただそれはどういう形になるかっていうのは
ああいう人たちの描いた形とは違う形になるだろう
ってことですね

これを考えたらね
何でもAIの利活用に持っていくというのが
果たしてどこまで現実的か
というのを考えたときに

多分日本は流れに乗れずに
取り残されていくのかなって思います

それは何でかって言うと
多くの人が変わらないって決心してるからなんですよ

アドラー心理学的に言えば
必ず決心しないと変わらないんだって話

そういうのは移行が遅れてくるかもしれないし

それもあるから
結局その現体制の崩壊も
意外と遅れてくるのかなっていう気はします

それもあるんで
僕自身は生活は急に変わらないだろうな
と楽観的であるんですが

ただ一方でそういう世界の中で取り残される
ルールメイクとかも負けちゃってるんでね
電気自動車とか温暖化かとか

だからそういう意味だと
自分が生きてる間に
G7とかG20のメンバーから
日本が脱落するってことが起きても
驚かないと思います

来るべき日が来たなと
そんな印象ですね

ここ最近
そういうこと考えてるんですよねここ最近

コンサルタントだか著述家の山口揚平さんが
2018年頃から主張していることで

2020年の東京オリンピック開催以降に
だんだん現体制の綻びが明らかになってって

2025年とか2020年代後半になってくると
体制が破綻するみたいな
言い方をしてるんですよね

僕自身もそれ読んで
確かに言えてると思うんです

このまま持つのかっていうと
あんまり明るい見通しはないし

歴史的なサイクルを考えた時に
2020年代から2030年後半にかけての
15年〜20年というのは

ある意味一つ転換期というか
崩壊の15年みたいのが来るのかなと
思ってるので

だからそういう歴史観で考えた時に
これから大変だけど
ある意味面白い時代が来るのかな
って思ってたんですね

2020年に新型コロナのパンデミックで
分かったことなんですけど

これって確かに
2018年に分からなかった
ブラックスワンかもしれないけれど

とは言ってもこの大きな流れって
変わらないな

ただそれが崩壊する時期が
前倒しになるのかなっていう
そういうのも期待もあったんですけど

やっぱ意外としぶといと
特に日本の場合は

焦ることもなく
ゆっくり自分たち
個人的に生き残りを
サバイバルを画策しながら
様子を眺めていくというのが
自分のこれからの人生なのかなって気はしてます

冒頭のような話に戻ると
こういうディストピア社会
例えば1984とかですね

ああいう映画が
すでに作られてるわけで

そういう意味だと
時代の先取り能力とかあるのか
今見ても別の発見があるだろうな
っていう感じですね

まとめていくと
AIの導入・普及に関しては
ある程度ビジネスチャンスもあって
売り込みとかかけてたりとかして
皆さん結構必死になってきてるんだけども

これを使って
社会に実装されていった時に
何が起こるかっていうのは

ざっと言ってしまうと
意外と暗くて
ある意味閉ざされた世界
社会みたいなのを想像してます

その中で苦しみとか不満を感じない
繭の中で生きるような感じに
なってしまうんだけど

果たしてそれが
近代が想定した人間の姿とは
全く異なる姿になっていく

もう人が人である必要がないわけですからね

そんな社会になっていくと同時に
政治というのもある意味
権威主義的なあり方になっていくと
参加主義ではなくてですね

そして経済に関してもおそらく
新自由主義が姿を変えた
woke economics的なもの
意識高い系経済みたいのが
ある程度幅を利かせるという意味で

例えばコオロギ食(昆虫食)の問題に
そっくりなんですけども

そういうのをやって何とかして
一部の人たちは食いつないでいくのかな
という感じですね

だからそういう意味では
その生活様式自体もガラって変わっていくし
その中でどうやって生きていくんだって話

多分今の生活が維持できると思うのは
ほぼ間違いだと思いますね

そういう意味ではテクノロジーの進歩って
決して明るい部分だけじゃないんだぞ
っていうのはも古くから言われてきた
テーマではあったんですが

こういう話は前のめりになればなるほど
裏の顔が見えてくるわけで

これ結構早く気づいてしまうんじゃないかなって気がしますね

こういうことを踏まえると
AI社会っていうのは意外と
暗い社会なのかなというじゃ思うので

それを皆さんもそれが覚悟して
「置かれた場所で咲きなさい」
みたいな人生というか
そういうの考えていく時代なのかもしれません

後記

あれこれ関連することを語ったものだから文字起こしが大変。

パンデミック、ウクライナ情勢ときて、次はAIかとなるわけだが、既に色々と危険な話も出てきていて、その予兆は何年どころか20年前に気づいている人は気づいていたという。

今回の文字起こしで補ったリファレンスを見たら、興味深い記述があったので、それは稿を改めて。

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