矢島慎之介
舞台【大家族】のその後を描いた短編集になります。大家族を観た方は、良ければご覧ください。
舞台役者をしている、矢島慎之介と申します。 最近では演劇ユニット『岡島沙緒梨劇場』という場所で、自身の脚本や演出の公演もやっています。 ここでは、主に自身の舞台作品の台本を公開してみようと思っています。しかし、舞台作品は劇場や通販にて紙媒体の台本にて販売しているため、ここでそのまま台本を公開しても意味があまりありません。そこで、今まで公演を行なってきた作品の"スピンオフ作品"のようなものを書いていきます。とても限定的な作品提供になってしまいますが、どうか気の向くまま書かせ
夏。アパートの一室で掃除をしている男がいる。名前は佐藤守(さとうまもる)。ジーンズにオレンジ色のチェックシャツ、頭には緑のバンダナを巻いている。部屋には山のように積まれたゲームソフト、壁一面にはアニメのポスター、本棚にはマンガ本とフギュアが飾られている。部屋を行ったり来たりしながらお落ち着かない様子の佐藤。その時、訪問者を知らせるチャイムが鳴る。玄関に急ぎ、鏡前で身だしなみを整え、扉を開けた。
町には川が流れていた。川をまたぐように橋が架かっている。通勤や買い物で人々が行き交うその橋の名前は『花札橋』。橋の中頃、大量の買い物袋を両手に持った女性がいた。黒の服を身に纏い、綺麗な赤の色彩が目立つ髪飾りをつけている。ふと髪飾りの女性は橋の下の河川敷に目をやる。川のすぐそばに見知った顔を見つけた。その女性は白の日傘をさし、なにをするでもなくただ川を見つめている。橋の上から、日傘の女性に声をかけるが聞こえていないのか反応はない。仕方なく下まで降りていく。
公園のベンチに座っている男女。互いの左手には婚姻の誓いである指輪がはめられている。男性は黒油家の次男で末っ子である黒油橋斗(こくゆはしと)。女性は白水家の三女で末っ子である白水菖蒲(しらみずあやめ)だ。菖蒲は大きく膨らんだお腹をさすりながら。
山の中。男が2人草木をかき分けながら歩いている。鎖で繋がれた立ち入り禁止の表札を潜り、途中に重機が何台かある場所をぬけ、緑が一層生茂るところを進むと、開けた場所にたどり着く。そこには巨大な樹木がそびえ立っていた。見上げるほど高く、幹の太さは30mはあるだろう。隆々と立つその樹木は、どこか神々しささえある。周りの木々も敬うように、その木を中心として少し離れたところに育つ。自然の中でできた神聖な場所なのかもしれない。
時刻は夕方。場所は黒油家と白水家、道を挟んで向かい合った家の前。黒油家長女、黒油鹿葉(こくゆろくは)と、同じく白水家の長女、白水紅葉(しらみずもみじ)がいる。どこかに行った帰りなのだろうか、手にはいくつかの買物袋を持っていた。
黒油家。茶の間でテレビを見ながらストレッチをしている女性。ちゃぶ台には化粧品が乱雑に置かれている。女性はひとしきり運動をし終わると、壁にかけられたカレンダーに目をやる。8月10日に赤いハートが描かれている。
公園のベンチに女性が座っている。白い上着に白のスカート。頭には小ぶりな赤い帽子をつけている。この辺りでは有名な白水家の次女、白水牡丹(しらみずぼたん)だ。時々辺りを見回している。誰かと待ち合わせをしているようだ。