周礼60

夏官司馬1
#夏官と司馬という役職についての章

夏官(かかん):
夏官は皇帝の周りで行政や儀式、礼儀などの職務を担当しました。夏官の中でも特に重要な役職が「司馬」です。

司馬(しば):
「司馬」は元々は軍事に関する官職で、軍の組織や指導を担当する役職を指しました。しかし、後に司馬は単なる軍事的な役割に留まらず、政治や儀式、教育など、幅広い分野で活躍する官僚としての意味合いを持つようになりました。

夏官司馬は、天子の側近として、国家の重要な政治的な決定や儀式の遂行に関与しました。その具体的な役割は、次のようなことを含みます

儀式と礼儀の管理:
宮廷の儀式や祭祀の計画と遂行を担当し、礼儀作法や儀式の遵守を監督しました。

政治助言:
天子に対して政治的な助言や戦略を提供し、重要な政策決定に関与しました。

教育と教化:
社会の倫理や道徳を教育する役割を果たし、君主や臣下の教育に関与しました。

記録と文書管理:
宮廷の文書や記録の管理を行い、歴史的な出来事や重要な情報を記録しました。

夏官司馬は、周代の社会において、文化的・政治的な要職を担当する役割であり、国家の運営に大きな影響を与える存在でした。

惟王建國,辨方正位,體國經野,設官分職,以為民極。乃立夏官司馬,使帥其屬而掌邦政,以佐王平邦國。
#唯一の王が国を建国し、正しい順序で国内外の事務を組織し、官職を設置して国民の最善を追求しました。そして、夏官司馬を設置し、その下に部下を指揮して国の政務を担当させ、王の統治を補佐しました。

政官之屬:大司馬,卿一人。
#政府の官職は次の通りです:大司馬は卿が1人

小司馬,中大夫二人。
#小司馬は中大夫が2人

軍司馬,下大夫四人。
#軍司馬は下大夫が4人

輿司馬,上士八人。
#輿司馬は上士が8人

行司馬,中士十有六人,旅下士三十有二人。府六人,史十有六人,胥三十有二人,徒三百有二十人。
#行司馬が中士が16人、旅下士が32人。府の人数は6人、史の人数は16人、胥の人数は32人、徒の人数は320人。

凡制軍,萬有二千五百人為軍。王六軍,大國三軍,次國二軍,小國一軍。軍將皆命卿。
#軍隊を編成する際、1万人が1つの軍とされ、その軍は合計で2500人で構成されていました。王国には6つの軍があり、大国には3つの軍、次の規模の国には2つの軍、小国には1つの軍が割り当てられました。軍の指導者はすべて卿によって任命されました。

二千有五百人為師,師帥皆中大夫。五百人為旅,旅帥皆下大夫。百人為卒,卒長皆上士。二十五人為兩,兩司馬皆中士。五人伍,伍皆有長。
#また、2500人が1つの師とされ、師の指導者はすべて中大夫でした。500人が1つの旅とされ、旅の指導者はすべて下大夫でした。100人が1つの卒とされ、卒の指導者はすべて上士でした。25人が1つの兩(りょう)とされ、兩の司馬はすべて中士でした。5人が1つの伍(ご)とされ、伍には必ず長がいました。

一軍則二府、六史、胥十人、徒百人。
#1つの軍には、2つの府、6人の史(し)、10人の胥(きょ)、そして100人の徒(と)が配置されました。

司勛:上士二人,下士四人;府二人,史四人,胥二人,徒二十人。
#勛(しくん):上士2人と下士4人からなる部隊があり、その他に府(管理部署)2人、史(記録係)4人、胥(補助者)2人、徒(従者)20人がいました。

馬質:中士二人;府一人,史二人,賈四人,徒八人。
#馬質(ばしつ):中士2人が配置されていました。また、府1人、史2人、賈(軍需担当)4人、徒8人が存在しました。

量人:下士二人;府一人,史四人,徒八人。
#量人(りょうにん):下士2人が所属していました。府1人、史4人、徒8人も配置されていました。

小子:下士二人;史一人,徒八人。
#小子(しょうし):下士2人が配置されていました。史1人、徒8人も関わっていました。

羊人:下士二人;史一人,賈二人,徒八人。
#羊人(ようにん):下士2人が属していました。史1人、賈2人(軍需担当)、徒8人も関与していました。

司爟:下士二人;徒六人。
#司爟(しきょう):下士2人が配置されていました。徒6人も関与していました。

掌固:上士二人,下士八人;府二人,史四人,胥四人,徒四十人。
#掌固(しょうこ):上士2人と下士8人が所属していました。府2人、史4人、胥4人、徒40人も関わっていました。

司險:中士二人,下士四人;史二人,徒四十人。
#司險(しけん):中士2人と下士4人が配置されていました。史2人、徒40人も関与していました。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?