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「きみはオフィーリアになれない」 瀧本達郎 後編 #085

「やっぱりダメです。クラゲさんに会うことはできません」
 暗闇の奥からエイジと名乗る少年はそう言い出した。
「どうして?」と瀧本が質問する。
「止められてるからです。ボクは、誰とも繋いじゃいけないって」
「誰から?」
「それは、内緒です」
「もう遅いですよ、エイジさん」とスピカと名乗る少年は言った。「もう、繋いじゃいましたから」
 スピカと名乗る少年がドアに手をかけると、ドアの奥の暗闇が薄れ、光が差し込んだ。
 ドアのすぐ前にいたエイジと名乗る少年が姿を現す。黒い長い髪に、大きめの緑のパジャマを着ている。
 彼は、函南栄一だった。ただし、その姿は彼の記憶の中の、高校生のときの函南よりも幼く、中学生ぐらいの姿をしていた。だが、その姿は見間違えようがない、函南栄一そのものだった。瀧本は絶句し、しばらく頭の芯が痺れるような感覚がしたが、じきに意識が正常に戻るのを感じた。
「こんにちは、瀧本先生。はじめまして」
「函南……?」
「函南栄一とは違います。僕はエイジです。エイイチじゃなくて、エイジ。エイイチさんから生まれたから、自分でエイジと名付けたんですけれど」
 エイジと名乗る少年はドアを通ってこちらに入ってこようとする。瀧本は、少年が函南と同じ顔をしていて、それでいて自分の知る顏とは違っているため、恐怖を覚え、彼が自分の家の玄関に入ってくるのを許してしまった。エイジと名乗る少年は躊躇うことなく玄関に入ってくると、なるほど、ここが瀧本先生の部屋ですか、とあたりを見渡した。
「ボクがこっちの世界に来れたということは、瀧本先生もボクの世界に来れるということですね。困りましたね。ボク、自分の部屋を片付けてないですからね」
「本当に函南なのか?」瀧本は疑問を口にした。姿形は確かに函南の幼年期という印象だが、彼の口調とは少し違う。
「あ、瀧本先生、ボクが函南栄一のイメージと違うからって、違う人だと思ってるんです? そういうの良くないですよ、見た目で人を判断するのって」
「見た目じゃない、君の雰囲気というか、感じが違う気がする」
 だから、と言いながらエイジと名乗る少年は瀧本を軽く小突くような仕草をした。「だから言ってるじゃないですか。ボクは函南栄一じゃなくて、函南栄一から生まれた別の存在だって。栄一とは別の、エイジという存在なんですってば」
「これが見せたかったものか?」瀧本はスピカと名乗る少年に問いかける。スピカと名乗る少年は、首を横に振った。
「まさか。こんなのは、別にどうということないじゃないですか。函南はですね、あ、つまり函南栄一は、ということですけど、瀧本先生、あなたにプレゼントをしたいと思ってるんですよ。ちょっとしたサプライズ。そのために、エイジさんが手助けできるんじゃないかと思って、呼んだだけですよ」
「サプライズ?」
「瀧本先生……」スピカと名乗る少年は口元だけを歪めて微笑んだ。「お会いしたい人がいるんじゃないですか?」

(つづく)


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