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「きみはオフィーリアになれない」 川嶋美禰子 前編 #091

 これまで、何か自分に不安なことがあったとき、瀧本がそばにいてくれて、話を聞いてくれた。そのおかげで、自分はここまでやってこれたのだ。だが、その不安の原因が瀧本の場合は、一体どうすれば良いのか。美穪子は必死に脳を駆け巡らせ、江利ちゃんしかいない、と思いついた。
 必死にバッグの中を漁り、自分の携帯電話を取り出す。履歴から、江利子の番号を呼び出して、コールしようとしたとき、ふと、安達凛子が先日やってきたときに江利子にそのことを告げたら、露骨に嫌な顏をしたことを思い出した。ダメだ、江利ちゃんにこんなことを話すわけにはいかない。だが、もう指はコールボタンを押していた。取り消そうとしたが、江利子はすぐに電話に出た。
「もしもし? みねちゃん、何かあった?」
 慌てて携帯を耳につけると、江利子の声が耳に飛び込んできた。
「ううん、違うの。江利ちゃん、何もないから」
「何もないってことないでしょ。ちょっと声、変だよ。どうしたの?」
 瀧本や江利子は、いつも美穪子が何か言いたいことがあるときは、こちらの意図を察して質問をしてくれる。
「あのね、安達さんが。こないだクリニックに来た、安達凛子さんが、また来て」
「うん」
「それで、瀧本先生と話してて。安達さんと一緒に家まで行って……」
「え? 家に来たの?」
「うん」
 一瞬、沈黙があった。美穪子は、何かまずいことを言ってしまっただろうかと心配になった。
「大丈夫、みねちゃん。あたしもじきに帰るから、おじさんと話しとくね。安達さんのことなら大丈夫、任せといて」
 急に江利子が明るい顏になった。何かを察したのかもしれない。美穪子は、さらに強い疎外感を感じた。まさか、江利子もそちら側に加担しているとは。電話なんてしなければ良かった。どうしよう、どうしよう。もう自分には、信頼できる人なんていない。また、私はひとりぼっちになってしまう。せっかく、瀧本先生や江利子に出会うことができたのに。
「もしもし、美禰ちゃん、聞こえてる?」携帯電話の向こう側から江利子の声が聞こえる。美禰子はショックで、返事をすることが出来なかった。
「ちょっと、大丈夫だから。なんでもないの。安達さんについては、あたしがあとからまた説明するから。だからちょっと待ってて。ね?」
「…………」
「ねえ、電話じゃ話せないようなことなんだってば。話すと長くなるから……。でも、別にみねちゃんに隠し事をしたりしてるわけじゃない、それだけはわかって」
「隠してるじゃない」
「だから、あとで説明するから」
「……嘘だよ」
「どうして嘘だって思うの?」
「だって……だって、こんなの、今まで、なかったから」
「ないことだってあるよ、そりゃ」
「…………」
「ああ、もう、こんなことが言いたいんじゃない。心配しないでね、って言ってるの。もう、面倒くさい」電話口で江利子はまくしたてるように言った。
「面倒くさいって、江利ちゃん、前からそう思ってたの?」
「もう、そういうことじゃない。とにかくもう、切るよ」
「…………」

(つづく)


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