他人の悲しみを他者が勝手にジャッジする傲慢さ

【そんな事で大袈裟に嘆くな】【もっと辛い人が居るんだぞ】【自分だけ特別だと思うな】...はい、書いていて私自身とても不愉快になるこの言葉なんですが「他人の悲しみを勝手に品定めして勝手に軽く見てる」んですね。

無論自分達もそれを言ってしまう側になりうるんですよ、そして言ってしまった時はこう言うんです「余裕が無かった」「私には大したように見えなかった」って言いますが言われた側からすれば申し訳ないですが【全く言い訳になってない】んですよ。

構ってちゃんで辛い辛いと零すにせよ疲れてきて辛いと零すにせよ【そう言ってないとやってられない】と言う危険性は少なからずあるんです、今こうやって余裕綽々で居ても一寸先は闇である様に何かしらの出来事で一気に気持ちが濁る事も有り得るんです。

おおよそ無意識に【自分なら大丈夫だろう】と言う根拠の無い自信にある意味守られているんですよ、これが続けば続く程それが当たり前になるから忘れてしまって結果【自分のメンタルは強い】と錯覚して落ち込んでる人にムカついてしまうんです。

なんでそんな事言うのかって? では貴方が目撃した第三者の視点で知らない人が弱ってる人を見て自分は彼or彼女より安心していたり(口に出さなかったとしても)罵倒してる姿を見て【この人は強いなぁ】と素直に関心出来るだろうか?

少なくとも自分だったら「追い討ちな上に死体蹴りかよ、えげつない事する奴だなぁ」と軽蔑してしまうだろう。

みっちゃん

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