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マインクラフトで「電卓」を作っていたころのおはなし

※かなり昔(5年以上前)の話&現在のマインクラフトをほぼプレイしていないので、記憶が食い違っていたり現状の仕様と異なっている部分があるかもしれない点、ご承知おきください。

ということで表題の通り、マイクラの昔話をします。現在大学4年生の私がまだ高校生だったころ、約半年~1年をかけてマインクラフトで電卓を作っていたことがあった、という思い出話です。


こんな感じのやつ。これはまだプロトタイプ時点のものなのですが、いかんせん後述する理由で見れるものがほぼすべて消えてしまい、友人に見せびらかす目的で録っていたこんなモノしか残ってないのです。

作ろうと思ったきっかけ

正直なところ、具体的なきっかけはよく覚えていないのですが……。
ちょうど高校1年生のころ、クラスでPE版のマイクラが簡易FPSゲームっぽく流行っていたのと、Twitterとかでいろんなプロダクトを見て「自分もなにか作りたい!」ってなったのかなぁと思います。

とはいえ自分には建築デザインのスキルもなく、どうしようか……と悩んでいるときにいろいろ調べてみると、なんとPC版のマイクラには「レッドストーン回路」なる非常に面白そうなブロックがあるではないか!!となり(当時のPE版にはレッドストーン回路は未実装)、いろいろいじってる間に「電卓作れそうじゃん?」みたいになったんじゃないかと。

特に自分が工業高校生だったこともあって、こういう変態的ゲームプレイは大好物の類でした(工業高校への風評被害感)。
ということで、あれよあれよの間に、ズブズブとレッドストーン回路設計の道へと堕ちていった(?)わけです。

どうやってつくっていたのか

さて、一般的なクラフターさんからしたら、「マイクラで電卓作るってどうやってるの?」となりますよね。

レッドストーン回路がいわゆる電線のような働きをできることは周知の事実かとは思いますが、実はこれを応用することで、AND/OR/NOTのような基礎的な電子回路が組めるんです。

そして、こういった基礎的な回路を組み合わせていくと、たとえば0/1の入力を足し合わせるような加算器が組めたり、データを保持するためのフリップフロップ回路が組めたりします。そしてこれらをどんどんと組み合わせていくと……あら不思議、なんと電卓が出来上がっている。そんな算段だったわけですね。

しかしまあ、文章にしてみれば簡単に見えますが、特になんの電気系知識も持ち合わせていない一般高校生からしてみれば、「電卓ってどういう仕組みになってるんだ……?」という暗中模索状態からスタートするわけでして。

当然最適な設計など分からず、最初に冒頭の動画みたいなプロトタイプを作るのに約1ヶ月ほどかかり、本番制作に移ったあともスクラップビルドを繰り返しまくりながらいろいろな機能を実装していきました。

具体的には、まず0~9のボタンを用意し、そこを押すとディスプレイらしきブロック群に数値が表示される「だけ」のガワを作りました(いわゆる「7セグ」の開発)。これをイチから実装するのって、実はけっこう難しいんですよ。

そしてその後、数学や電子工学の勉強をちょっとずつしていって、基本的な数値の扱い(10進数⇒2進数の変換と加減乗除回路)、メモリ機能(レジスタ)、挙句には三角関数の計算機能まで、数ヶ月以上をかけながら力技で実装していました。

特に三角関数の計算実装には大学範囲の数学も学ぶ必要があり、まだ高校ですらやっていない微積分を独学するハメに……。暇な高校生だったからこそ為せた技だったなぁ、と今さらながらに思いますね(苦笑)

(記憶が間違っていなければ、最終的なブロック数は100万個単位になっていました。さすがにこの数を手で置いていくのは非常に難しいので、途中からブロックをコピペできるMODをヘビーユースしてたような記憶)

最期まで教訓を残して死んでいった電卓

そして開発開始からそこそこの月日が経ち、だんだんとレッドストーン回路設計にも慣れ始め、そろそろTwitterとかで公開したらバズるかな?とか思ってきていたころ。

普段、私はこの開発を手持ちのノートパソコンで、高校の教室で居残りながらやることが多かったのですが。その日もあくせくとブロックを置き続けたのち、部活終わりの友人と話しながら少し寄り道しつつ、家路についてました。

しかしその道中、事件が起きます。友人と談笑しながらよそ見して歩いていると、正面から自転車がやってきて、間一髪でそれを避け……そしてふらついて、背負っていたリュックサックを下にして転倒

そのとき、「メキッ」とリュックサックの中から音がしました。そう、リュックサックの中にはノートパソコンが入っており、それを下敷きにして全体重を乗せてしまったのですね。

そして慌てて近場のマクドナルドに入り、画面がバッキバキになったノートパソコンを起動させようと試みるも、時すでに遅し。
おそらくハードディスク自体が破損してしまったせいでWindowsは起動しなくなり、ブートディスクに直起きしていたマイクラのデータもすべてトんでしまいました。すなわち、約半年の苦労がすべて水の泡となったのですね。さすがにこのときは数日落ち込みました……。

それ以降、ちゃんと大事なデータはクラウドに保存するか、バックアップを必ず取るようにしています。残念ながら完成したものを世に出すことはできませんでしたが、そこから得た知識と教訓は今でもとても役に立っています。

……ということでなんかキレイに締められそうなので、以上思い出話でした。供養にちょうど良い素敵な企画をご開催くださったnoteさんに圧倒的感謝です。


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