Steve Grossman研究:1990年代
以前、" Steve Grossman研究ー70-80年代を中心に "というシリーズを書いたわけだが、90年代は比較的コンスタントにアルバムを出し、リアルタイムな活動が知られており、改めて書くこともないかな、と思っていた。しかし、すでに当時から30年前後の歳月が流れ、知らない人はやっぱり知らないよね。グロスマン狂、もといグロスマン教信者の私としては何かしらせざるを得まい、ということで書いてみました。前回のクロノロジーっぽいアプローチではなく、私のおすすめの名盤5選ということで、「研究」とは名ばかりですw。
前回のシリーズはこちらで。
1. 1990年代のグロスマン
グロスマンは、1980年代の半ば(?)に生まれ育ったニューヨークからイタリアのボローニャに移住している。理由は定かではないが、以前書いたように、音楽的にも生活環境的にも変化していったニューヨークに居場所がなくなったということではないかと考えている。
ヨーロッパの生活はそれなりにグロスマンに合ったらしく、(おそらく)生活習慣的にもそれなりにクリーンになったようで、2010年ぐらい?まで、ヨーロッパで過ごすことになる(2020年に亡くなる前の何処かのタイミングでニューヨークに戻ったようだ)。よって、90年代の活動の中心はイタリア、フランスなどヨーロッパ域内で、アルバムもほぼ全てヨーロッパ制作である。演奏内容としては、80年代後半から続くハードバップ/スタンダード路線を更に追求しているが、演奏曲目的にはそこまでバリエーションはなかったようで、複数のアルバムに被って収録されている曲ー 我々言うところのグロスマンスタンダード ーも多い。
なお、日本は1986, 1987年のツアー後、最後の来日の2014年まで訪れることはなかった。
2. おすすめアルバム5選
今回、1990年代のグロスマンのアルバムを並べて聴いているのだが、実はその殆どが90年代前半に集中していたのが意外だった。改めて確認してみると、グロスマンの生涯で最もオフィシャルなリーダー作のリリース頻度が一番高いのは1990年代前半の数年間のようだ。この頃はイタリアを中心に欧州各地で充実した活動をしていたということなんだろう。
逆に言えば、1990年代後半の録音は非常に限定的になっており、プレイも若干枯れ気味だ。ついでに言うと、2000年代は自己の名義のアルバムをリリースしておらず、 (2000年にミシェル・ペトルチアーニとのアルバムをリリースしているが、録音は1998年)、2010年代は遺作となった"Home Coming"のみだ。それぞれの時代で他人のアルバムへの客演はあったかもしれないが。
というわけで、いきおい紹介するアルバムも90年代前半のものとなる。っていうか、結果的に1990年代にリリースされたアルバムを録音日付順に5つ並べただけ、という間抜けな状況になってしまった。一応、おすすめ順で選んだつもりなんだけどw
(1) Live at Cafe Praga
Recorded Live at Cafe Praga, Bologna, Italy, December 1-3, 1990
Steve Grossman (ts) Fred Henke (p) Gilbert Rovere (b) Charles Bellonzi (ds)
当時のホーム、ボローニャのクラブにおける、(おそらく) レギュラーカルテットでのライブ録音。オランダのTimeless レーベルの制作。
とにかく「黙って(一曲目の) "Blues Walk" を聴いとけ!」というアルバムですな。イタリアローカルのリズムセクション(ピアノのフレッド・ヘンケは違うと思うがが、イントロ数コーラスを実に快調にスイングしてテーマへ。その後のソロパートで、時にセンスよく、時に力技で豪快に吹きまくるグロスマンがとにかく最高。音もフレーズも八分音符のタイム感もソロの展開も私の理想だな。これ聴いて燃えないテナープレイヤーはちょっと楽器の適性を考えたほうがいいと思う(すみません信者なので)。
他にも "Ruby My Dear" や "When I Fall In Love" といったバラードでの男らしくも美しいプレイもあり、テナープレイヤー的にはリラックスしながら燃えることができる実にお得なアルバムだと思います。
(2) My Second Prime
Recorded live at La Spezia Jazz Festival, Italy, 17, December
Steve Grossman (ts) Fred Henke (p) Gilbert Rovere (b) Charles Bellonzi (ds)
"Live at Cafe Praga"の半月後、同じメンバーでやはりライブ録音されたアルバム。これはイタリアのRed レーベルからのリリースですね。実は演奏内容はこちらのほうが全体的には良いと思うのだが、録音がイマイチ(ちょっとテナーが引っ込み気味)なので次点にしたという。グロスマン含め全員でよくスイングしてます。
このアルバムの聴き物は、やっぱりグロスマンオリジナルの "New York Bossa" かな。この曲は70年代にStone Allianceでもやってたけど、こちらのテイクのほうがピアノが入った分重苦しさがなくて良いです。久しぶりに演ってみたくなったな。
他にも、メルトゥーメの "Christmas Song" (12月のライブだからなんだろう)や、他のアルバムで何回も披露しているグロスマンオリジナル "Extemporaneous" など、良いテイクがたくさん入ってます。
(3) Do it
Recorded at Studios Palais Des Congres, 29, 30 April 1991
Steve Grossman (ts) Barry Harris (p) Reggie Johnson (b) Art Taylor (ds)
職人バリー・ハリス率いる世界で二番目に端正なピアノトリオ(一番目はシダー・ウォルトン)を従えて制作された佳作。録音した場所がよくわからないんだけど、フランスのDreyfesレーベルだし、スタジオの名前もフランス語っぽいのでパリあたりなんだろう。
これはなんといっても一曲目の "Cherokee" でいきなりトドメ。ベースとのデュオから始まってグイグイスイングする。これ一発でグロスマンのファンになったという人もいるらしい。
といいつつ、今回改めて全編聴いてみたら、どの曲もいい感じですな。バラードの"I'll keep loving you"やら、快調なスイングの "Let's Monk" やら、センスの良い選曲を、手練トリオの完璧なバックアップも含め、スタジオ録音ならではの落ち着いた音色で聴くことができます。なんというか、グロスマンのアルバムには珍しく、最近のジャズ喫茶的、というか、普通にバーとかで流れていても問題ないし、でも、よく聴いてみると演奏内容も最高という。実はグロスマン初心者にはこのアルバムがおすすめナンバーワンかもしれません。
(4) In New York
Recorded live at Sweet Basil, New York, 13,14 September 1991
Steve Grossman (ts) McCoy Tyner (p) Avery Sharp (b) Art Taylor (ds)
ピアノに大物マッコイ・タイナーを迎えて、ニューヨークのSweet Basilでのライブ録音。ベースのAvery Sharpはマッコイのトリオのレギュラーじゃなかったかな。ドラムのアート・テイラーは80年代以来グロスマンとは仲良しで、上の"Do it"でも共演してます。
ライブ録音で、しかも相手がマッコイとなれば、やっぱり派手にイカざるを得ないわけで、一曲目の "Speak Low" から飛ばしてますな。"Softly as in a morning sunrise" やら "Impressions"やら、この頃のグロスマンにしては、コルトレーン成分が高い演奏が続きます。
とはいえ、グロスマンがバッパー路線に回帰して10年ぐらい経っているわけで、なんかギクシャクしてる感は否めないかな。瞬間すごいところはあるんだけど、あのSomedayのライブとかと比べちゃうとね。うーむ。その手のコルトレーンチューンより、"Over the Rainbow"とかの方が、なんとなくグロスマンぽいのが不思議。
ところで、私、このときの演奏を生で観ていたような気がする。1991年といえばドイツにいたんだけど、出張で米国に行ったのだろうか。たまたまニューヨークに一晩ぐらい泊まることになって、勢い込んで調べたらグロスマンがSweet Basilに出てたような。当然狂喜乱舞で観に行ったのがこの前後の日程だったと思う。多分。そんなわけで、私がグロスマンの生演奏を最後に観たのはニューヨークだったのだな。今思い出したw
ついでに思い出したのだが、Sweet Basilでグロスマン観てたら、ミシェル・ペトルチアーニが美女2-3人侍らせながら客席で呑んでいたのだ。へえ~、ペトルチアーニがグロスマン観に来るんだなあ、と、若干不思議な感じだったのだが、後に一緒にアルバムを作ることになるとは夢にも思わなかった。
(5) Time to Smile
Recorded in New York City, 12 February, 1993
Steve Grossman (ts) Tom Harrel (tp)
Willie Pikens (p) Cecil McBee (b) Elvin Jones (ds)
大物客演シリーズ。かつての師匠、エルビンをドラムに迎えて珍しくクインテット編成で演奏してます。相棒のトランペットはトム・ハレル。グロスマンがトランペッターと二管でフロントやってるオフィシャルアルバムって他にないんじゃないかな 。トム・ハレルといえば相方はボブ・バーグだし。(追記: リーダーアルバムとしてはグロスマンの遺作となった2011年リリースの "Homecoming" はトランペットのトム・ブラウンとの二管フロントでした。失礼しました)。
といいつつ、前回の70年代シリーズでも最後の章で書いた通り、トム・ハレルとグロスマン、80年頃にクインテットで演奏している有名な隠し録り音源があるのだ。私もフルで持ってます。その当時の繋がりで呼んできたということなのかな。
その有名音源、一曲だけYou Tubeに上がってたのでシェアしておきますが、いや、やっぱりグロスマンは隠し録りに限りますな。トム・ハレルキレキレ、ビリー・ハートバシャバシャ、そしてグロスマンは一回ソロ終わって、ピアノソロの後にまた出てきて死ぬほどソロ→トム・ハレル無視してドラムとのバース。オーイェイw。まだバッパー回帰途上で、実にハイブリッドなグロスマンが聴けます。私にとってはこういうスタイルが理想なんだよな。演奏態度も含めw
さて、アルバムに戻りますが、80年前半比べると、やはり落ち着いてますね。スタジオ録音だし。"415 Central Park West" や "E.J. Blues" みたいな典型的なエルヴィン接待曲もやってるけど、例えば、2曲目の "Circus" みたいなミディアムのバップ曲の方が、エルヴィン、グロスマンのコンビが落ち着きつつ、スイングしていて良い感じ。
これが隠し録り音源ですな。昔死ぬほど聴きました。いぇい。
3. 次点w
5選と書いておいて次点もないもんだと思うがw、気になるアルバムをいくつか。
(1) Steve Grossman Live (with Peter Nordahl Trio)
Recorded in Sweden on September, 1996
Steve Grossman (ts) Peter Nordahl (p) Patrik Boman (b) Leif Wennerström (ds)
2020年に、突然サブスクに現れたライブアルバム。1996年におそらくスウェーデンで地元のバンドに客演した際のライブ録音。非常にリラックスした感じの演奏だが、とにかくグロスマンが好調。実にテナーカルテットらしくて良いなあ。この選曲そのままでライブやってみたいw
この頃、ニューヨークあたりではとにかく変拍子だったり、小さい音でコソコソやってみたりという感じのジャズが一斉を風靡していたと思われ、でかい音でシンプルにスイングみたいな感じはあまり相手にされなかったのかな。とはいえ、グロスマンの音一発聴けば、シュシュアもマーク・ターナーもひれ伏すと思うんだけどな(すみません信者なので)。
(2) Quartet (with Michel Petrucciani)
Recorded at Studio Davout (Paris), 22-25, 1998
Steve Grossman (ts) Michel Petrucciani (p) Andy McKee (b) Joe Farnsworth (ds)
リリースされた当時はずいぶん話題になったアルバム。ピアニズム溢れる繊細なミッシェル・ペトルチアーニとガサツなwグロスマンの組み合わせはリスナーからみても意外だったようだ。
しかしワタクシ的には上に書いた通り、ペトルチアーニがニューヨークのグロスマンのライブにわざわざ現れた現場を目撃しており、あまり違和感はなかった。ふたりともある意味「破滅型」という意味で同種の人間であり、恐らくこのアルバムに関してはペトルチアーニがグロスマンにラブコールを送ったのではないかとみている。
今となっては貴重な1990年代後半の録音であるが、肝心の演奏は一言でいうと「枯れている」、そして「暗い」。特に、最初の4曲ぐらいは曲調も地味だし、グロスマンもヨレヨレしている感じで90年代前半の軽快なスイングが聴けない。まあ、ペトルチアーニのピアノは例によって力強くも美しいし、これジャズ喫茶で聴いたらそれはそれでいいかもしれない。ペトルチアーニが "Why Don't I"を軽快にスイングするなんてのは他のアルバムではありえないだろうから、ペトルチアーニファンにはお勧めかも。ちなみに、最後の "In a Sentimental Mood" はペトルチアーニとグロスマンのデュオです。これは素晴らしい。なんか泣ける。
4. まとめ(と妄想)
改めて、1990年代のグロスマンの諸作を聴いたわけだが、リリースの頻度も含めやっぱり当時は好調だったんだなあ、というのが感想。移住により環境を変えて、「水が合った」ということなんだろう。
1990年代前半から半ばのニューヨークジャズシーンは、いわゆるフュージョン的な音楽が低調になっていく(もしくはクラブやDJとの融合によりさらに多様化していく)なか、アコースティックなジャズはウィントン・マルサリス的アプローチの進化により、ブラッド・メルドーやらジョシュア・レッドマンあたりの新たな人材が出てきて、更に小難しくなっていった時期かと思う。80年代に50年代や60年代の王道ジャズに目覚めてしまったグロスマンにとってはなかなか厳しい状況で、恐らくイタリアに移住して正解だったはずだ。
アメリカのジャズマンがヨーロッパに移住、というと、古くは映画 "Round Midnight" のネタでもあるバド・パウエルやデクスター・ゴードンが思い出される。当時彼らがヨーロッパのミュージシャンとの定常的に演奏したり、アルバムを制作したり、アメリカのミュージシャンを呼んできたりする中で、ヨーロッパのジャズのレベルがそれなりに向上し、注目された。時代は違うがグロスマンの移住はイタリアのジャズにとってどんな意味があったのだろうか。
イタリアのジャズ業界、2000年代半ばくらいだったか、変拍子やらヒップホップやらで変に小難しくなっちゃったニューヨーク方面とはちょっと違う、それなりにテクニカルだけど、どちらかというとスインギーな感じの音楽で話題になっていたと思う。例えば、トランペットのFabrizio Bosso (1973年生)、アルトのStefano Di Battista (1969年生)、ドラムのRoberto Gatto (1958年生)、そしてテナーの Max Ionata (1972年生) あたりが有名ですかね。
1990年代は、彼らがまだ20-30代での駆け出しとも言える時期で、上に書いたバド・パウエルやデクスター・ゴードン同様、グロスマンの生演奏を聴いて、または共演をして影響を受けたことは容易に想像できるわけです。実際にちょっと年上のRoberto Gattoは共演盤がありますな。グロスマンがイタリアジャズ業界のその後の隆盛に大貢献したとまでは言わないが、それなりにポジティブな影響はあったはずだ。
で、そう考えると、2000年代の沈黙が謎だw まあ、教祖様、体調が悪かったのか、それなりに性格に問題がある方という噂もありww、干されちゃったのか、あるいは周りの若者が成長していく中で取り残されちゃったのか、飽きちゃったのかw。そこら辺の事情がわかる方がいたらぜひ教えていただきたいものです。
というわけで、思ったより長くなりましたが、今回はここまでで。
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