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ウェイン・ショーター私論【その3補足】:1980-90年代のアドリブソロ

 昨日、その3で80-90年代について書いてみたが、アルバム中心で、ライブのアドリブソロについて言及しなかった。投稿してから改めて当時のライブ映像を観て止まらなくなっていたのだが、やっぱりショーターのソロパート凄い。というのを補足的に書いておきたい。

10. 1980-90年代のアドリブソロ(ライブ)

 昨日書いた記事にもいくつか貼ったが、80-90年代のエレクトリックリーダーバンドはYou Tubeにいくつもの映像が上がっており、そこでのショーターは、ソロパートで非常に音数も多く熱い演奏をしている。音楽がそれなりにカッチリしているのであまり気が付かないが、時にフリーに近いような雄たけびを上げていたりもする。

 こういうのは、ウェザーリポートのころはあまりなかったし、マイルスバンドまで遡ってもあまりないような気がする(どちらかというと思索的だった)。ロストクインテットのあたりは結構激しくやってたけど、自分のソロ以外は急激に冷めてる感じで、やっぱり何となく脇役感が感じられるし。
 それに比べると、この時期のショーターは、なんというか、若いメンバーを率いたリーダーとしての自覚と責任があるというか。曲全体を通じて、自分がリードして盛り上げようという気合のようなものが感じられる。MCとか素っ気ないけどね。

 アドリブ論的に言うと、アヴェイラブルスケールがどうしたとか、裏コードがどうしたとか、なんとかフレーズがどうしたとか、いわゆる典型的なジャズ理論的アプローチが全く感じられないのが凄い。曲の全体構成としては、一応テーマ→アドリブパート→テーマで終わるのだが、テーマのころからアドリブは始まっているような感じだし、ソロになると、いわゆるジャズのアドリブというよりは、毎回、テーマに対する新しいカウンターメロディーを作曲して演奏しているような印象を受ける。アドリブが曲と一体化しているとでもいうのだろうか。特に、The Three MariasとかWho Goes Thereあたりの、ソロパート中にリズムの変化やキメがある曲は顕著だ。それにしても、聞けば聞くほど凄いな。なんか「ハナウタ」呼ばわりして申し訳ない。

 でも、ご当人はアドリブだと思ってやっていない、要は、曲を演奏していると、次から次から新しいメロディが頭の中に自然に湧き上がってそれをそのまま吹いているような印象もあり、やっぱり大作曲家の「ハナウタ」ということなのかもしれない。

 改めて、最近、こういう音楽やる人、こういうソロのアプローチする人いないよなあ。自分でやってみたいのだが、まあ、無理だよね。やはりワンアンドオンリーの人だったのだなあと改めて感じ入る次第であります。

 私の好きなメンバーの映像をいくつか。
 やっぱり1986年バンドは良い。Gary Willisが若い。

 あとはハイパーフュージョンの1996年バンド。大好物。

 1987年バンド。Live under the skyのビデオですね。私も録画してた。前年のバンドに比べると線が細い感じ。若き日のテリーリンキャリントンがドラムですね。

というわけで、次の回はこちらからどうぞ。


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