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クリスポッター研究:何が凄いのか

 クリスポッターについて、2011年ごろ書いた文章をサルベージします。私がだらだら書いていることの元ネタ的なところもあり、アドリブの練習という意味で参考になるのではないかと思っています。では。

私とクリスポッター

 リアルタイムで聴いていたこともあり、私にとってジャズサックスの可能性を限界まで追及して前人未到の領域まで到達したプレイヤーと言えば、やはりマイケルブレッカーであった。その前後にいろんなプレイヤーがおり、それぞれ個性的な演奏を披露しているわけだが、やはりトータルで考えるとブレッカーは一枚上手という印象が強い。

 そんな硬直化した私の評価に近年割って入ってきたのがおなじみクリスポッターである。いわゆるブレッカー/ロバーノ後のモダンテナー奏者群のの一員ではあるが、最近の演奏を聴いていると、どうも頭一つリード・・・どころかブレッカーに肉薄するような強力な演奏をしているように思われる。

 以前、友人からクリスポッターの教則DVDなるものを入手していたのだが、ようやくゆっくり見ることができた。NYの楽器屋のホールのようなところで一人前に出て模範演奏を行い、質疑応答をする、というノンビリしたセミナーではあるが、その内容・発言もヒントにして、なぜ私がクリスポッターの演奏を凄いと思うのかを解説してみようと思う。

特徴分析:マスタークラス映像より

 ビデオはまず、コンファメーションのソロの模範演奏から入ります。まあ、普通に気が狂っている(笑)。

 さて、これを聴いていただいたうえで、一応分析を。

【特徴1】密度が高く張りのある音

 教則ビデオの中でも言っているが、やはり音は重要だろう。最近の人には珍しく、ローバッフルのマウスピースで(多分)上から下までオーバーブロウではないかと思われるほど吹き切る。ある意味非常に男らしい、テナーらしい奏法だと言える。とはいえ、オーバーブロウ直前で精緻にコントロールしている感もある。それなりの音量・音圧で吹き切ることができるので、ダイナミックレンジが非常に大きいのも特徴かもしれない。

【特徴2】正統派バップアーティキュレーション

 最近は殆ど吹いていないようだが、この人はもともとアルト吹きだった。DVDでも語っているが、若い頃に「1年位パーカーの真似ばかりやっていた」時期があったとのこと。さらに言えば、その当時(まだ10代半ば)毎週地元のバップバンド(1957年以降のジャズは何の要素も入ってない頑固おやじバンド)のギグに参加していたらしい。というわけで、この人のアーティキュレーションはテナーであっても極めてバップっぽい。タンギングだとか、アクセントだとかはやりすぎ感もあるが、きっとわざと大袈裟にやってるんだろう。張りのある音と相まって、非常に押しの強い印象を受ける。

 比較的平坦な八分音符を吹くコルトレーンあるいはブレッカー系のプレイヤーとの差別化ポイントになっていると言ってもいいかも。ちょっと聴くと「ジャズの伝統に根ざした」保守的な演奏に聞こえなくもない。

 Musical Back Groundについて喋っているところがちょっとYou Tubeに上がってました。まだジャズまで行きつかない子ども時代の話。

【特徴3】極めて数学的?なフレーズ

 上記した通り、音とアーティキュレーションは伝統的、あるいは正統派のテナーを想起させられるのだが、フレーズ(あるいはソロの作り方)は全く伝統から外れているような気がする。

 ブレッカーにしてもコルトレーンにしてもパーカーにしても、いわゆるクリシェ的なフレーズがあって、その組み合わせ+アルファでソロを構成しているような印象がある。いわゆる、キメフレーズというヤツだ。

 それに比べるとクリスポッターのソロはキメフレーズが少ない、っていうか無い。その場その場で音を選んで、数学的に組み合わせているように聞こえる。当然八分音符一つ一つを選んでいる訳ではなく、4つ単位とかの「モチーフ」の組み合わせというか。以前、やはり、マスタークラスの隠し録りから、適当な4音モチーフを移調したり(半音上昇とか、3度飛ばし、4度飛ばしとか)、やは瞬間的に順番を替えたり、といった練習を紹介したが、この教則ビデオでも似たような例を喋っている。

 例えば、「ドファソミ」みたいなフレーズを例にとって、上記のようにバリエーションを作っていく。ここで重要なのは、頭の中で構造を理解しながら練習することだそうな。例えば、上記の「ドファソミ」だったら、ド~始まって完全五度下がる⇒二度上がる⇒短三度下がる、みたいな構造を理解したうえで、移調してみたり、逆からやってみたり、してInternalize していくのが重要だと言っていた。同じことでも譜面に書いてあるのを読むだけではだめ、みたいなことも言ってたかな。

 というわけで、こんな練習を死ぬほど繰り返し、アドリブの際にはそのコードに沿うモチーフ(パターン)を思いつき、さらに、そのパターンから理論的、感覚的に得られるバリエーションを瞬間的に選んでソロを構成しているのではないかと思う。

一瞬一瞬で思いつくのも相当難しいと思うけど、それを楽器で正確に、表現力のあるアーティキュレーションで再現するのは大変なことですよ。上に書いたような練習を毎日繰り返して、楽器演奏そのものをできるだけ自動化しているからこそ出来ることかなと思う訳です。ついでにいうと、そのモチーフはあまり当たり前じゃ無いもの。具体的には6度とか7度とか、大きなインターバルを含むものを好んでやっているような気がする。ちなみに、一連の練習方法は誰かから教わったものかという質問に対して、ちょっと考えつつも、毎日の練習の中で自然にできてきたもの、すなわち自分で開発したものだ、というような発言もありました。

 ビデオでは、練習方法としてモチーフあるいはパターンのバリエーションのことを盛んに繰り返していたが、その中でクラシックの話もちょっと。バルトークの弦楽四重奏を例に出して、非常にシンプルなモチーフを、繰り返したり、移調したり、順番替えたり、テンポ変えたりして素晴らしい音楽にしている、みたいなこと言っていた。試しに聴いてみようかな。

その他マスタークラスでの発言より

 ついでにいくつか覚えていることをランダムに記録しておく。

  • コピー練習について。曰く、聴いていて「ミステリアス」な部分だけコピーして、ソロ全体をコピーすることは無いとのこと。おそらくこの人にとってのコピーは、パターン収集の手段であり、一旦採集したら上記した練習のように、こねくり回して自分のものにしていくのだろう。

  • Voice Reading(聴音)のトレーニングは重要。同じGmでもどの音がどういう構造で鳴っているかを理解したうえで反応することが必要。短音では無くて、和音のReadingの訓練は相当しているみたい。即興演奏に関し、「他の人の演奏を聴く」重要性も盛んに強調していた。

  • いわゆるアドリブ論として、和音やスケールというのは一番教えやすい(理解しやすい)部分であり、音楽学校などの教育機関はそれに偏り過ぎている。本当はリズム、タイムなどもっと重要なことがあるはずなのだが、体系立った教育がされていないのが実情。いくつかリズミックなアプローチのデモンストレーションもやってみせてたけど、あまり細かい説明はなかったかな。

  • 作曲は好きだし、リズムやハーモニーに関するトライアンドエラーをするという意味で、いいアドリブのトレーニングになる。

  • 曲を決めて、ソロでアドリブのトレーニングをやっている。その際、いろんな制限をつけて練習する。例えば、フラジオ音域だけとか、低音部だけとか、とにかくシンプルにとか、三連符だけとか、等々。

  • サックスは単音楽器であるというのが特徴。要は和音が出せない状況で、いかに調性等の音楽表現をしていくかということに面白さを感じる。一本の線から素晴らしい絵を生みだしていく日本の(?)一筆書きみたいなもの、という発言も。

 全体を通じて言えたのは、作曲にしても聴音にしても、リズムトレーニングにしてもロングトーンにしても、とにかく「即興演奏にどう役立てるか」という観点で捉えて、突き詰めているなあということ。上の方で数学的と書いたけど、単純にフレーズ(音選び)が数学的というだけではなくて、音質や、音量、感情表現としてのダイナミクスやフレーズの構成なども、論理的に考え抜いたうえで演奏しているんだろうなあ。参考になります。真似できないけど(笑)
(2011/1/2のMixi投稿を再掲)


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