【2023年1月試聴ぶん】 アンビエント音楽、月間ベスト8

///この記事は歴史的仮名遣ひで書かれてゐます///

 アンビエント音楽への興味と嗜好とが一昨年の年末から徐々に燃え始めた。夏の途中であまりに聴き散らし過ぎてゐるのに気が付いてリストをつけ始めたのだが、今年からは月間ベストのやうな選定もしてみることにした。これはその最初の試みで2023年1月に聴いた40枚のうちから選んだものに簡単なコメントを付したもの。順位づけはせず、選ぶ前に聴いた順でそのまま並んでゐる。また、当該月のリリースでなく単に選者が聴いたといふだけの個人的なものなので、どれだけ他人様の音楽聴取の参考の実用に供せるものかは分からない。しかし新しいものを追ふだけではなく、例へどれだけその内実が素晴らしくあらうとも、恐ろしいほどの速さで全てが押し流されてしまふこのご時世には、一つの趣味、嗜好、好みを持った個人がその審美観に応じて旧作を拾ひ上げて行くこと、そしてできれば一筆でも批評を加へることが、現在形の音楽状況を伝へるリストと同じくらゐに大切だと私は信じる。
 選ぶこと自体よりも、noteに載せるための体裁を整へるのに四苦八苦した。つくづくnoteのエディタは使ひづらいと思ふ。なほ当月の聴取の対象群はBandcampのベストアンビエント記事(以下BCBA)の2022年2021年2020年分にほぼ依ってゐるので、筆頭の死亡頻道を除けば好事家の読者にはすべて知られたアルバムであらう。

死亡頻道 『超​越​灵​魂』 (2019.3)

(Geometric Lullaby)

 vaporwave系の作家である夢のチャンネルさんのdark ambientサイドの名義であるらしい死亡頻道のデビュー作。内省的でリリカルな、ごくありふれたピアノアンビエントとして始まるが、2曲目の終はりほどからどうも様子が変はってくる。3曲目以降でガラッとダークアンビエントの深みとすき間を感じさせるサウンドに変化し、またごく控へめにだが、ところどころでvapor的な音づかひが顔を覗かせるのが普通のダークアンビエントのつもりで聴く耳の意表をついて楽しい。ここに聴くべきものがあると思った。ふっと音が消え入り、耳を澄まさせる局面がある。音で埋めるやうなアンビエントばかりのこのご時世、かういったものはなかなかに得難いと私には思へるのだ。
 リリースノートがやたらと鬱っぽい設定(googleページ翻訳)なのも可笑しい。かういったキャラ作りもvaparwaveの身上だ。なほこの名義で他4作あるがこれの他の全ては聴く価値のないことを私が請け負ふので安心してスルーするべし。

Pontiac Streator 『Sone Glo』 (2022.6)

(West Mineral)

 BCBA2022の3番目。ダブテクノオリエンテッドなアンビエント。といふよりアンビエントオリエンテッドなダブテクノ。レーベルはHuerco S.で、feat.もProtozoa Project、Ben Bondy、Perila、Nikolay Kozlovとクラブ系の音響ダブ方面の人脈で、まさにその周辺って感じの音。内省的なボーカルが乗り泥濘む足場を踏ませるダンサブルな2曲目、IDMのビートが前景化する3曲目、ASMR的なイアキャッチのある軽快な4曲目、、どれも快適なフロアで流れてゐるところが想像できる素晴らしい出来。
 ただ、傾聴するアンビエントとして聴く場合、リズムが前面にあることで劣る評価が下るのはやむを得ないだらう。フロアでゆる〜く踊る、そして部屋でBGMとしてまったりボリュームを絞って流す…そういった用途においてまさにダブテクノの勘所を押さへてゐる作品だと思ふ。

bahía mansa 『boyas + monolitos』 (2022.1)

(Irán Wym Organización)

 BCBA2022の6番目。アルバムに添へられた詩が可笑しくて、何やら老いたヲッサンが浅瀬に沈み、海から出現したモノリス(一枚岩のこと。岩礁かなあ)に憑依して精神体となる…これは石になる歌、云々とあり、とても雰囲気を出しているw 11分に及びスローアップする1曲目microalgasは本当に素晴らしい!
 私が個人的に波の音のフィールド録音から海岸系と、また音と音響で場を埋めて充満させることから飽和系と勝手に呼んでゐる、セミモジュラーシンセ要素のあるドローンアンビエント、かな。夢心地で、ゆりかごに揺らされるやうな、波のイメージなのか、反復のシンセシーケンスに揺蕩ひながら、シンセパッドが徐々に音場に充満して、音と聴取者との境界に浸潤していく、、みたいなのが基本的な音作り。アイディアや印象はpicnicとかに近く、これらはつまりサイケデリアなんですな。
 飽和するシンセの音色がちょっと強過ぎて耳当たりが悪い曲がいくつかあるのが残念だった。1曲目を聴いてる感覚で続けるとちょっと耳が疲れてくる。それと好みとしては全体的には神々しすぎるといふか、精神体になり過ぎてゐる気がするので、もうちょっと落ち着いてゐても良かったらう。それがふっとフェイドアウトするので途端に耳さびしくもなる。でもこのアルバムはとても気に入った。
 

William Basinski & Janek Schaefer 『“ . . . on reflection "』 (2022.4)

(Temporary Residence Limited)

 BCBA2022の12番目。作家たちの8年間のオンラインでのコラボレーションの成果物らしい。2020年12月にコロナの合併症で84歳で亡くなったこれもアンビエントの大物Harold Buddに捧げられてゐることからレクイエムのやうにも響く。
 最初音を小さくして聴きすぎた。ピアノの残響とフィールド録音の空間を余さず聴けるやうに、ボリュームは上げて聴かなくてはならない。薄いドローンにリフレインする、また多重録音されたピアノを基調に、背景に鳴るフィールド録音のさまざまな物音に耳を澄ますべき作品。聴くと分かるがわりと色々な音が鳴ってゐる。2曲目中盤、リバーブが深く、消えいりさうで消えないピアノのまま、鳥の声が聞こえてくるに至って、これはピアノと残響とフィールド録音にとっての最良の形ではと思った。これは一つのアンビエントのアルバムの形として完全なものでせう。
 5曲組になってゐるが、トラック間は繋がってゐる。さいごピアノが余韻を残しながら、フィールド録音が残り、低いところからパッドがアンビエンスとして囲ってくる締めはかっこいい。。そして終はった後のじつに静寂なこと!!

perila 『How much time it is between you and me?』 (2021.6)

(Smalltown Supersound)

BCBA2021の3番目。1曲目のドローンはパッと聴きtau contrib『encode』ぽい音響だなと思った。今時だな〜って感じの音響ダブっぽさ。2曲目はわりと生な感じのスポークンワードものだがアルバムのパーソナルな性格を予告してゐるかも知れない。ダークアンビエント調のドローンシンセにくぐもったモノトーンのピアノが悲しく響き、あやしくなりわたる上物にシンプルなドラムが入ってくる3曲目の出来をとりわけ良く感じる。4曲目はかなり低い音域が鳴ってゐて、結局そこそこのスピーカで聴かないとつまらない、つまりはイヤホンなんかぢゃどうにもならない音作りになってゐる。
 界隈の有名人なだけあり、どの曲の質も高いのだが、各曲がそれぞれまるで違ったアイディアで成り立ってゐるせゐかどうも散漫になりがちで、しかも内省的といふか個人的な音だと受ける印象が強く、かっこいい音響のわりに音楽的には感じいるところが少なかった。そのかっこいい音響も二巡目になるとちょっと表面的な派手さが強すぎないかと感じて来だすなど、、。

Lucy Liyou 『Practice』 (2021.2)

(Full Spectrum Records)

BCBA2021の5番目。フィラデルフィア拠点の韓国系?の作家らしい。かなり不思議な、私にはあまり聴いたこと覚えのない、ナラティブ、ナレーションが全面的にフューチャーされてゐるサウンドトラックのやうな体裁の作品だった。ちょっと粘っこい語り方が少し鼻につくのだが、全体的に各曲のアイディアや構成が良いので月間ベストに選ぶに値すると思ったし、ベスト記事に選ばれてゐるのも納得だった。
 冒頭ピアノとストリングに語りがすぐさま被さってくる幕開けから、ささやきがピアノを伴奏としながらフィールド録音と交える中間部を持つ1曲目You are every memoryはめちゃくちゃクール。この作品は語りが主役であって、むしろその背景や間を埋めるやうに、くすんだ生ピアノや生活音を含んだフィールド録音、電子音の音楽的な要素が脇役として鳴ってゐる感じだ。
 良くわからないが、成立の経緯は作家の母が祖母の看病のために韓国に旅行する必要があったが、コロナの検疫で2週間足止めをされた間に製作されたとか?? 2曲目のタイトルがUncleだったりとか、家族の何らかがテーマになってゐるみたい。ちょっと重いよな…w

Ulla 『Tumbling Towards a Wall』 (2020.1)

(Experiences Ltd.)

Ullaは現代的なダブみある音響と、耳を澄ますべき局面とを持つ作家として2021年作『Limitless Frame』を聴いて以来お気に入りとなってゐる。曲中を通しての変化にはどの曲も乏しく、個人的な印象としては音響的なカッコよさと音楽的な退屈さが障子紙一枚を隔てて併存する微妙さで成り立ってゐると感じる。音楽といふより音響デザイン、音楽家といふより音響デザイナーと見做すのがこのアルバムと作家には相応しい。
 私はアンビエント以外の音楽の趣味としてダブテクノを偏愛してゐるところがある(あった。最近は不沙汰)のだが、Ullaのこのアルバムの楽曲のいくつかにはダブテクノからキックやハイハットなどフロアで機能するためのパーツと音楽の進行とを取り除いて、反復性の酩酊や、居着きの安心感のエッセンスみたいなものを抽出した上で音響デザインとしてリファインしたやうな印象を受ける。とにかく好みに合ふ。とにかく Ulla Strausは最高だといふのに尽きる。1,4,6,8がお気に入り。

Space Afrika 『hybtwibt?』 (2020.6)

(NTS)

https://www.youtube.com/watch?v=PxBzwb4EUa0 (BCでは全曲通して聴けないのでYoutubeのリンク)

 2020年5月、ジョージフロイドが警官に射殺された事件に対しての反響として、政治的なメッセージをこれほど明確に、彼らの置かれた現実のヒリヒリするストリートの空気と、最先端の音響感覚、そしてむせ返るほどのブラックミュージックの香気とを、ミックステープといふ、これもまた今時の発表方式に混ぜ合はせるセンス。そしてこれをリリースして、この政治的な音楽がそれとして認められる土壌に羨ましさを感じる。
 ストリートにおける視線の移動を表現したコラージュ/ザッピング的構成のアンビエントと括れるわけだが、30分と短いのにしかし散漫となりやすいのは、嘆きや、当てられる感情の強さと、サイレンなど日常的に注意を奪ふ音もそのまま入ってゐることによるのかも。これは実際のところ音楽への没入と表現とがうまく合致できない部分だと思ふ。あとトラック間の音量差の意図が図りかねる部分もある。
(マストドンに投稿したものに加筆修正して再利用)

 最後まで、あるいは途中まででも読んでくれた方へ感謝します。この記事が同好のアンビエント趣味の方の一助となれたならこれに勝る喜びはありません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?