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学生時代に使っていた古い東芝のノートパソコンを、さすがにもう処分しないとと思いながら、数ヶ月、いや数年が経った。
予定のない週末に、少しお酒を飲んで寝ようとしたら、上手く眠れなくて目が覚めてしまった朝2時。
手持ち無沙汰ゆえに、いつもやらないことをやろうと思い立ち、デスクの上で、もう絶対要らないチラシや雑誌が積み重なった下に、ひっそり潜んでいたそのパソコンの電源を、ずいぶん久しぶりに付けてみた。

想像通り、かなり動作が重く、老齢状態。
しょうがない、10年近く前に買ったものだから、電源が付くだけ感謝しないといけないくらいだ。
とはいえ、寿命があと一歩先に迫っているのをひしひしと感じさせるシューシュー音が鳴っていたので、最期を迎える準備として、中に入っているデータを整理することにした。
大事な書類はもうあまり残っていなかったけれど、証明写真や連絡先など、いくつか必要なものを新しいパソコンにコピーしていく。

その中で1つ、大学3年か4年の時に、授業で書いた文章が出てきた。
その授業は、毎回出されるテーマから思いついた創作の文章を、A4・1枚でまとめ、各々の作品を匿名でテーブルに並べて、お互いに良いと思ったものに投票をするという内容だったはず。

大学時代は、庶民では圧倒的に及ばない家柄と、絶対的に追いつけない実力に圧倒されて、常に自信を喪失し続けるという下向き矢印ばかりの現実だったのだけど、この時書いた文章は褒めてくれる人が多くて、自分の中でも思い入れがある作品だった。
だから一応の記録として、ここに残しておいて、あとはすっかりデータを消してしまおうと思う。

この回は、「光」がテーマだった。
当時の私は、「光」といったら「宇多田ヒカル」だよなと、大したファンでもないのになぜかそんな思考回路で、宇多田ヒカルの話を書こうと思いついた。
彼女が芸能活動を一時期休止していて、また復帰したところから数年が経ったタイミングだったので、そのことを題材にしたいと思って、当時は授業以外の時間ずっとラジオを聴いていたのもあり、「宇多田ヒカルが復帰したその日に、ラジオで話すならこんな内容なんじゃないか」というのを、妄想して書いた。
報道やインタビュー記事で目にした活動休止と復帰の理由を、断片的に織り込んではいるけれど、基本的には妄想で成り立っている文章なので、もしファンの人がいたら、「こんなこと言うはずない!」と怒らないでほしい。
学生が自由な発想で書いてしまった文章なので、お手柔らかにお願いします。ということで、どうぞ。


はい、0時になりました。ラジオをお聴きの皆さん、こんばんは。
金曜の夜、土曜の朝ですね、いかがお過ごしですか。お疲れ様です。

なんかこうやって人前で話をするのも久々なので、緊張するというか、声が上ずっちゃって。
こういう時の自分の声がほんとに嫌いなんですよね、私。
というか基本的に自分の声はそんなに好きじゃないんですよ。
自分が嫌いな分、人に「声が好きです」って言ってもらえるから、それでまあバランス取れてていいのかもしれない。うん。
でね、今日は何の話をするかっていうと、お休みしてた期間のことを話そうと思って。
一応今日この放送から私活動復帰なんです、しれっと。
やっぱり待っててくれた人がいるというのは、当たり前じゃなく、すごく有難いことだと思うので。
ちゃんとこの期間を振り返って、今の私を、あとこれからの私を、自分の言葉でお伝えしたいと。はい。

こんなこと言うと嘘っぽいんですけど、自分は歌手になるんだってずっと思ってたんです。物心つくくらいから。
そういう家だったし、自分もそうなると思って音楽ばかりやってたから。
で、一五歳の時にデビューして世界が一変したわけです。
自分がやってることは何一つ変わらないのに、それが仕事になって、大人たちにとって私はビジネスになった。
そんな風に言うと聞こえが悪いけど、でも恵まれてたと思いますよ。
デビューしたくてもできない人が五万といる中、別に経済的に何も困ってない時にデビューして、十分すぎるくらいのお金を頂いてたんだから。

でもね、そういう生活ってどこかでやっぱりガタがきちゃうんですよ。
私も歳をとるなかで大切にしたいと思える出会いもあって。
普通に結婚して、子供を産んで、家庭を築いてみたいって思ったんです。
でもそう思った時に、普通の、一人の、人間としての私がもうどこにもいなくなっちゃってたんですね。
世の中にはちゃんと「宇多田ヒカル」が存在しているのに、もう人間としての「宇多田光」はどこにもいないんですよ。
世の中的な「宇多田ヒカル」があまりにも巨大で、強力で、知らないうちに 私自身食われちゃってた。
ステージ上ではスポットライトの光なんてもうへっちゃらで、汗もかかないのに、「ヒカル」ちゃんには、私、敵わなかったんですよ。もう完敗。
そのことに気付いた時に、「ああ私、このままじゃ終わるな」って感じたんです。
売れる曲が作れなくなるとか、声が出なくなるとか、そういう問題じゃなくて、多分死んじゃうなって。

だから一回世の中からいなくなることにしました。
別にちゃんとこの世界で生活し続けてたわけですけど、一旦「ヒカル」ちゃんを世の中から消去して、「宇多田光」を取り戻そうと。
「ヒカル」ちゃんを応援してくれていた人には申し訳ない気持ちもあったけど、そうしないわけには私が生き続けられなかったから。
そんな感じで、「人間活動をします」とお休み頂きました。

「人間活動の経験あります」って方そんなにいないと思うので、経験者として伝えたいんですけど、「人間」になるのって難しいの!
お前はバカかって言われちゃいそうだけど(笑)。
誰しも生まれる時は自分が人間として生まれるなんて意識してないじゃないですか。
知らないうちに生まれて、ちゃんと人間になる。
でも一回人間を手放しちゃうとね、一つ一つ形作るところから始めなきゃいけないから、めちゃくちゃ大変なんですよ。
あ、やばいもう時間じゃん。 全然これからの話とかたどり着かなかった。
続きは次週にします。ごめんなさい。

大丈夫、ちゃんと来週も放送するんで。
もういきなり「休みます」とか言わないから、ちょっとだけ待っててください。
じゃあ今日はこれで。おやすみなさい。(2016/4/4 )

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