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8割減の“誤解”

専門家会議が掲げている
A. 「人と人との接触を8割減らす」
というメッセージをみなさんご存知だと思います。これが
B. 「人の流れ=人出を8割減らす」
と同じである、と思っている方は多いのではないでしょうか? 僕自身も、AとBをずっと混同しており、2日前までこの“誤解”に気付いていませんでした。しかし、冷静に考えれば明らかなように、人出が減れば
・一人ひとりが誰かと接触する機会
も減ります。混んでいる電車と空いている電車を比較すると分かりやすいかもしれません。Aを達成するために、Bは必要ではないのです。以下で説明するように、人出を6割くらい抑えれば、Aの目標は達成できます。

実際に、専門家会議の西浦教授が1週間前に次のような会見を開いて
・感受性人口(人の流れ)と接触率の「かけ算」で8割減を目指す
ことを明言されています。ソース元の西浦さんの会議はこちらから視聴できます。(関連する箇所は第二部で開始から「50分」以降)

“接触8割減” 人の流れと接触人数で確認


西浦さんが上の会見で説明しているように、8割減が目標としているのは
・「人出」×「接触率」
という「かけ算」の数値です。たとえば、人出が6割減で、接触率が5割減(人が少なければ、他人と接触する機会は大きく下がります)の場合、
・0.4×0.5=0.2
で、人と人との接触は2割になる。つまり、目標の「人と人との接触8割減」が達成できていることになります。仮に人出が8割減、接触率も8割減(人と人がランダムに“ぶつかる”場合、接触率はだいたい人出と同じくらいの比率で減少するはずです)だとすると、
・0.2×0.2=0.04
となり、人と人との接触はなんと「96%減」になります。

梅田などは、人出だけですでに8割減を達成しています。これに、接触率を掛け合わせると、専門家会議が目標とする人と人との接触は間違いなく90パーセント以上は減っているでしょう。西浦さんの会見でチラッと映っていた接触率の推計値を見る限り、渋谷をはじめとした東京都心部の多くでも、このかけ算の数値は80%減を達成しているようでした。

つまり、専門家会議が目標として掲げる人と人との接触に関して
・都心部ではすでに8割減を達成している
場所が少なくないことになります。ざっくり言うと、人出が5~6割減の地域は、かけ算で求まる「人と人との接触」の8割減をほぼ達成しているのではないかと思います。

しかしながら、現時点で(西浦会見から1週間たっているにも関わらず)この重要なメッセージは、少なくともほとんどメディア報道には反映されていないようにも感じます。昨日もテレビを見ていたら、地域ごとの人の流れが何パーセント減か、という比較をしたあとに
・「(人出の)8割減を達成できていない場所も多い」
とキャスターが苦言/コメントしているのを見かけました。あたかも、専門家会議の目標がA(かけ算)ではなくB(人出)であるとの誤解を誘う、ミスリーディングな報じ方です。

もちろん、郊外や地方都市などでは、上の「かけ算」でみても、いまだに8割減が実現できていない地域があると思います。ただ、
・8割減という目標が「人出」だと誤解している人が多い
・そうした誤解をメディアなども助長してきた側面が強い
のではないか、と個人的には感じています。(僕自身も、テレビ番組にコメンテーターとして出演しているので、知らないうちに“助長”に加わっていたかもしれません。そうであれば、深く反省したいです)

これは邪推ですが、専門家会議(の何人かのメンバー)も、多くの国民の“誤解”に気付いていながら、感染拡大を抑えるプレッシャーを与え続けるために、積極的にその誤解を解こうとはしてこなかった(=誤解を放置した)のではないでしょうか。8割という目標を掲げつつ、本音では感染拡大を抑えるために経済・社会的なコストがどれだけ高くなっても許容すべし、と考えていたのではないでしょうか。先週になって、やっと「かけ算」の話が(後出しジャンケンのように)語られる、というのはタイミングとしては遅過ぎる気がします【注】。

本日、専門家会議から新たな発表がある予定です。その際に、この記事で取り上げた「かけ算」の話や、都心部を中心に多くの地域で「8割減が達成されていた」という事実が、きちんと公表されるかに注目しています。

人出を8割減らすためには、経済活動のダメージが極めて深刻になることは避けられません。一方で、人出と接触率の「かけ算」であることが正しく伝われば、人出についてある程度減少を抑えつつ、接触率を下げる工夫をしながら、“正しい”8割減目標へ向けて我々も取り組んでいくことができます。

もちろん、まだ感染者がゼロになっていない以上、これからもしばらくは
・何が何でも感染を抑えるべし
という考えもあるでしょう。その方が、(長い目で見ると)経済や社会へのダメージが低い可能性もあるかもしれません。実際に、そうした政策含意を導いている経済学の研究もあります。ただし、その場合には、
・8割減では感染が完全に抑えられないので、9割〜10割減を目指して引き続き協力して欲しい
と、国民に正直に訴えるべきではないでしょうか。「(人出の)8割減が達成できていないので、もっと頑張るべきだ!」という、誤解を悪用するかのようなプレッシャーのかけ方は、もうやめるべきだと思います。

個人的には、これからは今までのように
・何が何でも感染を抑える
という段階から、
・感染リスクを上げない知恵を絞って経済・社会を少しずつ動かしていく
段階に移行する必要があると考えています。そのためのきっかけとなるような、前向きな材料を提供する発表を、専門家会議に期待したいです。


【注】4月22日付けの、専門家会議による
新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言
では、5ページにおいて

2つ目の評価は接触率(時間あたりの接触数)そのものであり、現在、その定量化に向けた検討を開始している。

とあり、1つ目の評価である「人流」だけではなく、「接触率」に言及しています。ただ、この資料の段階では、両者の「かけ算」が8割減の目標であることは明示的に述べられていません。さらに、13ページには

加えて、人と人との接触機会を8割削減していくためには、それぞれの職場においても、
①オフィスでの仕事は原則として自宅でテレワークにする、
②例外的に出勤が必要となる職場でもローテーションを組むこと等により出勤者の数を最低7割は減らす

という記述があり、出勤者数(=人出)が目標であるかのような、誤解を招きやすい印象を持ちました。また、“例外”であったとしても、出勤者数(=人出)を7割以上も減らすべし、というのは
・「人出」と「接触率」の積で8割減を目指す
という本来の目標から考えると、厳しすぎる気がします。


【追記】4/7に公開された、西浦さんによる
【なぜ8割の行動制限が必要なのか】
をいう動画を、遅ればせながら拝見しました。西浦さんご本人が、数式の説明において
・p=行動制限する人の割合
と明言しています。接触率については全く触れられていません。p=0.8を達成するために、行動制限する人の割合を8割にする、つまり
・人出を8割減らす
ことを提言しています。これでは、(少なくとも4/25の会見まで)メディアが「接触の8割減=人出の8割減」と誤解するのも仕方がないような気がします。なんせ、「8割おじさん」が自らそう説明しているのですから…

まわりの行動が全く変わらないとき、自分一人だけ8割の行動制限をすれば、確かに接触も同じ8割だけ減ります。しかし、まわりも自分と同じような行動制限をしているならば(対称的な接触機会を仮定すると)、必要となる各人の行動制限の割合(q)は
・(1-q)^2=0.2→q=0.552…
となり、55%程度で済むはずです。

もちろん、現実には接触の仕方が上の計算で仮定したように“対称”とは限りません。【注】で言及した4/25の会見では
・人流×接触率
という形で、より丁寧にこの接触の仕方に関する部分を説明されたのだと思います。この丁寧な4/25での説明を踏まえると、4/7時点での説明は
・人流の値によらず接触率が1で不変
という、極めて非現実的な仮定に基づいた提言になっていることが分かります。

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