小説十八史略

 陳舜臣先生の中国史。1〜3は去年読んでおり、今月は残りの3巻。
 十八史略は中国の歴史書だ。宋の時代、史記からはじまる18の正史をまとめた、いわばそれまでに書かれたすべての歴史書のダイジェスト版。
 中国は王朝が変わるたびに歴史書が書かれてきた。その中でも国からでたものは正史とされている。歴史を学ぶにはこの正史が拠り所となるのだが、めちゃくちゃ長い。史記だけでも、文庫本ならば8巻、それも分厚い文庫本で8巻にもなる。すべて読むのは大変だ。
 そこで1320年ごろ、曾先之がそれまでに書かれていた17の正史に、自身の書いた宋史を加えた18の歴史書を要約した。これが十八史略である。

 宋は文化が発展した時代だ。かの有名な朱子が生まれた時代でもある。また、それまでは貴族階級の独占物だった文化が庶民に広まったのも宋。裾野が広がったことが、史略を生み出した原因だろう。

 小説十八史略は小説と冠されているも、基本的には史実に則っている。4巻はかの有名な三国志の時代、紀元前202年の建国から400年続いた漢王朝は滅亡手前にあった。黄巾の乱によって国家は乱れ、軍閥が乱立して皇帝は権力を失う。
 戦乱を勝ち抜いた曹操は皇帝を擁立し、孫権と劉備以外の軍閥を討伐する。息子の曹丕は後漢最後の皇帝から禅譲を受け、皇帝につく。
 中国の統一王朝は秦、漢、魏、晋、隋、唐、宋、元と続く。6巻のラストは南宋が元に滅ぼされるシーン。

 読んでいて思うのはまず、皇帝が殺されすぎということ。乱世の世はともかく、平時でもしょっちゅう殺される。ぽんぽんぽんぽん死ぬ。さすがに殺しすぎでしょと突っ込んじゃうくらい死ぬ。
 ヨーロッパの君主も殺されることはもちろんある。だが中国ほど殺されまくってはいない気はする。古代ローマの7人の王も、殺されたのは6代目のセルヴィウスだけ。ロムルスも暗殺の疑いはあるも、真相はわかっていない。7分の1から7分の2である。中国史のほうは暗殺された人を数えたわけではないが、7分の2よりは多かったと思う。
 なぜこんなにも殺されるのか。考えて思いついたのは、攻撃の手段が暗殺くらいしかなかったのではないか、ということ。
 ローマは王と元老院と市民集会があった。王とて市民の意向は無視できない。王が暴政を行えばこれに反発することはできる。最後の王タルクィニウス・スペルブスは王でありながら国家から追放されている。
 しかしオリエントでは事情が違う。王以外はすべて奴隷であり、それは中国も同じ。奴隷が嫌なに主人あたれば、説得して改心させるなどは期待できない。殺すのが一番手っ取り早いし、他に方法もないのである。

 君主に対して使えるカードが暗殺と武力による簒奪のみ。これが殺されまくる要因のひとつ。
 それ以外の要因としてはキングメーカーの存在もある。董卓にせよ、のちの宦官にせよ、皇帝を擁立する存在の影響力は大きい。彼らは朝廷の中で常に権力を持ち、好きに皇帝を選べた。キングメーカーの意にそわないキングは殺される。
 ローマ帝国も末期になればリキメロスなどのキングメーカーが力をつけていた。このころの皇帝は殺されることも多い。逆に実力で帝位についた唐の玄宗などは、政治が衰えてからも殺されていない。

 君主、殺されすぎ問題の次に気になるのは、軍事力。
 宋にせよ唐にせよ、文明が進むにつれて軍事力が低下している。これは中国史に限らず、古今東西同じ。
 文明化と軟弱化は表裏一体の関係にある。軟弱化した軍隊は野生さを保持した荒々しい軍には蹴散らされる。鮮卑、モンゴル、満州族、すべて北方の非文明圏からやってきた勢力だ。
 これを解決するにはどうすればいいか。軍事力を強化するために文明を手放せばいいのかというと、そういうわけでもないだろう。一度便利な生活に慣れてしまえば、それを捨てるなど無理な話だ。
 考えられる手としてはアスリート化してしまうことだ。アスリートは娯楽の多い社会にあっても自分を追い込むことをやめない。これは自衛隊にいる友達の友達から聞いた話なのだが、自衛隊も昨今はパワハラだとかが厳しくなり、啓蒙化されてきた。だがやはり昔のハチャメチャ時代のほうが強かったのも事実だという。今でも強い人間というのはやはり、高校時代にスポーツで成績を残したやつらや、好きで筋トレをしている勢。彼らは身体的にはもちろん、より総括的な意味でタフだという。

 書いている途中で思い出したので、マキャベリの言葉をひとつ。
 幸運によって王になるのは容易だが、王位を失うのも簡単だ。逆に実力で王になるのは長く苦しい道のりだが、これを保持するのはたやすい。
 他力で皇帝になった者がすぐに排されるのも道理かもしれない。

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