見出し画像

【成長戦争】台湾人夫に聞いてみた。『成長戦争』ってどんな本?

子どもたちを抱えて過ごすコロナ禍と本の執筆が重なったことで、家族とシッターさん以外の誰とも会わずに過ごす日々が続いていました。

それがようやく、原稿がひと段落したこと、まだまだ気は抜けませんがコロナの警戒レベルが下がったことで、少しだけ会えるようになってきました。

執筆のゴールが見えてきたことを友人たちは自分のことのように喜んでくれるのですが、

「『成長戦争』ってどんな本? 美しい成功の物語?」

「子どもがいる人のための本?」

「オードリーさんファンのための本?」

と、この本がどんな本なのかは分からないようでした。
(上記は、本当に実際の友人たちから言われた言葉です)

絶版になっている外国語の本なのですから、それはそうですよね。


すごく難しいのですが、できるだけていねいにお伝えしていくべきだなと思いました。


もし「『成長戦争』ってどんな本なんだろう?」と気にしてくださっている方がいらしたら、読んでいただけたらうれしいです。ネタバレというか、本の内容をまとめてお伝えするつもりはありませんので、ご安心ください。


まずお伝えしたいこと

①これは「美しい成功の物語」ではありません。

1ミリ、いや、1ミクロンも「美しい成功の物語」ではないと思います。
むしろ、オードリーさんの壮絶な生い立ちが「よくここまで」と思うほど赤裸々に綴ってある本です。
さらには、オードリーさんだけではなく、そのご家族のこともかなり克明に描かれています。


②お母様による手記なので、お母様である李雅卿さんの目線で書いてあります。

李雅卿(リー・ヤーチン)さんの目線には、このような視点が含まれています。

・自分自身
・二人の子どもの母
・(大好きな夫の)妻

ギフテッドという類まれな子どもを育てるお話ではあるのですが、
「子どものいるお母さん」だけに読者を限定するのはもったいなさ過ぎるというのが私の想いです。


③業界に名を轟かす“すご腕の記者”、李雅卿さんによる描写が秀逸。

『成長戦争』の中に、こんな言葉があります。

「私たちが過去に受けた苦難を、もう誰も味わうことがありませんように」

自分の家族の話を書くというのは、プロの書き手にとってもかなり大変な作業なのではないでしょうか。

それがこの本の場合は、どちらかというとポジティブというよりはかなり壮絶で、描かれる範囲も子どもたちや夫、その両親、親戚、子どもたちの学校や教師らにまで及びます。

それでも、いいことばかりではなく、どちらかというと「書かれた人の気持ちを考えると書ききれない」ようなことにまで言及しているように感じます。

あくまで私の主観ですが、李雅卿さんは何よりも「もう二度と、誰もこんな思いをしないで済むように」ということを優先し、それに周囲の人々ーーもちろんオードリーさんもーーが賛同して生まれた奇跡のような本だと思っています。


④「戦争」の相手は一つではなかった。

『成長戦争』が書かれた時代の背景について少し補足しておきたいと思います。

1981年生まれのオードリーさんが子どもだった頃の台湾で、不登校は法律で禁じられており、違反すると保護者に対して罰金も課せられました。

ですが、オードリーさんはどうしてもその当時の主流の教育に馴染むことはできませんでした。
それでも、休学して家にいさせるということは、当時の国家に反抗するという風にみなされてしまったのです。

大好きな夫(もしくは妻やパートナー)も、同居している親戚たちも、皆が「学校に行かないといけない」と言う中で、もしあなただったら、どうやって子どもを守りますか?

もしくは、自分がどうしても主流の何かに相容れない状態で、心が壊れてしまいそうになったとしたら、どうやって生きていけば良いのでしょうか。

成長戦争の「戦争」には、その当時の国家や教育現場だけでなく、家庭内での戦争も、自分自身との戦いも含まれているのです。
オードリーにも、李雅卿にも、そしてその弟や父親にも、それぞれに戦いがあったと思います。


⑤ファミリーヒストリーでありながら、台湾現代史のワンピース(服じゃなくてパズルの方)でもある。

また、『成長戦争』の魅力は教育的な側面だけではありません。
教科書では習うことのないような台湾社会の多様性を、ありありと感じられるものだと思います。
オードリーさんのルーツをたどっていったら、私も驚愕するようなファミリーヒストリーがそこにはあり、それは大袈裟でもなんでもなく、立派なひとつのピースでした。
外省人と本省人、戦後の言論の統制、台湾の教育、メディア、そういった台湾社会を構成する重要なファクターに、この家族の歴史は大きく関わっていたのです。
(これに関しては、また別途でお話しさせていただきたいです。)

だからこんな方に読んでいただきたい

・子育て中の方
・教育に関わっている方
・主流に相入れられず、思い悩んでいる方
・親/子ども/孫や祖父母/親戚との関係に悩む方
・台湾社会に興味がある方

そして…オードリーさんと同い年の台湾人夫に、『成長戦争』を読んだ感想を聞いてみました!

(夫は日本語ができる台湾人なので、中国語で書かれた『成長戦争』も、私が書いた日本語の原稿も、両方読んでもらっています。)

ーー『成長戦争』はどんな本だと思う?

「すごいの一言だよね」

ーーどんな意味ですごいと思ったの?

「あの時代、一般の小学校では、学校に行かないのは違法だったから、僕の学校にも不登校の子っていなかったんだよ。

だから李雅卿がその当時の体制と戦いながら、子どものために他の教育方法を探すというのは本当に大変なことだと思うよ。

体制の中から抜け出すだけでも大変なのに、たくさんの人たちと力を合わせて、自分たちで学校を創ってしまうなんて、本当に行動力のある人だよね。」

ーー「美しい成功の物語なのかと思ってた」って言う友達もいるんだけど、実際これは成功の物語なのかな?

「いやー…全然違うよね。でも、読まないと分からないよね。
僕も読み終わってから『あぁ、本当に戦争だったんだな…』って思ったし。

しかも、いろんな意味での『戦争』じゃない?」

ーー本当だよね。どういう戦争があったと思う?

「うーん…(しばらく考える)

1.国家との戦い
2.家庭内での戦い
3.オードリーの中で、自分との戦い
4.主流との戦い

こんな感じかな。成長の過程で本当に苦労したよね」

ーーあなたも今、二人の子どもたちの親じゃない? 読んで何か影響されたところはあった?

「子どもが考えることは、僕には理解できないことがたくさんあるっていうことかな。

僕の時代の教育って、詰め込み式の教育だったんだ。それが主流だったからね、でもそれが当たり前になると、自分で考えることが減ってしまうんだよ。個性がなくなって、道も閉ざされてしまう。

だから、子どもが自分の頭で考えられるようにさせてあげたいよね。
自分の頭で考えられれば、『そもそも、どうしてこうなんだろう?』って疑問を持つことができるでしょう。哲学的な思考というか。

僕には理解できないことがあるかもしれないけれど、子どもたちが自分の頭で考えたことは、大切にしなきゃって思ったかな」

ーー印象深いシーンはある?

「あれかな…、オードリーがドイツに住んでいた時、李雅卿が現地の良い学校に入れる手続きをしたり、アメリカ留学の誘いを受けたりしていたのに、肝心のオードリーが『台湾に戻る』と言って、びっくりした李雅卿が手に持っていたナイフを落としそうになるところ」

ーーそうだよね、あれは私も前著『オードリー・タンの思考』の中で『生い立ち』の章にも書いて、すごく反響が大きかったところだよ。それを読んで、あなたはどう思ったの?

「今の僕には『全て手配したのに!?』っていう親の気持ちがすごくよく分かるなって。
だけど、親が考える『子どものために良かれと思ったこと』っていうのは、実際のところ、その子にとって本当に一番良いとは限らないんだよね」

ーーうわ、そう、それね…。

「子どもを信じてサポートしてあげるしかないよね」

ーーそれが難しいんだよね(苦笑)。ちなみにあなたは何回もオードリーさんに会ったことがあるけど、『成長戦争』を読んでから、オードリーさんの印象が変わったようなことはある?

「ないね。僕はメディアがどう言おうと、自分の目で確かめて判断するから、何も変わらないな」

ーーそれが一番だね。ありがとう!

と、リモートワークで自宅にいる彼とお昼ご飯を食べながら、こんな会話をしたのでした。少しでも『成長戦争』についての理解を深められたらうれしいです:)

こちらでいただいたサポートは、次にもっと良い取材をして、その情報が必要な誰かの役に立つ良い記事を書くために使わせていただきます。