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八杉将司「夢見る猫は、宇宙に眠る」

徳間SFコレクション電子復刻第3弾。八杉将司「夢見る猫は、宇宙に眠る」(徳間書店)。2004年に第5回日本SF新人賞受賞作。イズミ・キョウイチ・22歳は、10歳のキョウイチが交通事故で死亡した際のクローンとして生まれた。しかし両親とは心が通い合っていないホープフルジャパンというナノシステムを扱う大企業の労務課で、精神的ストレスを抱える社員たちのカウンセリング仲介を、オーストラリアにあるオセアニア州立カウンセリングセンターで勤めている。そこで出会ったユンという明るく闊達な女性で、やはりクローン。とても相性の良い二人だったが、臨床心理学士のマイクが彼女に求婚し、二人とは火星に移住して会えなくなってしまう。ところが突然に火星が緑化し、地球からの独立を主張する反乱軍と、それに反対する平和維持軍の間で戦争が始まる。ユンを心配したキィウイチは火星救援軍の船に民間人として乗り込む。火星に着いて、緑化がユンの能力によることをキョウイチは知る。しかしユンは植物人間のように昏睡しているという。火星の命運を握るユンを確保しようと、地球と反乱軍の争奪戦となる。ユンの分身トウィンであるホアが、キョウイチの同行を求めたため、キョウイチも救援軍に加わることとなる。しかし事態は救援軍の内部分裂も含めて、更に複雑な事態に陥る。
 現代の科学技術は、八杉将司の描く未来にかなり酷似している。Amazonのアレクサ、ナノテク、クローン、AI家電など。救援軍の戦闘服システムであるSWSU(Space Warrior System Unit)もよく描けている。よくぞここまで十数年後をリアルに描けたものだと感心する。そしてクローン人間の発達で、その存在意義や差別問題についても、あり得る未来に警鐘を鳴らしている。物語の展開には量子力学という糖衣を纏った多宇宙や平行宇宙という四次元概念の構想もダイナミック。そしてこの物語の魅力は理系フィクションの中に、キョウイチのユンへの実らぬ恋心や、上司マクレガー大尉を慕う黒人女性のジーナ・デュポン少尉の覚悟などの恋愛ストーリーが盛り込まれている。そして何より思念とナノテクの結合が引き起こす宇宙の変容は、神とは何か、人間にとっての存在認識とは何かを哲学的に提示する。読んでいて、右脳も左脳もハートもフル回転させてくれる壮大なるSFである。
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