見出し画像

樋口明雄「南アルプス山岳救助隊K-9 異形の山」

樋口明雄「南アルプス山岳救助隊K-9 異形の山」(徳間文庫)。電子書籍版はこちら↓
https://www.amazon.co.jp/dp/B09FF2QBYW/
樋口明雄の「K-9」シリーズ第10作。山梨県警の南アルプス署には山岳救助隊が設置されている。そして日本で二番目に高い山である北岳にも、北岳登山口の広河原に夏山警備派出所が開設される。隊長の江草恭男以下、副隊長の杉本知幸、巡査部長の深町敬仁たちが続く。この隊の特徴は、初めて救助犬を取り入れたこと。救助犬チーム=K-9には進藤諒太と川上犬リキ、空手三段の美女・神崎静奈とジャーマンシェパードのバロン、深町巡査部長と恋仲にある星野夏実とボーダーコリーのメイ。彼女は危険を「色」として感じる特殊な共感感覚能力を持つ。
 大学生の登山仲間である安西廉と大葉範久は、北岳登山の宿泊中に、至近距離で巨大な火球を目撃した。その撮影動画をYOUTUBERである友人の芝山宏太がアップして、世間の話題を集めた。しかしこの時を契機として、北岳の山荘を雪男が荒らしているとの風評が立つ。地元猟師の川辺三郎と小尾達明は、雪男を狩って名を上げようと、狩猟禁止の国立公園に侵入する。一方でYOUTUBEに雪男を写して、高いPVを稼ごうと目論む芝山宏太も、登山経験のないまま、冬山に単身で乗り込む。雪男に踊らされた野心家たちの蛮行で、山岳救助隊はフル稼働となる。やがて明らかとなった火球と雪男の正体。それは国際的な問題を孕む重要案件であった。そして続々と発生する緊急事態。
 雪男で一攫千金や名声を望む人間たちのあざとい愚かさ。それでも命は尊い。救助隊員や救助犬たちは、無謀な者たちの救助に、身体を張って駆けつける。猟銃扱い資格を持つ山荘管理人の滝沢謙一は、雪男の襲撃への警戒から山岳救助隊と行動を共にする。雪男との遭遇から、改めて謙一は狩猟における生命のやりとりの意味を噛み締める。いつも救助犬と一緒にいるからこそ、人間だけではなく、雪男を含む自然の尊厳に敬意を払う救助隊員たち。人間たちの浅ましい欲望と、それに翻弄される自然界の崇高さの対比は、怒りと涙なしには読むことができないのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?