マガジンのカバー画像

つみき

18
エッセイを集めたマガジンです。つみきのように日々や考え、想いを積み上げるというコンセプトで、考えや経験を書いています。
運営しているクリエイター

#エッセイ

親愛なるクソ上司へ

4月ですね。新社会人として歩みだした方、あるいは転職先で新しい仲間たちと出会った方、さまざまな方々がこの季節に胸を震わせていることと思います。 私は今春、新社会人として世に出てからは11年目、フリーランスになってからは6年目、法人成りしてからは3年目を迎えます。年齢はかぞえで33歳、社会人として未熟という意識はいまだありつつも、ある程度はキャリアを重ねていると認識されるお年頃になってしまったなぁ、と正直焦っています。 こうして春になると、毎年ふと思い出す人がいます。私が新

お酒に対して誇れる飲み方ができる女になりてえ

お酒が好きです。大好きです。大学生、会社員、フリーランス、ちいさな会社の代表へと立場が変わり、住まう場所も東京から北海道へと変わり、その間かぞえきれないほどの趣味の変化がありましたが、お酒は一度も手放したことがありません。 お酒を呑んでいる時間はほんとうに楽しい。それが赤提灯の居酒屋であれ、お洒落なバーであれ、自宅のテレビの前であれ。一人か二人か多数かも問いません。お酒がそこにあれば基本的に上機嫌です。 しかし、いい思い出ばかりでもありません。中には思い出すたびに顔を覆い

あなたの興味はタダじゃない

先日、ある人から「人は興味を抱くものにしかお金を払わないよね」と、ごく当たり前だけれど、考えるきっかけになるテーマを投げかけてもらいました。逆にすると「お金になるのは人の興味」だし、もうすこし踏み込めば「人の興味はタダじゃない」とも言えるかな、と思いました。 私は昔から着物に興味がありました。着物を着ている女性は美しいなと憧れていたし、身につけることで所作が美しくなったり、それを着られる自分に自信を持ったりできそうで、いつか着物を着てみたいと心のどこかで思っていたのです。

くらげの日

私はくらげが好きです。 いつだったか、水族館で初めてくらげに出会ったとき、こんなに美しい生きものがいるんだ、と感動して泣いてしまったのを覚えています。あのとき一緒に居たのが誰なのかは思い出せないけれど、「水族館で泣くほど感動する?」と、驚いたような、すこし戸惑ったような笑いを浮かべられたのは思い出せます。誰なのかは、どうしても思い出せないのに。 くらげはふわふわしていて、輪郭がはっきりとは見えません。たしかに個体としてそこに在るのだけれど、じいっと見ていると、ほんとうにそ

食後の皿を片付けるタイミング

皆さんは家でごはんを食べ終わったあと、その皿をすぐ台所に持っていくタイプですか?私は食べ終わったらまず一息ついて、食後のゆったりした時間を楽しんだあとに腰をあげて皿を片付けるタイプです。 皿を持って行くタイミングが異なる者同士でごはんを食べると、「皿をすぐ持っていくタイプ」の人間が一方的に片付ける役を担うことになります。「食後に一息ついてから片付けるタイプ」は食後、いつものクセで笑顔を浮かべながら一服なんかし始めるものなのですが、「皿をすぐ持っていくタイプ」がテキパキ片付け

Twitterとの思い出を振り返っていたら思いがあふれてしまった

はじめてTwitterに登録したのは、たしか大学2年生のころだ。まだローンチして間もなかったTwitterには日本人ユーザーがほとんどいなくて、英語がおぼつかない私は「このSNS、どう楽しむんだ?」と首をかしげながら、「電車なう」とか「さみしい」とかふにゃふにゃで誰の得にもならない言葉をつぶやいていた。 そのすこし前にはmixiが流行っていたけれど、当時のmixiは完全招待制。入ってからは趣味の合う人や同族でコミュニティをつくる、いわば仲良し同士が“閉じる”ことを強みとする

給付金バースデー

31歳の誕生日、父からおもむろに封筒を渡されて「え、なになに」と笑った。「なんでしょう」と父は早口で答えた。 「封筒だったら……札束!?札束でしょ!」 冗談を飛ばしながら中を見たら、本当に札束が入っていた。 「え」 「まぁ給付金だから、受け取って」 生まれてはじめて、父から誕生日プレゼントをもらった。 *** 私には父との思い出がほとんどない。そんなこと言ったら父は悲しむかもしれないが、一緒に過ごした時間が少なすぎたと思う。 父は元大学教授で、私の数百倍仕事人間だ

次は乾杯する前に

ジュリという女性がいる。 眠そうに脱力した瞳と、めったに笑わない物憂げな唇がチャームポイントだ。ショートヘアからのぞく大振りなアクセサリと、たるんとした花柄のシャツなどの組み合わせが似合ってしまう。ずるいくらいにしゃれた女性だ。 ジュリと出会ったのは大学時代。身に余るウェットな大恋愛を抱えていたのがふたりの共通点だった。はじめから意気投合して、豊かな語彙力を盛大に無駄遣いした恋愛話を交わした。極めてロジカルでドライ。けれど情で非合理的な判断に至ることもある。強いようで、弱

生まれてきてくれてありがとう

18歳の誕生日のとき、独り暮らしを始めたばかりの松戸の六畳ワンルームで、当時交際したてだった彼氏から言われたひとことだ。 閉めたカーテンの隙間から春の陽ざしがぴんと筋を通し、真新しくて安っぽい白の壁と天井に一筋の直角を描いていた。埃がきらきらと輝いている。 その光景を、わたしは胸、腹あたりに密着する他人の体温と呼吸を熱く感じながら、不思議そうに眺めていた。 「生まれてきてくれてありがとう」 18年間、日数にして6,570日間。わたしは自分が生まれたことに感謝をされたこ