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誕生日クライシス

 誕生日の前後一か月ぐらい?不調になるというのがあるらしく、それは誕生日クライシスというらしい。

 そういえば昔通っていたアジア雑貨の店の店主の女性がある時骨折していて、「誕生日が近くなると毎年怪我をする」という話をしていた。

 怪我に限らずメンタル的にも不調になったりするのが誕生日クライシスというものらしく、年に一度のエネルギー調整みたいなものらしい。誕生日近くは大きな出来事が起こったり、新しく生まれ変わるための調整期間になるようだ。

 私の誕生日は7月だけど、確かに振り返ってみると、確かにその辺って色々あった気もする。

・結婚した(誕生日の前日)
・離婚した(誕生日の一週間後)
・愛犬が死んだ(誕生日の一週間前)
・中国に行く話になった(誕生日の一か月前)
・東京にヤドカリ生活に行く(誕生日の少し前から)

 あれ、なんか振り返ってみると、自分の誕生日っていつも場所が一定じゃないし、なんか名古屋で知り合ったトルコ人一家の夫婦ケンカを見ながらそこの息子とトルコ料理食べた思い出もよみがえってきた。
スリランカ人のアジトでカレー食べたのも七月だったな。

 引っ越したり移動したりも誕生日月が多いので、思えば記憶にある限り、三つぐらい仕事辞めたのは全部七月だ。

 直近でいうと、

・去年七月島に来た(誕生日の前週)

 今年の今月はというと、慣れない草むしりで腰を痛め、数日寝込んでいた。

 そして今月の給料がなかなか入らなくて困った。
 あと孤独に病んだ。
 寝込んで動けない、金が入らない、孤独!
 こうなると人間人生が走馬灯のように浮かんできて振り返りの日々。

 今毎日日本語教育の勉強、毎週心理学講座受けてるけど、すべてのことが繋がってきたり、過去から未来の点が線になってくる感じで、きっと誕生日ってこうやって振り返り作業なんかもあるからメンタル的にも凹んだりするのかもしれない。それも含めて調整期間なのかなぁと。

 若い時は自己実現、目標達成に向けて努力!みたいなのがいいのかもしれないけれども、ある程度生きてきたら、「人生すべて決まってる」「なるようになる」と考える方が楽。

 そして誕生日は、いくつになってもやっぱり「生まれてきたこと」へのいろんなものへの感謝。

 年取ることは確かに「老いの苦しみ」ではあるものの、ここまで生き延びてきたって思うとすごいことだと思うし、若く亡くなった友人たちのことを思い出すとやはり「今生きているこの日は、彼らが行きたくても生きられなくなった『今日』」なんだよなぁ。

 ほんと生きてるだけで丸儲け。

 と、やはり誕生日辺りに特にいつも考える。

 だから怪我しても寝込んでも「とりあえず生きてる」と思って、誕生日にはこの一年、生き延びてきた自分、生かしてくれた人やものに対して感謝しようと思う。

 誕生日クライシスで嫌な気分になっても、
「これは魂の調整期間」
「それでも生きてるだけで丸儲け」
とこれからも自分に言い聞かせようと思う。

 あ、そういや坂本龍馬って誕生日と死亡日同じなんだよな。
ほんと誕生日あたりってエネルギーの循環調整期間なのかもな。
生と死をもって永遠回帰の一つのサイクルかもしれないし、良いも悪いもなく、それはただの生命リズムなんだろう。

 

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