ガラクタハウス

 その家はガラクタでできている。ほんとうに、すべての部分がガラクタの寄せ集めから作られている。壁も、天井も、柱も、扉も、きれいな色の空き缶やビン、ビー玉、パズルのかけら、スーパーカーの消しゴム、折れたクレヨン、片方しかない赤いエナメルの靴、壊れた楽器や、ぼろぼろになってお母さんに捨てられてしまった絵本、部品が一つなくなってしまったロボット、そのほかのたくさんのものが集まってできている。

 もともとは普通の家だったらしい。けれど、何十年という時間がたつうちに、この家の一番最初の姿を覚えている人なんて、どこにもいなくなってしまった。この町に住むほとんどの人は、気がついたときには、この家はもうこんなふうにガラクタで埋めつくされていたと言っている。そんなわけで、誰からともなくこの家のことをガラクタハウスと呼ぶようになった。

 この家がなぜこんなふうになっているのかという理由については、いろいろな意見がある。最初からガラクタを使って建てられたという人もいれば、この家に溜めこまれていたガラクタが、元々あった家をどこかへ押しやってしまって、とって代わってしまったという人もいる。

 別の人は、普通の家だったのが、ある日突然魔法にかけられて変わってしまったと言い張った。「大きなとんがり帽をかぶった男が、夜中このあたりをうろついていたのを見たんだ。ここの家のあるじは魔法使いと交わした約束を破ってしまって、その仕返しに魔法使いが家をガラクタに変えてしまったんだ」。ただ、残念なことに、その人は魔法使いならもっといい仕返しの方法があるんじゃないかという意見に、ちゃんと反論できなかったものだから、みんなはあまりこの考えを信用していない。

 多くの人がもっともありそうだと考えているのは、こんないきさつだ。この家に住む男の子がある日、おもちゃで遊ぶのに夢中になっているうちに、つい調子に乗ってそのおもちゃを放り投げてしまい、部屋の壁にぶつかって壁に小さな穴が空いてしまった。

 男の子というものは、広い空の下で遊ぶのももちろん好きだけれど、自分の部屋の中でキャッチボールをしたり、サッカーボールを蹴ったりするのもとても大好きなものだ。そして、あとさきのことを考えるのがあんまり上手ではない。

 だから、男の子はまさかそんなことで壁に穴が空いてしまうなんて思わなかった。あんまりびっくりしてあわててしまったので、つい近くにあったものでその穴をふさごうとした。そのとき使われたのが、いまもガラクタハウスの二階にある子供部屋の壁の中央あたりにあるメンコだった。男の子はそのメンコが大のお気に入りだったので、ちょっともったいないような気もしたけれど、壁にぴったりとはまったメンコは、なんだか勲章みたいに立派に見えたので、男の子は家に帰ってくるたびにメンコのところへ行って眺めては、誇らしい気持ちになった。

 男の子はそれからも、家の中ではしゃぎすぎては穴を空け、手近なものでそれをふさいだ。そして、大人になる頃には、彼の部屋は現在のような状態になっていたという。

 しかし、その意見でも、男の子の部屋はともかくとして、家全体にまでガラクタで埋めつくされていったとなると、少し無理があるような気がする。結局のところ、みんなは本当のことが知りたいというよりも、ガラクタハウスについてああでもないこうでもないと話をするのを楽しみにしていた。下手に本当のことなどわかってしまっては、話ができなくなるので、みんなはそれぞれ突拍子もないことばかり考え出していた。

 ガラクタハウスには、毎日入れかわり立ちかわり人が訪れる。いまは誰も住んでいないし、持ち主が誰なのかもわからないので、みんな勝手に入り込んでしまっている。でも、誰もが入るときに一礼をして扉をくぐる。まるで、家自体に挨拶をするかのように。

 どこかの部屋に入ろうとして、もし誰かがその中にいたときには、その部屋には立ち入らないというのが暗黙の了解となっている。だから、ガラクタハウスには一度にせいぜい数人しか入ることができない。それでも、たいていの人は毎日やってくることはなく、何週間か何ヶ月かに一度ふらりとやってくるだけだから、混雑することはなかった。ごくたまに、すべての部屋に人がいるようなことがあるが、そういうとき、あとから来た人はちょっとうらやましそうに部屋の中で過ごす人を眺めてから、静かに出て行く。今日はガラクタハウスに招いてもらえなかったなあ、というような顔をして。

 ガラクタばかりの家となれば、子どもたちが秘密基地にして遊んだりしてもよさそうなものだが、ごくまれに、ひとりになりたい子どもがやってくるくらいで、ほとんどの子どもたちはガラクタハウスに近寄ることはほとんどなかった。いつ来てもおじいさんやおばあさん、仕事を抜け出してきたり、わざわざ休暇をとったサラリーマンがいたし、子どもたちにとって価値のあるガラクタは、自分の手に取ることができるものであったから、壁や床などにぎっしり詰め込まれたガラクタハウスは、そんなに魅力的ではなかったのだろう。そんなわけで、ガラクタハウスを訪れるのは、自分がかつて子どもだったなんて夢のような気がするくらい遠い昔のことになってしまった、大人たちばかりだった。

 人はガラクタハウスの部屋でなにをしているのか。多くの人は部屋の中心にひざを抱えるようにして座って、何時間も過ごしている。声を出す人はあまりいないけれど、ときどき、おばあさんの昔話を聞いている人のように静かにうなづいている。そして、出てきたときには、秘密の宝箱を抱えた女の子のような穏やかで満ち足りた顔をしている。

 ガラクタハウスの中でのことについては、誰も話したがらない。ガラクタハウスがどうやってできたかについてあれこれ語り合うのとは大違いで、ガラクタハウスから出てきた人は誰もがとても無口になるし、周りの人も話しかけずにそっとしておいてあげようとする。そもそも、宝箱を抱えた女の子のような顔をしている人に、話しかけることができる人なんていない。

 丘の上に住むおばあさんは、ときどきやってきては、どこかの部屋にとどまることはしないで、廊下をぶらぶら歩きながら、みんなが忘れてしまった古い歌を歌っている。きっとガラクタハウスと同じくらい生きてきたので、友達みたいに思っているんだろうと噂されている。

 ガラクタハウスの二階にはバルコニーがあって、ドーム状の天蓋で覆われている。ドームは機械を接続するためのコード類が絡み合ってできていて、ところどころ透けているので、晴れた日は木漏れ日のようなコードれ日がきらきらとまぶしい。

 コードのドームにはいくつかの鳥の巣があるらしい。らしいというのは、鳥の声を聞くことはあっても、その姿を見たものは誰もいないからだ。ありふれた鳥の声だけでなく、南の島や北の国にしかいないような鳥の声も聞こえてくるので、実際の鳥の声ではなく、録音されたものが流れてくるのかもしれない。ただ、スピーカーはどこを探してみても見つからないので、かつてスピーカーに繋がれていたコードが、昔に再生された鳥の声を思い出していて、その音がドームに反響しているのだという人もいる。

 いくつもの鍵がなくなってしまって入れ歯をなくしたおじいさんみたいになっているマリンバが台所の流し台に使われている。水が出ることはない蛇口は望遠鏡の筒と自転車のハンドルでできていて、そこからときどき水滴がぽたりと落ちるようにビー球が転がり落ちてくる。運良く鍵に当たると、とても澄んだ音がガラクタハウスに響き渡る。

 ある男の子は、ビー球がたくさん落ちてきて、とても綺麗な曲を奏でたのを聴いたといっているけれど、ほかに聴いた人は誰もいない。その男の子は、学校の音楽室へ行ってマリンバの前に立ち、その曲を再現しようとしているうちに、プロのマリンバ奏者になってしまった。でも、まだその曲を演奏することはできないそうだ。

 あるとき、町長がお供の役人をたくさん引き連れて視察に来たことがあった。はじめのうち町長は、こんなけったいなものはさっさと取り壊してしまって、ここを町の土地として有効活用しようと考えていた。でも、ひっきりなしに町の人がやってきているのを見て、これは観光名所になるかもしれないと思い直し、大々的に宣伝することを決めてしまった。あくる日には、ガラクタハウスの周りにたくさんの杭が打ち込まれ、ロープで囲われてしまった。監視の目はそれほど厳しくなかったので、みんなはこっそりとガラクタハウスに入ることができたが、中へ入ってもなんとなく落ち着かない。

 町の人たちは困ったことだと思ったけれど、みんなで協力してガラクタハウスを買い取るなんてことは考えられなかった。ここは誰のものでもないから、誰もが好きなときにやってくることができるのであって、誰かのものになってしまったら、もう気軽に来ることはできない。たとえみんなのものだったとしても、みんな以外の誰かは気兼ねしてしまうだろう。誰かがそんなふうに居心地の悪さを感じるようになってしまったら、もうここはいままでのような素敵な場所ではなくなってしまう。

 そうこうするうちにパンフレットも刷りあがり、さあいよいよというときになって、突然町長はすべてを撤回することにした。なんの理由も説明しないで、ロープと杭は撤去され、まるでなにごともなかったかのように、以前のままに放置されることになった。町の人たちは、いったいなにがあったのだろうかといぶかしんだが、下手に詮索してまたやっかいごとが持ち上がってしまっても困るので、おとなしくして、これまでどおりガラクタハウスでの時間を楽しむことにした。

 それからしばらくして、町長は誰もいないような時間帯を狙ってガラクタハウスへやってきては数時間を過ごしているらしいという噂がたった。もちろん、それをとがめる理由なんてないし、町長だってみんなと同じような時間が必要だってことは、誰もが理解していたから、騒ぎ立てるようなことではなかった。

 町長の計画のことなどすっかり忘れてしまった頃、町の人たちは、明け方にごごーっ、という大きな音を聞いた。まるで地すべりか洪水のような音だったらしい。ガラクタハウスの近くに住んでいた何人かの人は慌てて外に出てみた。すると、ガラクタハウスが崩れ去って、ガラクタの山へと変わってしまっていた。

 みんなは突然のことにびっくりするあまり、言葉もなくガラクタの山の前に立ちつくすだけだった。泣き叫んだり、怒鳴ったり、わめいたりといった激しい感情は生まれてこなかった。ただ、胸にぽっかりと大きな穴が空いてしまったような、ほんの少しの悲しみと、ぼんやりした寂しさを感じるばかりだった。

 昼過ぎになって、町長がやってきた。町長は小さな箱を抱えていた。ある人の遺骨を納めたものだった。町長はぼそりと、誰に言うでもなく、これはこの家の持ち主だった男の骨だと言った。町長は長い間忘れていたのだが、この男と同級生だった。ガラクタハウスを視察しているときに、子どもの頃、彼の家で壁の穴にはめ込まれたメンコを見たことを思い出したのだった。

 町長は男がいまどうしているのかが気になり、あちこち手を回してようやく男の行方を突き止めた。男は早くに両親をなくし、天涯孤独で、病気を患って、ずいぶん長い間町の病院に入院していた。医師に話を聞き、男がもう長くないということを知った町長は、男のために何かしようと思った。男は殺風景な病院のベッドで眠り続けていた。あんなにたくさんのガラクタを集めた男だというのに、いま、男のものといえるものはなにもなかった。町長はガラクタハウスからこっそりあのメンコを取り外してきて、男の枕元に置いた。男は長い眠りから覚め、そのメンコを手にとって、ひとつぶ、涙を流して、再び目を閉じると静かに息を引き取った。それはガラクタハウスが崩れた明け方のことだった。

 町長は身寄りのない男のためにたった一人で葬儀を出し、骨になった男にガラクタハウスを見せてやろうとやってきた。しかし、ガラクタハウスはもうなかった。

 ガラクタハウスが崩れたのは、男が死んだからなのか、町長がメンコを抜き取ってしまったからなのか、それはわからない。町の人たちは、思い出にガラクタの山から一つずつガラクタを持って帰った。そして自分の家にそのガラクタを埋め込んだ。

 ガラクタハウスはもうどこにもない。でも、もしかしたら、いつの日か、この町のすべての家がガラクタハウスになってしまうかもしれない。そして、そうなったらいいなと、町に住む多くの人たちは思っている。(2007.10.12.)

BGM:オムトン「ガラクタハウス」(from 『Sima2 Studio』)

#小説

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