「前提」は何か。(読売新聞を読む=2023年05月07日)

 2023年05月07日の読売新聞(西部版・14版)。白石隆・熊本県立大理事長が「地球を読む」欄に寄稿している。「グローバル・サウス」がテーマだが、焦点は「インド太平洋」であり、それは何よりも「中国」である。
 こういう文章がある。(番号は私がつけた。)
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 「インド太平洋」という言葉は2010年代、「アジア太平洋」「東アジア」に代わって広く使われるようになった。
 理由は簡単である。
 ①21世紀に入り、中国は南シナ海に人工島を建設して軍事基地化し、②経済的な圧迫によって他国に政策変更を迫るようになった。③この主権平等の時代に「小国は大国の言うことを聞け」とばかりに、自国中心の秩序を作ろうとしている。
 ④これに対抗し、「法の支配」の下で、インド太平洋を自由で開かれた世界として守る。そのために南アジアと東南アジアの国々と協力する。それがこの言葉の一つの趣旨である。
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 この文章には、いくつか問題がある。
 ①ひとつは「インド太平洋」というが、白石が問題としている中国が人工島(軍事基地)をつくったという「東シナ海」は「インド太平洋」なのか。少なくとも「インド洋」ではない。白石は、ここではちゃんと「東シナ海」と書いている。「インド洋」とは書いていしない。
 白石がつかっている「東シナ海」を「太平洋」と呼ぶのは、かなり乱暴だろう。そう理解しているからこそ、白石ゐは「太平洋」ではなく「東シナ海」と明記している。
 「東シナ海」であることが「事実」であるとしても、白石の文章はあまりにも漠然としている。中国が人工島をつくったのが、中国の「領海」なのか、「領海外」なのかが明確にされないまま、「東シナ海に人工島を建設」と論理を展開し、それを「太平洋」と結びつけている。
 「太平洋」の定義があいまいである。もちろん太平洋の一部ではあるだろううが、それが中国の沿岸(中国の領海)ならば、そこにどんな問題があるのか。中国は、中国を軍備で防衛してはいけないのか。防衛のための基地をつくってはいけないのか。
 ②さらに白石は、この「軍事基地」と結びつけて、「経済的な圧迫によって他国に政策変更を迫るようになった」と書いているが、軍事基地と経済的な圧迫にどんな関係がある? 人工島の軍事基地が、経済的にどういう圧迫を産む? 
 ③人工島に軍事基地をつくったから、小国(具体的には、どこの国?)は、中国の工業製品を買え、と言っているのだろうか。買わないと、その人工島からミサイル攻撃をするぞと脅迫しているのだろうか。どの国が、そういう圧迫を受けたと言っているのか。「事実」は何も書かれていない。
 白石は「「小国は大国の言うことを聞け」とばかりに」と巧みにごまかしている。「ばかりに」は白石の想像である。
 ④に「法の支配」ということばが出てくる。しかし、その「法」が何法であるか、明記していない。「領海内」に人工島をつくってはいけないという法律が、どこにあるのか。「領海内」に軍事基地をつくってはいけないという法律が、どこにあるのか。そういう「法」があるのなら、それを明確にすべきだろう。「法」を明記できれば、中国の「違法性」がだれの目にも明らかになるのに、それをしない。
 こんな奇妙な「論理展開」はないだろう。
 白石が論理の「前提」としている「法」は何か。文章の後半に、こういう部分がある。
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 また、南シナ海を巡って中国と係争している国と問題のない国とでは、地政学的利益に大きな差がある。④多くの国は、米国の軍事的プレゼンスを前提に自国の安全保障政策を組み立てているが、⑤通商では、中国が東南アジア最大のパートナーである。
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 長い文章の中に一回だけ登場する「前提」ということば。ここに、白石の書いていることのすべてがある。何を根拠に(何を前提に)、白石は論を展開しているか。

④多くの国は、米国の軍事的プレゼンスを前提に自国の安全保障政策を組み立てている

 大事なので、もう一度、目立つ形で引用しておく。
 これである。今回白石が書いているのは「アジア(東アジア、南アジア)」が中心だが、「多くの国は、米国の軍事的プレゼンスを前提に自国の安全保障政策を組み立てている」のはアジアに限らない。ヨーロッパもそうである。
 そして「通商」に関しても、アメリカとの通商が大きな経済政策の中心になっている。アメリカはなんといっても大消費国である。
 これは逆に言えば、アメリカはアメリカの通商を重視し、その通商(商業的利益)をまもるために「軍事的プレゼンス=安全保障」を利用しているということでもある。
 白石が明記していない「法」とは「暗黙の法」であり、それはアメリカの軍事的プレゼンスを前提とした、アメリカの通商を守ることが世界を安定させるという考え方にすぎない。これをグローバリズムと呼んだときもあったが、それに対する反発が起きている。それが「グローバル・サウス」という動きである。いままで言われてきた「グローバリズム」とは「アメリカナイズ」にすぎない。世界中がアメリカの製品を買って、アメリカ人のように生活する。アメリカの製品基準が世界の生産基準。それ以外の方法を認めない。それを認めさせるために、軍事基地も世界に広げる。
 これを白石のつかっていることばを借りて言い直せば、⑤「通商では、中国が東南アジア最大のパートナーである」のは許せない。「東南アジアの最大の通商パートナーはアメリカでなければならない」。
 ここから、ロシアのウクライナ侵攻を見ていくとわかることがある。
 ロシアはヨーロッパとの「通商」を拡大していた。そのいちばん大きな「通商」はロシアの天然ガスだった。天然ガスを巡っては、ヨーロッパはロシアの最大のパートナーだった。アメリカは、それが許せなかったのだ。ヨーロッパはアメリカとの通商を第一にすべき、というのがアメリカのウクライナをめぐる「攻防」の「戦略」である。
 「前提」と言い換えた方がいいか。
 ヨーロッパ通商の最大のパートナーはアメリカか、ロシアか。アメリカは、ヨーロッパにアメリカを選択させるために、ウクライナでの喧騒を誘発させたのだ。
 同じことは、「台湾有事」のかたちでおこなわれる。
 多くの国が中国を「通商パートナー」の上位に選んでいる。(フランスも、中国を重視し、アメリカと少し距離を取ろうとしている。)中国を「通商パートナー」から追い出すために、何をすればいいか。
 「台湾有事」の次は、インド周辺で何かを引き起こそうとするだろう。
 つぎに、南米でも何かを引き起こそうとするかもしれない。アフリカでも、引き起こそうとするかもしれない。「台湾有事」で、中国を、ロシアのように封じ込めることができれば、南米、アフリカへの作戦は不必要になるだろうけれど。

 岸田(自民党政権)は、日本を「アメリカ・ヨーロッパの一国」という「前提」で思考を進めているが、日本は「アジアの一国」であるという「前提」で思考を進めれば、きっと違ったものが見えてくる。

 新聞やその他のジャーナリズムは、かなりの頻度で「前提」を省略して論理を展開する。今回、白石は「前提」ということばをつかっているが、ここにちょっと「正直さ」が出ている。読売新聞の記事にはこういう「正直」がかなりの頻度であらわれる。白石は読売新聞の記者ではないが、読売新聞から以来を受けるだけあって、どこかそういう似た部分があるからだろう。
 脱線したが。
 新聞を読むときは、論理の「前提」を探して読もう。その「前提」に問題はないかどうか、それを疑ってかかろう。
 なぜ世界の各国が、アメリカの「通商利益」を守るために、「米軍の存在(米軍基地)」を受け入れないといけないのか。アメリカは軍の存在によって何をしようとしているのか。

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