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他人はなにを基準に香りを選ぶのか。
最近ずっと考えている。

ブランド、ボトルデザイン、明確な目的があるなどそれこそ人それぞれにさまざまだろうが、最終的に決め手になるものは一体何だろうか、気になって仕方がない。




二度目の緊急事態宣言が出る少し前から、香水など選ぶために外に出るのも躊躇われるほど、世の中が病み始めたように思う。

午後になると感染者数の発表を気にし出してソワソワし、同じ空間内にいる他人の咳払いにすら神経を尖らせる。
ミーティングの人数は減らされもはや上司との個人面談状態、個々のデスクもアクリル板で仕切られ、所定のエクセルファイルでの行動記録が義務付けられた生活。

そして常にアルコールや消毒の臭いが、どの空間にもついて回る日々。

その朝も、息が詰まるような思いで身支度をしていた。
ヒートテックを着る前、GoutalのCHAT PERCHÉを両肩につけようと手にして初めて、昨日で使い切ってしまったことに気づいた。

数年前、百貨店で何とは無しに手に取ったそれは、蓋を取った瞬間に幼いころの園庭での記憶をあざやかに呼び起こした。

蓮花、カラスノエンドウ、土、ミミズ、蜂。

青く抜ける草のにおいと、どっしりと「ずっとそこにある」土のにおい。
走り回る園児の声と足音、誰かが泣く声、先生が叱る声、どこかの教室から漏れ聞こえるピアノの音。

「たかおに」とも訳すことができるその香りのコンセプトは、偶然にも「幼いころの記憶」。
もちろん一も二もなくその場で購入し、その後二本を使い切っている。

三本目を使い切ったその朝、次の香水はどうしようかと電車の中でふと考えた。

四本目に突入するのも悪くない。
でも新年に向けて変えてみてもいいかもしれない。
夢中でメゾンのサイトをあちこち見てまわる。
無論、画面越しに香ることはないので、タイトルと香りの方向性、ストーリーやコンセプトを頼りに、次の休みに試すリストを脳内で作成していく。

無意識に絞られていくのは「柑橘系」か「ウッディ系」で、前者であれば季節やつける部位を問わず、後者なら冬のセーターの下に隠して持ち歩くようにまとうことを楽しめる。
余談だが「フローラル系」と「アクア系」がどうにも苦手な性分で、前者は生花の香りからかけ離れていると違和感をおぼえ落ち着かず、後者に至っては存在しない香り=人工的なイメージ(香料が天然由来であっても)に耐えられず、候補からは外れていく。

そうしてあれこれ考えながら次の休みを楽しみに、画面を交通系電子マネーに切り替えたそのとき、急に車両が揺れ誰かが咽せた。

車内の刺すような視線がそこに集中し、緊張感が一気に高まって霧散した。
誰もが無言のはずなのに、酷い罵声が飛び交ったあと、すぐにシンとなったような感覚に陥った。
咽せた当事者ではないのにドキドキして思わずうつむき、ストールに顔を埋める。
そこに残っていたいつもの香りに、肩の力が抜けていくのがわかった。

わたしが香りを選ぶ決め手は安心感=安らぎらしい。

横断歩道の信号待ち。
吐く息は白く、排気ガスの臭いが鼻をつく。

電車の中であれほど溜めたスクリーンショットを消した指先は、四本目のCHAT PERCHÉをカートに入れ、決済するのだった。

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