将棋

折田翔吾さんのプロ入りに関して、1つだけ僕が懸念していたこと

アゲアゲ将棋実況こと、将棋系YouTuberとして活躍されている折田翔吾さんが、今年の4月1日付けで将棋プロ(プロ棋士)として活動していくことになった。


もともと、将棋のプロになるには「奨励会」という養成機関で、規定の年齢に達するまでに規定の成績を収めるしか道筋がなかった。要するに、他の「プロの卵」としのぎを削って、その中での成績上位者だけがプロになる□を得る、という、そういう仕組みだ。


が、今回の折田さんの場合、かつてその奨励会で規定の成績を収められず、年齢制限でプロの道を断念したいきさつがあった。そういう人のために、将棋界ではこの10年ほどで新たな動きができている。

アマチュアでも一定以上の成績を収めることができれば、プロになるための挑戦権を得られる、というものだ。


この制度の発足の原点になるのは、瀬川昌司さんのプロ編入制度だった。2005年くらいだったと思うが、奨励会からプロ入りの道を絶たれた瀬川さんが、嘆願書を出して再度挑戦。強豪入り交じるプロと何度か「編入試験」を受けて、こちらも規定をクリアすればプロ入り、クリアできなければプロにはなれない、という仕組みだった。


この制度を使った瀬川さんが、晴れてのプロ入り。当時空前絶後だったケースだったので、将棋界の内外に関係なく、すごく話題になった記憶がある。



その後、似たような編入制度が作られて、今泉健司さんがそのルートでプロ入りし、今回の折田さんが3人目のケースとなった(制度が変わる前後でカウント方法が異なるようなので、「現在の制度になってからは2人目」という表現をされることが、折田さんの場合は多いように思う)。



で、折田さんがプロになるまでの過程を振り返ってみると、瀬川さんと今泉さんの場合とは、大きく毛色が違っているのもまた事実だった。


例えば、もともと折田さんは奨励会を退会後、YouTubeで将棋の実況動画を配信開始。実は僕は、彼の最初の動画を見て存在を知り、それ以来こっそり陰で応援を続けてきた。



まあ、僕の話はどうでもいいとして、折田さんがYouTubeを始めたのは、確か奨励会(プロ棋士養成機関)の規定で「奨励会退会後1年は、アマチュア棋戦には出られない」というような制度があったからだったように思う(ご本人が動画で言っていた記憶がある)。


大会に出られない間に棋力が落ちるのを嫌い、動画で自分の将棋を公開して解説するのであれば、そのルールに抵触することはないだろうから、という判断で始められた、といういきさつだったように思う(間違っていたらすみません)。


結果的に、この動画配信を続けることで折田さんの棋力も伸びていき、プロ棋士との対局でも結果を残すようになっていき、今回の編入制度の利用に繋がった、というのが大きかったのではないか、と傍目ながらに思う。


ネットとリアルの融合、というか、ネットが先にあって、そこからリアルの世界が大きく変わった、というのが、いかにも現代的だな、と、僕は思ったわけだ。



次に折田さんのプロ入りで珍しかったのは、今はやりの「クラウドファンディング」を利用して、編入試験に必要な受験料などを広くファンから募った、という点。


しかもこのクラファン、実際に見ていた人はご存じだと思うが、必要な支援額が80万円ほどだったのに対して、集まったサポート額は500万円を超えたのだ。達成率の大きさもすごいし、集まった金額の大きさもすごい。しかも、「プロの世界に挑戦する」という、その一声だけでこれだけの金額が集まったのだ。おそらくYouTubeなどで集まった多くのファンが、後押ししてくれたのだろう。


そして3点目、最後に珍しかったのは、プロ入りを決めた試験の相手が、タイトル戦に挑戦中の棋士だった点。しかも、その挑戦相手が、少し前まで無敵状態だった(=プロ棋士の中でもトップレベルの強さを誇っている)渡辺明さん。


トッププロにタイトル挑戦している若手プロから白星を奪って、見事プロ入りという、これ以上ない物語性だ。恐らく、これからもプロ編入試験を利用する方は出てくるだろうと思うけれど、これだけのストーリーを引っさげてプロになるのは、折田さん以外にいないんじゃないだろうか。



さて、話が長くなってしまったが、本題の、僕が「懸念していた」ことについて筆を進めたい。



その「懸念材料」というのは、正直な話をすると「クラファンのサポートが集まり過ぎたんじゃないか」ということだった。


80万円の必要額に対して、500万円を超えるサポート額。もちろん、それだけ多くのファンに支えられている、という証拠に嘘偽りはないのだけれど、500万円というとなかなかの大金である。30歳で、普通の仕事をしていても1年でこれだけ稼げるかどうか、といった金額じゃないだろうか(外資系などでバリバリ仕事をする場合は別)。


しかも、この金額がわずか数週間で集まったのである。



素人目線で申し訳ないが、ふつう、人生狂わないだろうか。


恐らく、将棋のプロになったとしても、この金額を対局料で稼ぐには、人一倍の努力が必要だろうし、その上で一定以上の結果を残さないと達成できないように思う。


プロ棋士の対局料については詳しく知らないけれど、毎年発表される十傑で、歴代最高金額が、タイトルを複数持っている時期の羽生さんで1億円とかだったように思う。その下にトップランクの棋士が並んでいるわけだが、その10位で、2000万円を超えるか超えないか、くらいだったはずだ。

(ちなみに、これはあくまで「対局料」なので、これに加えて解説料や書籍の印税などで、総収入はもう少し増えるはずである)


そういう世界で、対局料で500万円を稼ぐ、というのは、そう簡単なものではないように思う。あくまで、素人目線だけれど。



なので、受験料として50万円が要る、とは言っても、クラファンだけでもう何倍ものサポートが集まってしまったことは、もしかしたら折田さんにとってはマイナス要素なのでは………?なんてことも、思ってしまった。


実際に、お金は人を狂わすこともあるわけだから、このクラファンとサポートの額の大きさを見て、「ああ、折田さんは試されているんだ」と、思わず思ってしまった(とかいいながら、かくいう自分も少なくはない金額をサポートした1人なのだけれど)。



だから、僕はこの一連の編入試験で、折田さんの器の大きさと、「本当にプロになりたいのか」という姿勢を問われているんじゃないか、と思ったのだ。


僕のような、将棋のプロになるために青春の全てを投入したことのないような人間からすると、「500万円も集まったし…」という、野暮なことを間違いなく考えてしまうと思う。というより、そういう人が多数であろう。お金によって、人間の心は動いたり変わったりするものである。


なので、今回の編入試験は、折田さんにとっては間違いなく「自分との戦い」だったんじゃないかと、プロ入りが決まった後でも自分は思う。多く集まったサポートや、YouTubeで応援している多数のファン。そういうものももちろん大切なのだけれど、純粋に勝負の世界で生きるには、そういう存在はときには「邪魔」になってしまうかもしれないわけなので。


結果、折田さんは3勝1敗でプロ棋士の世界に進んでいくことが決まった。


ああ、自分がしていた心配なんてどれだけ杞憂だったのか。そして、10年以上、本気でプロの道を目指してきた折田さんは、自分のような人間が触れることもできないであろう、(言葉にするにはあまりにも陳腐すぎるが)厳しい勝負の世界を肌で感じ取って生きてきたんだな、と、改めて思った。


自分が見てきた勝負の世界なんて、全くの甘ちゃんである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?