ぽんぽこ、永眠

長らくご無沙汰しております。
昨年10月までこちらの方を利用させていただいておりました<やぶにら2003>管理人の藪似と申します。
とにかく、約半年ぶりにnoteに書こうと思ったのは、ま、エントリタイトルの通りでして。

昨年の10月以降は別のところで文章を書いて おりました。宣伝になるのが嫌だったのでこちらにはリンクを貼ってなかったのですが、この際貼っておきます。

やぶにらScribble

今回、こういうことがありまして、普通であれば上記のサイトに「このようなことがありました」と書くべきかもしれません。
しかし、<ぽんぽこ>のことは、とくにこのような事態になったとなれば、やはりnoteに書きたかった。それは<ぽんぽこ>のことはnoteに重点的に書いてきたからです。
だから、悲しいお知らせではあるのですが、特別にnoteを今日だけ復活させます。

2022年3月23日の21時すぎ、ぽんぽこは永眠しました。享年14でした。というか2月に14歳になったばかりでした。
猫の寿命は人間の1/6と言いますし、もう十分すぎるくらい天寿を全うしたと言えるのですが、ものすごく正直に言えば、何となく、あと5年くらいは何事もなく、当たり前のように<ぽんぽこ>は元気でいるだろ、と信じ切っていたんです。

たしかにここ半年ほど、食欲は若干落ちていた。ちょうど誕生日のあたりから<カリカリ>をほとんど食べなくなっていたのですが、それでも缶詰はモリモリ食べていた。
それが3月に入ったくらいから、あれだけ大好きだった缶詰も残すようになった。
鼻をグジュグジュ言わせていたので「猫風邪かな」と軽く考えていたのですが、とうとう缶詰さえ、まったく食べなくなったのです。
さすがに、と思って近くの動物病院に連れて行ったのが3月12日です。

検査の結果、腎臓病だとわかった。
しかし、この年齢の猫はまず腎臓が弱っている。ここを乗り切ることが出来れば、あと数年は生きられる、とのことで、この時点では希望の方が大きかった。
その後、ほぼ毎日動物病院に通い、レントゲンやCTもとったのですが、心臓や肺、腸は問題ない。というか年齢のわりに元気で、ただ胆管に炎症がある可能性があると言われた。これが16日です。
それでも、胆管に炎症があるくらいであればまだ治る可能性が高い、ということなので、とくに悲観的には考えてなかったのです。

事態が変わったのは翌々日の18日でした。
とにかく腹水がすごい。要するに腎臓がまったく機能していない。つまり腎機能が完全に停止していると。
ここで、はっきり言われた。

「一応、利尿剤の注射は打ちますが、これで尿が出ないようであれば、覚悟してください」

・・・え?嘘だろ?そんな馬鹿な!

「てんかんを起こして暴れる可能性があります。もしそうなったら座薬をお渡ししますので、これを使ってください。ただ、座薬を使った時点で・・・」

・・・そんな、もうそこまで進行してるって・・・
い、いや!何とか助かる道はないんですか!?と医師に食い下がった。

「猫の腎臓移植は現実的ではありません。それにここまで弱った腎臓が回復することはないとお考えください」

つまり、あとは、待つだけなのか・・・。

これ以降<ぽんぽこ>はほとんど動けなくなりました。
もちろん飲まず食わず、です。もう、その時が来るタイミングを待ってるだけの、ただ生きているだけの状態になりました。
ただし、ずっと付きっきりってわけにはいかない。
というかね、この<ぽんぽこ>ってのは、この期に及んでも「ひたすら強い猫」でして、とにかく弱ってる姿を見られるのを嫌がるのです。
だからなるべく見ないようにしたし、むしろなるべく外出するようにさえしていました。
外出するのは構わない。問題は帰る道すがらです。
帰って、命がなくなってたらどうしよ。やっぱり、外出すべきではなかったのではないかと後悔するような気がして。

「最期を看取る」と言いますが、これってね、結局は残される者のエゴなんですよ。
少なくとも<ぽんぽこ>にかんしては、むしろ看取ってなんかいらない、弱ってるところを見せたくないってタイプです。それは徹底していて、足元なんかまったくおぼつかないのに、とにかく隠れようとする。
そこまで嫌がるんだったら、こっち側のエゴで無理矢理看取ろうとする方がかわいそうだと。

自分自身に置き換えても同じで、せめて死ぬ時くらいはワガママになりたい。
これ、noteに書いたかどうか忘れたけど、とにかく自分は病院が嫌いな人間でして、だから無理とはわかってるけど、出来ることならば病院以外の場所で往生したい。別に自宅じゃなくてもいいんですよ。とにかく病院以外だったらどこでもいい。何なら道端でもいいっつーか病院よりはマシというか。

それは<ぽんぽこ>にも同じことが言えるな、と。
最期くらい、本当に好きにさせてやろう。
それでもひとつだけ人間のワガママを通させてもらおうと、一日に30分だけ、ぽんぽこに語りかけた。
これだけは勘弁してくれ。こっちもお前さんに喋っておきたいことがあるんだよ。だから聞いてて欲しい。その代わり他の時間はとくに注目しないし、好きにしてていいから、と。

え?何を喋ったかって?さすがにそれはここでは具体的に書けません。
その代わりに、過去のnoteに書いた文章を少しだけ引用しておきます。

もしここで、アタシが生きてられないようなことになったら、二度も見捨てられたってことになるんだよな

こんなに必死で、支えてくれようとしてるのに・・・

状況は何も変わっていない。あいかわらず絶望の淵にいることには違いない。
でも、生きよう。これからの人生、何も明るい見通しはないけど、猫のためだけに生きよう。そう決めた。

だからね、ぽんぽこは誰が何と言おうと<ペット>じゃないんです。相棒、なんです。



そう、ぽんぽこは間違っても「ペット」なんかじゃない。家族です。
でも本当は家族でさえ超越した存在で、引用の最後にあるように、もう<相棒>としか言いようがない。
何しろ<相棒>なんだから、対等。対等だけど、お互いに何かあればもう一方が死にものぐるいで助ける。そういう存在だった。
「たかが猫に、何を大袈裟な」と思うかもそれません。つか理解されないのはしょうがない。
でもそれは、自分自身と<ぽんぽこ>さえわかっていればいいことです。

だから、何というか、どう書いても誤解されそうだけど、肉体としての<ぽんぽこ>が存在するかどうかなんて、もうどうでもいい。でもこれからも、肉体があろうがなかろうが、お前さんはアタシの相棒だから、と。
これからも今まで通り、お互い支え合おうぜ。ま、さすがに肉体のない<ぽんぽこ>をアタシが支えるのは無理だけど、これからも頼むぞ。

この話をして約30分後、<ぽんぽこ>は息を引き取りました。
涙は出なかった。つかもう散々泣いたし、何より伝えたいことは全部伝えることが出来た。
飲まず食わずになって、そして点滴さえ打たなくなってちょうど一週間。日々体力がなくなっていく中で、それでも<ぽんぽこ>は必死に命をつないでいた。
そんなに頑張らなくていいよ、もう十分頑張ったんだから、辛ければいつでも楽になっていいから、と声を掛け続けたけど、それでも、生きてるのが不思議な状態なのに、まだ生きようとしていた。

そうか。お前さんはアタシが伝えたいことを全部伝え切るまで、そしてアタシに気持ちの整理が完全につくまで、待っててくれたのか。
でもな、そこまでしなくていいよ。つか猫は普通そこまでしないよ。
まったく、死ぬ寸前まで頑固で、でも、本当に賢くて、本当に優しくて、本当に強かった<ぽんぽこ>。

さよならは言わないよ。だってお前さんはこれからもずっと相棒だからな。

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