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丘珠空港の滑走路延長(その7)ERJの着陸距離

前回(その6)は こちら。↓

まだ9月なのに 冬の着陸シーン、いくら北海道とはいえ少し早すぎですね。丘珠空港に就航しているジェット旅客機、エンブラエル ERJ-170175。1500メートル滑走路で「△ 冬季不可」なのは何故なのか? 前回からの続きです。

冒頭の写真は、新千歳空港に着陸するFDAの初号機、ERJ-170 STD JA01FJ)。2021年12月。

着陸に必要な距離

FDAが運航する16機のうち、13機が ERJ-175 STD 機(以下、E175 と略す)です。今回は E175が着陸するのに必要な滑走路の長さを調べてみます。ネットで見つけたマニュアル (AOM) に Operational Landing Distance の算出表が載っていたので、諸条件を当てはめてみましょう。

AOM : Airplane Operations Manual
ERJ : Embraer Regional Jet
FDA : Fuji Dream Airlines
STD : Standard


E175Operational Landing Distance の例(「圧雪」の場合の表を編集し加筆)

この表は、E175 Airplane Operations Manual (AOM-1502-003, DECEMBER 10, 2003, Revision 21 - OCTOBER 20, 2016) の記述を、内容を変えずに再編集したものです。青字で書き写し、赤で書き加えました。着陸に必要な滑走路長が雪などにより長くなる、冬季を想定しました。

ちなみに、ここでいう Operational Landing Distance とは、滑走路進入端の上空を高さ50フィート(約15m)で通過してから機体が停止するまでの距離のことです。今回使用したAOMの表は 飛行中に判断するためのものであり、出発時には別の計算が必要になります。

単に「冬は滑りやすい」と言っても、滑りやすさの度合いは滑走路の状態によって大きく変化します。この表は “COMPACTED SNOW”(圧雪)の場合ですが、ほかにも “DRY SNOW”(乾雪)、“WET SNOW”(湿雪)、“SLUSH”(シャーベット状の雪)、そして “ICE”(氷)など、滑走路面の状態によって選ぶ表が異なり、距離の数値も変わります。飛行機の重量が重いほど、着陸に必要な滑走距離が長くなります。その “WEIGHT” を、元の表から3通り拾い上げてみました。

まず、機体の設定条件を決めましょう。自動ブレーキは最短で停止できる“MAN”(マニュアル)にします。最終進入でフラップはフルダウンにし、主翼に着氷はないものとします。基準の進入速度 Vref の場合です。

大気は気温15℃(ISA:国際標準大気)ですが、それより気温が低い分には空気密度が高くなるので不利にはなりません。

表中の数値の単位は、WEIGHT(ポンド)以外は「フィート」です。滑走路長の 1,500 m4,921 ft となるので、それを超えるものは赤線で消しました。残ったのは赤枠のところだけ。

4,550 ft = 1,387 m
4,639 ft = 1,414 m
4,756 ft = 1,450 m
4,875 ft = 1,486 m

気温15℃以下で、追い風にならない方向に対気速度 Vref + 5 kt を維持して進入し、圧雪の滑走路に着陸するとします。丘珠空港の標高は 26 ft(8m)で 滑走路の勾配は平均 0.154 %(共にAIPによる)なので、高度と勾配の補正は必要なし。進入速度 5 kt 超過で着陸距離は8%長くなりますが、接地後にスラスト・リバーサーを使用するので3%短くなり、トータル5%増(+70メートル程度)となります。接地点が少し先に伸びてしまった場合のセィフティ・マージンを考えれば、表の値より100メートル以上は見ておきたいところ。

この数値を見ると、E175 の最大離陸重量 37,500 kg では着陸が難しいかもしれませんが、34,470 kg なら圧雪の1500メートル滑走路に少しの余裕をもって着陸できそうです。

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COMPACTED SNOW(圧雪)以外の場合はどうでしょう? 1500メートル滑走路の状態が変化した場合に 着陸できる最大重量がどう変わるのか、AOMから拾ったデータを次の表にまとめてみました。重量以外の条件は前述と同じです。

▲ 滑走路の状態と E175の最大重量(AOMの表から編集)

青字は AOMの記述のままです。表のいちばん下の “ICE” の滑走路では、重量にかかわらず約3500メートル(11,510 ft)以上の滑走路長が必要になるので、着陸できる空港はほとんどありません。出発空港に引き返しましょう。

丘珠空港の滑走路は全面グルービングで細い横溝があり、滑走路上に水が溜まることはほぼないでしょうから、表のいちばん上 “STANDING WATER”(溜まった水)も無視することにします。

残る “SLUSH”(スラッシュ)、“WET SNOW”、“DRY SNOW” および “COMPACTED SNOW” を比べてみると、3ミリ程度の “SLUSH” の場合がいちばん滑りやすい(機体重量が軽くなければ着陸できない)ようです。

SLUSH” と “WET SNOW” の違いは分かりにくいですが、“SLUSH” の方が水分が多い雪です。水分をたっぷり含んだ雪では、タイヤが舗装路面まで接地すればグリップが強くなってブレーキが効きますが、シャーベットの上にタイヤが乗ってしまうと ハイドロプレーニング現象のようにブレーキが効かない状態になります。一方で “SLUSH” でも積雪が深いと抵抗が増して制動効果が大きくなったりもします。このような理由からなのか、“SLUSH” の場合は滑走路の摩擦係数(μ値)を計測していません。

じっくり見ていくと、さまざまな雪質の1500メートル滑走路でも、E175がまったく着陸できないわけではなさそうです。積雪の深さによって大きく変わることが分かりました。積雪深が多いほど着陸重量が大きくなっているのです。積雪のドラッグ(drag:抗力)が制動効果を生むからでしょう。だからといって除雪をしないわけにはいきません。滑走路上に不均一に積もった(吹き溜まった)雪によって、航空機が不測の挙動を起こすかもしれませんから。たとえ着陸重量が制限されるとしても、滑走路上の雪をきれいに除け、パイロットがセンターラインを見やすいようにスイーパーをかけることが基本です。

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そもそも、冬季であっても大部分は雪のない DRYな滑走路を維持している場合が多いはずです。除雪体制のおかげでしょう。1500メートル滑走路で「△ 冬季不可」という“△”マークには、やはり「条件による、気象状況による」などといった意味合いが含まれているように思います。半々ぐらいで着陸できないようなイメージを持ってしまいましたが、おそらく実際には、余裕は少ないものの大部分の場合で運航が可能なのではないでしょうか。勝手な想像ですが…。

乗客さえ見込めるのであれば通年運航にし、悪天候のときや滑走路の状態が良くないときは欠航にする、それだけで済むような気がします。


▲ 真夏の滑走路に進入する金色のE175JA09FJ


※ 写真はいずれも新千歳空港で、やぶ悟空撮影

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