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択捉島のヤースヌイ飛行場分析

択捉島の中心地は紗那しゃな、人口約1600人の集落です。その紗那から北東に直線で7kmという場所に新空港が造られました。完成したのは7年前、2014年の秋です。

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▲ ヤースヌイ空港の位置

オホーツク海に突き出た散布ちりっぷ半島の付け根あたり、標高100メートルちょっとの尾根すじに建設されたため、太平洋側の海岸沿いと比べれば霧の影響は少ないようです。

空港の北側には、急峻な火山の散布山(1582m)があります。NDBなど無線施設の電波は、反射などの影響を受けるかもしれません。函館NDB(すでに廃止)と横津岳の関係に似て、YS-11「ばんだい号」事故(1971年)を思い出してしまいましたが、この空港ではVOR/DMEも運用されているので、同様の事故の心配はいらないでしょう。

DME : Distance Measuring Equipment、距離測定装置
NDB : Non-Directional radio Beacon、無指向性無線標識
VOR : VHF Omni-directional radio Range、全方向式無線標識施設


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▲ ヤースヌイ飛行場(2021年4月22日のAIPを編集、青字加筆)

AIPでは択捉えとろふのロシア名「ITURUP」(イトゥルップ)となっています。地点略号UHSIの「I」は ITURUPからでしょうね。2015年にYASNIY(ヤースヌイ)空港へと名称が変更された、とウィキペディアに書いてありました。

滑走路は1331、長さ2301メートル×幅42メートルです。2014年のAIP Aerodrome Chartでは 2300×42メートルと書いてありましたが、いつ「1m」延長されたのかな? 滑走路の両側にILS(計器着陸装置)が設置され、どちら側からでも精密進入が可能です。

タワーの周波数は127.7MHz、コールサインは「Iturup-Tower」です。

飛行場の標高は118メートル。滑走路13側のGP(グライドパス)に「128」とあるのは標高を示していると思うのですが、だとすると数値が間違っているような気がします。

AIP : Aeronautical Information Publication、航空路誌
ARP : Aerodrome Reference Point、飛行場標点
BRG : Bearing、方位
GP : Glide Path、グライドパス
ILS : Instrument Landing System、計器着陸装置
LOC : Localizer、ローカライザー
RWY : Runway、滑走路
THR : Threshold


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▲ ヤースヌイ飛行場(Googleマップに加筆、挿入図はBing Maps)

この空港ができる前は、紗那から南に直線で40kmも離れたブレヴェスニク飛行場を使っていて、アクセス道路も舗装されていない悪路だったそうです。プーチン大統領肝いりの「The Socioeconomic Development of the Kuril Islands (the Sakhalin Region) in 2007-2015」プログラム(千島列島社会経済開発計画。その後、2025年まで延長され予算も拡大)が進められることになり、2007年からこの飛行場建設が始まりました。

2013年には1450メートルの滑走路が完成し、引き続き北西方向に滑走路が延長されて現在の2301メートル滑走路になっています。それと分かる写真が Bing Mapsに見つかりました。定期便が就航したのは、2014年9月です。

MKR : Marker、マーカー

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では、滑走路13への ILS進入を想定して、無線施設を中心に見ていきましょう。

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▲ NDB/アウターマーカー(Googleマップに加筆、挿入図はAIP)

滑走路13進入端の手前4km地点に、周波数623kHzのNDBと、ILSの構成要素の一つであるマーカーがあります。この場所にあるのはOMです。

OM : Outer Marker、外側マーカー

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▲ NDB/ミドルマーカー(Googleマップに加筆、挿入図はAIP)

13への進入を続けると、周波数311kHzのNDBMM(ミドルマーカー)の上空に至ります。着陸機は、紗那と空港とを結ぶ道路の上空を低高度で通過するので、この付近は撮影スポットに良いかもしれません。

MM : Middle Marker、中央マーカー

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▲ 滑走路31用ローカライザー(Googleマップに加筆)

進入灯に導かれて降下してくると、クロスバーの位置にローカライザー・アンテナがあります。このアンテナ列は滑走路の方向へ進入コースを示す電波を発射するので、反対側31からのILS進入で使われます。

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▲ 滑走路13接地点付近(Googleマップに加筆)

滑走路13の進入端上空を通過すると接地操作です。接地点付近の滑走路右側にGP(グライドパス)アンテナが立っており、その近くにILS-DMEが設置されています。このGP3.0°の進入角情報を、DMEは距離情報を提供します。

滑走路の反対側にはPAPI(パピ)があり、GPと同じ3.0°の進入角を4つの灯火で示してくれます。

PAPI : Precision Approach Path Indicator、精密進入角指示灯

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▲ 滑走路13に進入中(AOPAロシア)

AOPAロシアに写真がありました。延長された部分の滑走路勾配が、はっきり変化していることがよく分かります。滑走路中央付近のARP(飛行場標点)がいちばん高くて標高118m、滑走路13側の末端がいちばん低い111.0m(勾配は約0.6%)、31側の末端が115.5mで約0.2%の勾配です。国後島のメンデレーエフ空港の滑走路勾配に比べれば、まったく問題なさそうです。

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反対側の滑走路31への進入では、どんな無線施設があるでしょうか。

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▲ NDB/ミドルマーカー、およびVOR/DME(Googleマップに加筆、挿入図はAIP)

滑走路31の ILS進入ではアウターマーカーが設けられていませんが、ILS-DMEで連続的に距離を把握できるので問題ありません。

周波数547kHzのNDBMM(ミドルマーカー)が併設されています。その近くに、イトゥルップVOR/DME(周波数110.6MHz)があります。航空路用として、また飛行場の進入/出発用としても使いやすいロケーションです。

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▲ 滑走路13用ローカライザー(Googleマップに加筆)

このLOCは、反対側13からILS進入するときに使用されます。

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▲ 滑走路31接地点付近(Googleマップに加筆)

PAPIと同じく滑走路31の左側にGPILS-DMEが配置されています。31への進入角もPAPIGP共に標準的な3.0°です。

このようにNDBVOR/DMEILSなど昔ながらの基本的な航空保安無線施設を使うナビゲーションのほかに、航法衛星システムを利用するRNAV(GNSS) 進入/出発や GBASによる GLS 13/31 進入方式さえも設定されています。それに関する無線施設らしきものもGoogleマップには見えていますが、詳細が分からないため矢印で説明を加えることは控えます。

GBAS : Ground-Based Augmentation System、地上型補強システム
GLS : GBAS Landing System、GBAS着陸システム
GNSS : Global Navigation Satellite System
RNAV : Area Navigation

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▲ エプロン(Googleマップに加筆、挿入図はAIP)

Googleマップでは、スポット4、5、6にスホーイ戦闘機が3機見えます。精細な写真を引用させていただいた小泉先生の論文によれば、2018年8月に3機のSu-35S戦闘機がヤースヌイ空港に配備されたことを地元メディアが明らかにしたとのこと。択捉島にあるもう一つの飛行場(ブレヴェスニク空港=UHSB)が軍用として近代化整備されるまでの仮配備なのかな?

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▲ 択捉島ヤースヌイ空港のスホーイSu-35S戦闘機(2018年8月3日 SAKHALIN.INFO より)


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▲ 2019年9月に撮影されたヤースヌイ空港(Wikimediaから引用)

背後にそびえるのが散布山ですね。タワーに書かれた文字は「ЯСНЫЙ」(ヤースヌイ)。以前の写真では「ИТУРУП」(イトゥルップ)となっていました。

ターミナルビルの青い屋根の上に、白い球体が見えます。レドーム(レーダーアンテナの覆い)のようです。このサイズだと、おそらく日本のASRに似た数十海里(100km超)のカバレージかと推察します。でも、標高の高い散布山が近いことや、レーダーアンテナがタワーより低く構造物に非常に近いことから、西北西から北まで60°程度の方位は使えないでしょう。肝心のサハリン~択捉島間の航空路G239がこのレーダーで見えているのか、ちょっと心配です。

赤い屋根の建物とタワーは、Su-35S配備に伴う軍用施設ではないかと思います。

国後島のメンデレーエフ空港と比較すると、VOR/DMEがあり、ILSが滑走路の両側に設置され、レーダーも整備されているらしいことなどから、択捉島のヤースヌイ空港の方が総じて充実しているようです。一時的にしろ、軍民共用として利用していることがその理由なのかもしれません。

ASR : Airport Surveillance Radar、空港監視レーダー

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一昨日、ロシアの副首相2人が10月15日朝、択捉島を訪れたという報道がありました。関税を免除し外国からの投資により北方領土の開発を進めるという、プーチン大統領の発表に関連した動きなのかもしれません。

ことし7月にミシュスティン首相が択捉島を視察したときは、搭乗していたと思われるチャーター機の航跡を追いかけて分析しました。その記事は、こちら。

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▲ 10月15日の飛行航跡(flightradar24)

今回は、特別な航空機の航跡が flightradar24で見当たらないところをみると、定期便を利用した視察だったのでしょう。首相と副首相では、これぐらい差がつくんですね。

--- ここから、2021年11月19日 修正 ---

ミシュスティン首相のときと同じように、短時間の視察後にすぐ折り返して島を離れたとばかり思っていましたが、2人の副首相は択捉島に3日間も滞在したそうなのです。さらに驚いたのは、フスヌリン副首相は10月16日にヘリコプターで色丹島にも渡ったとのこと。その写真をインスタグラムで発信するなどしており、本格的な視察だったようです。一方で、妻子を同伴して高級ホテルに滞在したとされることを、公費を使った家族旅行との疑いの目を向けられているとか。

択捉島から色丹島に渡るヘリコプターの話は、こちらの記事で。


※ 冒頭の写真は、2021年9月新千歳空港で、やぶ悟空撮影

※ 記事の内容は作成当時のものです。


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