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海保のディーゼル・セスナ(2)

5機の172S JT-Aで、海上保安庁は飛行機パイロットの独自養成をはじめた。

(2019年8月時点の「やぶログ」記事です。文末に追記しました。)

海保のディーゼル・セスナ(1)からのつづきです。

独自養成

海上保安庁は、この172SJT-A)を「飛行機操縦要員の養成体制の整備を進めるために必要な教官要員予定者の技量維持等を行うため、(略)千歳航空基地に配属させる」(JCG広報資料、2018.2.16)としています。つまり、海保が独自で飛行機(固定翼機)操縦士を養成することにし、その訓練機として172S(JT-A)を5機 導入したのです。独自養成するためには操縦教官が必要なので、いまは千歳基地でその教官養成訓練を行っている、というわけですね。

これまで海保の飛行機操縦士の養成は海上自衛隊に委託(年間5人)していたそうですが、2020年度から独自養成を始め、将来は年16人の飛行機操縦士を送り出す計画だそうです(苫小牧民報=Webみんぽう、2019.7.27配信)。

「尖閣」に限らずニュースを賑わすことの多い領海や排他的経済水域の話題、日本の海の担当としてチョー忙しそうですもんね。必要な機材の導入はカネの問題ですむとしても、それを扱う人材の育成にはとても時間がかかりますから、将来の日本を取り巻く状況を見抜く眼が必要でしょう。

訓練機5機の登録記号は次のとおりで、いずれも2018年3月にJAPCONから海保に移転登録されました。(株式会社ジャプコンは、テキストロン・アビエーション社の正規販売代理店)

JA391A … SA391、あまつばめ1号 (SA : Small Airplane、海上保安庁)
JA392A … SA392、あまつばめ2号
JA393A … SA393、あまつばめ3号
JA394A … SA394、あまつばめ4号
JA395A … SA395、あまつばめ5号

ちなみに、海保のヘリコプター(回転翼機)操縦士は以前から独自で養成しています。仙台空港で海保ペイントのベル206Bがオートローテーションを繰り返すシーンを見たことがあります。そのときはフルタッチまでは行わずにパワーリカバリーでしたが、目標地点にピタッとオートローテーション着陸するのって、こんなに難しいことなンだ!と感じた訓練風景でした。その仙台航空基地のベル206Bも、今年2019年3月に解役となりました。(JCG仙台航空基地、2019.3.13)

事故

海保に「新車」で納入された5か月後の8月21日、5機のうちの1機、JA395Aが千歳飛行場で事故を起こしてしまいました(航空祭展示機はJA394A、別の機体です)。13時20分ごろ、滑走路18Lに着陸するときに「強めの接地となり、機体が損傷した」(運輸安全委員会)そうです。操縦訓練生と教官、そして航空局の試験官の計3名が搭乗していました。そう、操縦士実地試験中の事故だったのです。残念ながら実地試験には合格できなかったのでしょうかね。

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▲ 航空事故「調査中の案件」より(運輸安全委員会)

事故発生から1年が経過した2019年8月22日時点でも「調査中」のままで、詳細な状況や原因などは明らかにされていません。でも、事故直後の報道によれば、「胴体前部の両側面に約40センチ四方のゆがみがあった。内部の骨組みにもゆがみや亀裂が見つかり、大規模な修理が必要」(産経、2018.8.22 18:24)という状況だったようです。「大規模な修理」が必要な損傷なら「航空事故」に該当します。でも搭乗者にケガがなく、幸いでしたね。

壊れた機体は直さなければなりません。日本に初めてJT-Aを輸入したJAPCON、その子会社である岡山航空(株)が国内唯一のセスナ認定整備工場なのだそうです。工場がある岡南(こうなん)飛行場まで事故機を空輸する必要があります。事故後に撮影されたJA395Aの写真を検索してみたところ、空輸のための仮修理らしき痕跡が何枚かに写っていました。

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▲ 外観から見える仮修理箇所(両側とも同じ)

セスナ172の図に赤色で書き加えました。ただし、JA395Aにホイールパンツ(車輪カバー)は付いていません。ネットの写真を見るには、2019年1月30日~同2月1日ごろ撮影のJA395Aを検索してみてください。

以前、ベテラン整備士から聞いたところによると、このテの飛行機は激しくハードランディングすると窓まわりが歪むのだそうです。この事故の報道内容や写真から思うに、単なる「強めの接地」やハードランディングではなく、接地時にバウンドした後、前のめりで前脚から激しく接地したのでは?と想像します。そのため、エンジンマウントや前脚取付部、ファイアウォールあたりの構造にダメージを受けたンじゃないのかな。セスナ172の主脚の丈夫さには定評があり、たとえ機体が壊れても主脚は壊れない…などと言われているらしいですが、前脚ではそうもいかず脚部にも損傷があったことでしょう。

千歳基地で仮修理した上で航空局から空輸のための飛行許可をもらい、修理ができる岡山の岡南飛行場まで自力で飛んだのだろうと思います。

どうやら1か月強で修理を終えたらしく、今では訓練に復帰しているようです。

生産終了

実は、ターボ・ディーゼルを搭載した172Sの「JT-A」モデルは、すでに生産を終了しているとのこと。えっ、そうなの? FAAの認証を取得して1年も経たないうちに、なぜ? テキストロン・アビエーションはその理由を明らかにしていないそうです。思っていたほど売れなかったか。

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▲ セスナ社のサイト内で検索してもヒットしない「JT-A

どうしても172JT-A」ディーゼルが欲しい方は、ガソリンの172納入後にCD-155ディーゼルエンジンに換装する方法も可能だそうです。少々高くつきそうですけど…。

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▲ 3次元捜索レーダーを背に乗せた空自の早期警戒管制機E-767と並ぶ 172S JT-A(2019年8月4日、やぶ悟空撮影)


===(ここから、2021年4月4日に追記)===

2019年10月に公表されたJA395Aの航空事故調査報告書は、事故の原因を次のようにまとめています。

本事故は、同機が最初の接地でバウンドした後ポーポイズ状態となり、3回目の接地時にピッチダウン姿勢で前脚から強く接地したため、機体を損傷したものと推定される。

安定した正対風13ノットでの進入でした。滑走路18L進入端を対気速度約72ノットで通過し、ピッチ角が安定しないまま降下して対気速度約62ノットで接地したと分析されています。直感的には速度がやや速い気がしますが…。ポーポイズが起きてバウンドを繰り返し、最大4Gを超える垂直加速度でノーズから接地したとなると、さすがに胴体前方へのダメージは大きかったようです。でも、前脚損傷の記載がないところを見ると、そこは大丈夫だったのでしょう。

さて、海保のディーゼル・セスナ、その後も何かと不運つづきのようです。

千歳航空基地で教官養成訓練に使われていた5機の172Sは、その後2020年2月1日付で福岡航空基地に配属替えになりました。しかし、福岡航空基地は福岡空港の滑走路増設工事が進められているため、2か月後の4月1日に移転・開所した24時間運用可能な北九州航空基地へと移されました。

5機の172Sは、海上保安庁独自で飛行機のパイロットを要請する施設「海上保安学校 宮城分校 北九州航空研修センター」という新天地に落ち着いて、充実した訓練に励んでいたことでしょう。

ところが同年12月上旬、JA392Aがエンジントラブルで大分空港に緊急着陸したとのこと(web情報による)。ディーゼル・エンジンに何か問題が起きたのでしょうか? webに掲載されたJA392Aの写真を見ると、フードが取り外されたエンジン付近を整備士らが取り巻いています。この機体は数日間、大分空港に駐機した後に陸送されていったそうです。

さらに2か月後の2021年2月3日、こんどはJA393Aが北九州空港への着陸でテールストライクを起こしました。現在、この件は重大インシデントとして運輸安全委員会が調査中です。

…9時51分北九州空港を離陸し、同空港に向けて進入中、強風のため11時30分頃着陸をやり直した際、胴体後部下面等が滑走路に接触した。当該機は、その後、11時36分同空港に着陸した。(運輸安全委員会)

北九州航空研修センター提供の写真では、テール下部に擦った痕跡が見られるだけでなく、tie-down fitting(駐機場所にロープで固定するための金具。タイダウン・リング)がすっかり無くなっていました。

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▲ 別のセスナ172Pのテール部(2008年10月19日、やぶ悟空撮影)

JA391AJA395A172S、5機のうち3機が何かしらの不運に見舞われたことになりますね。ただ「不運」で済ますのではなく、再発防止策を進める必要があります。2018年8月21日に発生したJA395Aのポーポイズ事故の報告書「再発防止策」に羅列された項目には、「シミュレーターを活用した訓練を行った」とも書かれています。

官報によれば、2020年9月、海上保安庁はセスナ172の航空シミュレーター1式の購入契約を約1500万円で締結しました。事故が起きたから…というわけではなく、訓練用機材として当初から計画されていたのかもしれません。

その仕様書によれば納期が2021年3月26日となっていましたから、すでに北九州航空研修センターに納められたはずです。172SJT-Aタイプ)を模擬するレベル3相当の模擬飛行装置という指定がありました。レベル1~7に分類される飛行訓練装置の「レベル3」は、フルフライトシミュレーター(FFS、レベルA~D)のようなモーション装置はありませんが、実機を模擬した操縦室や簡易的なビジュアルを装備したものです。

大気の状態の模擬などは難しいとしても、シミュレーターによる訓練は絶対安全であり、ノンノーマルな状況の対応を経験するにはとても有効性が高いはずです。海上保安庁において操縦要員の養成は急務でしょうから、5機の172SJT-A)とシミュレーターを大いに活用し、上手く使い倒して成長していってほしいものです。

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