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【一般向け】本当に役に立つ心理検査:治療的アセスメント

 心理職として働いていると、心理検査の結果を携えて相談にお見えになるかたがいらっしゃいます。

 しかし「検査の結果は、どんな感じでした?」「検査者はどんな風に検査結果の説明をしてくれましたか?」などとお尋ねすると、「検査者は説明をしてくれたのだけれども、よく分からなかった」とお返事されることが少なくありません。

「これが検査の結果です」と、検査結果のコピーやフィードバックの文章を差し出される場合もあります。わかるような、わからないような、という感じのご様子です。

 酷い時には、本来、専門家しか保有してはいけないはずの検査結果資料を、そっくりそのままコピーして受検者が持っていることもありました。このようなことから検査の内容が漏れてしまうと、正確に検査を実施出来なくなってしまうので、非常に由々しき問題だと思います。

 また、「検査結果は口頭で説明されたが、よく分からなかった。その後、検査結果を貰いたいと言ったら、守秘義務があるからと、検査結果を貰えなかった」なんてこともありました。いったい、誰に対する守秘義務なのでしょう?

 ある組織は「受検者には一切のフィードバックをしない、する必要がない」というスタンスだったので、「それはおかしい、ちゃんと受験者にフィードバックしてください」と、お願いしに行ったこともあります。その時は、前例がない、当組織ではずっとこのようにして心理検査を実施している、ということで、残念ながら私の訴えは退けられました。

 健康診断では、自分の血液検査などのデータは手に入りますし、それぞれのデータが意味するところは、聞けば事細かに教えてくれます。なのに、どうして心理検査は、そこまでやってくれないのでしょうか。

伝統的アセスメントの影響

 それは、心理検査の辿ってきた歴史が関係しています。心理検査は、軍で各部署に人員を配置する時に、どのような性質を有した人をどこに配置したらよいのかという適性検査に端を発しています。なので、検査の結果は人事を司る部署が把握しておけばよくて、受検者に対する「あなたはここに配置します、何故ならば~」という説明は不要だったのです。

 このスタンスは、精神医学に引き継がれました。心理検査の結果は、医師が診断や治療方針の策定をする際の資料として存在すればよくて、受検者に説明する必要は特に認められない、ということでした。このようなスタンスは、伝統的アセスメントと呼ばれます。

 ちなみに、アセスメントとは、評価する、という意味の言葉です。つまり、現状がどのような状態なのか評価をする、ということです。

治療的なアセスメント

 しかし、心理検査が発展するにつれて、この伝統的アセスメントに対して異を唱える人たちが現れました。心理検査はただの情報収集ではない、検査を受検すること自体が治療的な意味を有していて、「検査を受けて良かった」と思えるような体験につなげることが出来るものだ――このような考え方が現れました。それが、治療的なアセスメントの考え方です。

 ちなみに、治療的なアセスメント(therapeutic assessment:英語が小文字)と治療的アセスメント(Therapeutic Assessment:英語が大文字)は、どちらも専門用語なのですが、意味の異なるものなので、ご注意ください。

 治療的なアセスメントには、協働的アセスメント治療的アセスメントが含まれます。つまり、治療的アセスメントは、治療的なアセスメントの特別バージョンだということです。

協働的アセスメント

 それでは、協働的アセスメント(collaborative assessment)とは、どのようなものなのでしょうか。ざっくり説明すると、検査者が情報収集をする伝統的アセスメントとは違って、検査者と受検者で協働してアセスメントを行う、というものです。

 検査者が検査結果やその意味を知っていればいい、というのではなく、検査から何を知りたいか、どのような検査結果が予想されるか、得られた検査結果はどのように解釈することが出来るか、といったことについて、受検者と検査者が協働することでアセスメントを進めていく――それが、協働的アセスメントです。

治療的アセスメント

 この協働的アセスメントについての研究が進むにつれて、どんな風に心理検査を実施したらよいのか、どのような工夫が有用なのか、といったことが、どんどん明らかにされて行きました。

 そうして、「基本的にはこういう順番でこんなことをやったらよいですよ」という指針に則って心理検査を進めていく、というやり方が開発されました。この「半構造化された」、つまり「臨機応変に状況に対応するが、基本的には予め決められた手続きで進めていく」協働的アセスメントは、治療的アセスメントと名付けられました。

 この治療的アセスメントが行われていれば、冒頭で挙げたような問題は起こらないはずなのです。なぜならば、受検者が専門家の力を借りながら、一緒に自身の状態について理解を深めていったはずなのですから。

 治療的アセスメントが日本に導入されたのはここ10年の話で、まだまだ充分には知られていない状況です。一刻もはやく、この心理検査の考え方が日本に浸透していくことを願っています。

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