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自分の言語をもちたい
めずらしく、タイトルから書いています
石月様の記事を読ませていただいて、その中にあった「自分の言語を持っている」という言葉にハッとしまして
こちらで書かれていた内容とは少し異なるかもなのですが、たとえば建築家には設計図面という言語が、電気技術者には回路図という言語が、作曲家には音符という言語があると思うのです
戦争ゲームの世界でも、指揮官どうしは敵の動きを見てわかりあいます
優秀な指揮官どうしは「そうだよね、そうくるよね。それじゃあこう行くよ、うちは」みたいな無言のコミュニケーションが戦争の指揮という言語を使って行われている感じです
指揮経験が浅いひとには、相手の指揮の意図はまったくわからなかったりします
なんかそういう、その道を志している人だけが通じる専門言語のようなものがあると思うのです
それは、通じ合ったときにとても気持ちがいいものです
探していた自分のカケラが見つかったような気持ちになります
仕事で、そういう言語を持つレベルまで成熟したいなぁと思うし、もしかしたらこういうコミュニケーションは、プライベートの関係にも成り立つのかもしれない
プライベートでのパートナーとそんなコミュニケーションがとれたら、それ以外はなにもいらないと思ちゃいそう
(実際はそんなことは奇跡なのでふつうの言語でのコミュニケーションはとてもだいじ)
最近、お仕事での停滞を感じているのは、こういう専門家どうしのコミュニケーションに飢えているのかもなぁと思ったしだい
わたしの中での快感を得られる動詞として「見えるようにする」「かたちを与える」というのがあります
混沌としたカオス状態をとりあえずまるごと飲み込んで言葉やかたちを与えて整理していく
ボトムアップの天才、と仕事の上司から褒めてもらったことがあって、その時に、わたしの特技これか!と衝撃をうけたのを覚えています
(それまで無意識に自然にやってた)
専門分野の特殊言語でのコミュニケーションも、そこに通じるのかな
見えないものが見えて他人と通じ合えるというのは、なにか根源的な喜びに通じるなぁと思うのです
仕事に、頭の先まで浸かるように没頭したい…
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