PPP的関心【公共施設再編を考える。岩手県紫波町の「学校施設見学会」に参加して】
2021年11月21日、岩手県紫波町の学校の統廃合の実施、学校跡地利用計画に関する住民対話(説明会、意見交換会等)の様子を視察するため、町が開催した「学校施設見学会」に参加してきました。
これからますます顕在化する学校施設統廃合とその跡地活用を実際に始めてみると関係する官民がどんなことに直面し、一方で利活用プランにはどんな可能性があるのかの想像を膨らませる機会となると考えて参加しました。
今回のPPP的関心はニュースを読んでという記事ではなく、視察の記録メモとして書きます。
参加した「学校施設見学会」概要
今回は午後スタートで用意された3校の視察と内2校での住民対話の様子を拝見させてもらう見学ツアーでした。短期間に小学校7校を統廃合し、かつその跡地の利活用計画を官民で策定、推進する大きな事業の一環です。
実際に訪問したのは、いずれも町立の赤沢小学校、長岡小学校、彦部小学校の3校です。校舎の築年はそれぞれ平成10年(赤沢小)、昭和59年(長岡小)、昭和62年(彦部小)ということで、それほど古びた印象のない佇まいでしたし、法基準でもいずれも「新耐震」を適用させる年の建築年であり、教室やトイレなど校舎内の設備も機能的に十分使用に耐えうる印象でした。そこだけを切り出すと「もったいない」感覚もなくはない建物です。
一方で、見学した学校では複式学級化が進んでいて、集団の場で身につける多様性の理解、社会性の育成という観点では十分とは言い切れない状況でもあると感じました(私は教育のプロではないですが、多数の集団に居ることで得るものは多いとは思います)。また、運用面でも、児童の安全確保策としてスクールバスの運行が既に導入されている学区もあるそうで、統廃合後の追加的な負担増は小さそうに思いました。例えばこんな観点からも統廃合による(行政にとっての)効果、効用はあるという印象を持ちました。
住民対話の現場の見学についても、赤沢小学校では「事業" 構想 "」として、町外の建築家等によるプレゼンが行われていました。そして、それを受けた参加者から「自分も参加したい」「事業が地元住民にも役立つものであって欲しい」などの声を聞くことができました。
長岡小学校では2021年7月に「紫波町町有財産活用事業(長岡小学校)事業者募集」に対する事業者選定が終わっていて、事業者からの現段階での計画が説明され、住民への協力や協働の声がけが行われていました。この会場の参加者からは、町役場に向けた丁寧なコミュニケーションを求める声などが聞かれ、丁寧さが求められる住民対話について「現場の温度感」を体感することができました。
紫波町事例は先駆け?
学校施設の統廃合とその利活用は「これから」
学校跡地の活用の事例として、宿泊施設化やスポーツ施設への転用といった取り組みが始まった話を耳にすることが多くなってきました。
文部科学省の調査によれば、自治体の域内の学校の適正規模に関する認識について77%の自治体で「課題」として認識されている一方、課題への対応は79%の自治体で「検討」が進んでいる(参考:小中高等学校の統廃合の現状と課題,文部科学省)段階だそうです。
具体な事例が顕在化しつつありますが、各地で学校統廃合検討が進み利活用に関する計画の「実施」フェイズにはいる自治体の姿が顕著になってくるのは、全国的にはまさに「これから」になるのだと思います。
その意味では、今回の紫波町の学校施設再編計画は「少し先をいく」段階にあると言えると思います。
少し先をいく事例から学ぶこと
利活用の検討、計画立案に重要な「目的」設定
今回の見学会は町が主催していることもあり、町役場の方へのヒアリングも行うことができました。ヒアリングで理解できたことから「少し先をいく」紫波町の実践の中からベンチマークするポイントについて考えてみました。
今回視察に訪問した紫波町では、2年前、平成31年 (2019 年 )3月に「紫波町立学校再編基本計画」が策定され、さらに計画に基づいて施策を進める際の住民へのインフォメーション活動、プロポーザル、事業計画選定にあたっての「紫波町学校跡地活用基本方針」を定めることで統廃合、そしてその後の施設利活用の「目的」を明示しています。
基本方針では、空き校舎等の活用による事業「目的」として「暮らし心地の良いまち」、「環境と福祉のまち」の実現を掲げ、その実現のための具体な取り組みテーマとして「産業振興」と「人材育成」と明記されています。
民間事業者等による利活用の基本コンセプトを「産業の振興」と「人材の育成」とし、地域資源を活かし持続する産業と雇用を作り出し、未来を担う柔軟でしたたかな人材を育てる場として活用
少し先をいく事例から学ぶこと
方針の背景にある「まちの再編集」というコンセプト
なぜ「産業振興」と「人材育成」なのでしょうか。それについて、紫波町の職員はこんな話をしてくれました。
「まちの再編集」の必要性。都心と郊外の関係縮図は紫波町の中にも。
289㎢の町域を持つ紫波町なのにわずか5.76㎢(576ha)のエリアに町民の52%が集中して居住しているのだそうです。
町外からの流入増によって人口は社会増(自然減もあって町全体では減少)が見られるなかで、紫波町の中でも「都心と郊外問題」が生じ、過去の歴史や成り立ちとは無関係に学区の人口や世帯の偏り、地域による主たる産業や従業者の偏りといった社会構造変化が、施設の老朽化や低利用化と掛け合わさり地域の「差」を鮮明にしているということです。
社人研の人口や世帯数予測が減少傾向だから、ここはこのくらいの施設整備やサービス提供となる(する)…という考えから生まれる将来像を 成り行きの未来 と呼んでいます。でも、成り行きの未来「が」欲しいと思う人ばかりではないと思うのです。少なくとも町はそう考えていません。
では成り行きでなくするにはどうしたら良いか。将来その地域に人が暮らしを営みたくなる地域にするためにどうしたら良いか。
一つの答えが、その場所に産業を入れる、そしてその産業はどこかの誰かに起こしてもらうのではなく自ら起こすという考えを持った人材を育むということだったのです。
だから、町内各地それぞれの地域の過去の延長線上ではなく、未来の可能性を考えた施策を考えるべきです。
政策は「創りたい未来」を創るためにあると思います。
この「それぞれの地域ごとに創りたい未来を描き、地域の過去を踏まえつつも、将来に必要な「新しい」ものを挿入しなおしてゆく」ことが、すなわち「まちの再編集」であり、そのために「(編集)方針」が必要になるのだと思いました。
きっと「再編集」は全国どこでも域内で地域差が生じている他の自治体でも必要なことだと思います。
視察で今更ながらにPPPについて考えたこと。
紫波町はオガール紫波プロジェクトを(ある意味で)シンボルとした公民連携施策を用いています。ゆえに官と民が連携した先進的な取り組みが進む町として注目を集めていますが、背景には優れた民間の存在だけでなく(まちの再編集を掲げその実現にコミットする)目的的で意欲的で戦略的な行政マンの存在があるからだと実感しました。
今回の大規模かつ集中的な学校統廃合+跡地利活用事業のうち、長岡小跡地では民間のチャレンジングな提案「ノウルプロジェクト」が注目を集めそうです。こうした民間パワーがPPP的手法で事業を起こし推進する際の原動力であり、かつ不可欠な要素であることは間違いないと思います。
PPPは行政の覚悟とコミュニケーション努力(技術)次第
しかし、今回の視察を通じて、こうした民間の動きを加速させる「事業環境整備」に奔走する行政マンの「覚悟とコミュニケーション努力(技術)」があってこそだとも感じました。
PPP 事業を進める上での持つべき覚悟とは、民間との「信頼関係」、先ほども書いた"創りたい未来"を自らの言葉にする「主体性」、役割ではなく"自分ごと"として住民をはじめとする関係者に向かう「姿勢」といった諸々を総じたものだと思います。
コミュニケーション努力(技術)とは、関係者の意欲を引き出し、納得感を醸成し、共感を生み出し、時に妥協(妥協=ゼロサム議論ではなくお互いに欲しいものを分け合うという意味)を得るまで適時に、適切に、継続して、できるまで繰り返すといった" コミュニケーション努力"とほんの少しの技術(伺った取り組み事例をそのまま詳細には書けないのですが、お互いの利益を正しく理解し尊重する行動、動き方といったものです)が必要だとも思いました。
今回の紫波町の事例では組織的なスキルやナレッジが法則的に出来上がっているといった整理まではできないのですが、少なくとも覚悟を持ち、努力を続けている行政マンの存在がPPP先進自治体たらしめている、そんなことを今更ながらに感じた視察でした。