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世間は、たけしに甘すぎる 『HANA-BI』評1998.05.30 矢部明洋

  『HANA-BI』はつまんない。
 北野武監督作品は、暴力と性交によってしか、他者あるいは世間と関われない男たち、 女たちを描いて鮮烈に登場した。
 処女作『その男、凶暴につき』の兄妹に、それは端的で、『3-4×10月』の無 口な主人公や、沖縄ヤクザもそうだった。「言葉なんか信じられないよ」と言いたげな監 督のほろ苦い諦念が作品世界を覆い、独自のオーラを放ってもいた。
 台詞や説明カットを極端に排し、アクションと省略でストーリーを展開する語り口にも 、そんな意図が見て取れた。例え暴力を主題からはずしても、『あの夏、いちばん静かな 海。』をモノにしている。昨年の『キッズ・リターン』も少年群像を描くことで、破滅的な暴力描写こそ影をひそめたが、逆に未熟な者を食い物にする大人社会の構造的暴力性を浮き彫りにした。その作品世界はウェルメイドと言ってもいいくらい、程よい苦みすら醸しだすに至った。
 北野監督は一貫して、市民社会と折り合うためのコミュニケーション手段を見失った不器用な人々を登場人物に作品を撮り続け、一作ごとに成熟をみせていたのである。
 それが、『HANA-BI』では暴力がコミュニケーションの手段ではなくなっていた 。あれでは、単にストーリーにメリハリをつける小道具になり果て、主人公の行動一つひ とつが重さと切実さを失ってしまっていた。暴力の代わりに北野監督が採用した、コミュ ニケーションあるいは表現の手段は絵だった。しかし、絵なら銀幕に長々と映す必要など ないではないか。
 この映画には、自分で描いた絵を見せびらかす機会がほしくて撮った以上のモチベーションが感じられない。まさしく旦那芸の極致。なのに、「ビートたけし、だから」「ヴェネチアのグランプリだから」と盲目的な評価が幅を利かしてはいないか。
 世間は、たけしに甘すぎる。


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