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新デレラ

パッ、と文字盤が切り替わって、数字が12時に変わって、日付が進んだ。終電がないことを確認してから終電無いかも、と言う時のちょっとした背徳感が背筋をすっとなぞった。彼はすっかり薄くなったウーロンハイを持て余すようにくるくると回して、澄んだ視線で私を見た。ガンガンと鳴り響くDAMチャンネルの音声が妙に遠くに聞こえてくる。私は何故か慌てて、こちらもすっかり薄くなったカシスオレンジをくちびるに寄せた。氷が溶けだして温くなったカシスオレンジを、テイスティングくらい少しだけ含んで、口の中で転がした。
彼の視線が迷うように私の鼻筋をなぞって、くちびるに移る。今日のために新調したワンピースも、お気に入りのグロスも、選んだ理由はたったひとつだ。女子が可愛くなろうとする理由なんて、たくさんのようでふたつだけだ。ひとつは自分のため。もうひとつは誰かのため。
合皮の安い椅子から腰を浮かせて、仕切り直すように座り直す。すこし目を動かして彼を見ると、ばっちり目が合った。ふわりと髪を揺らすと、彼の指先が私の頬に触れた。男の子らしいざらついた手で包むように私の顔を触って、ゆっくりと、ゆっくりとキスをした。私は目を閉じたまま空いている彼の手のひらをぎゅっと握って、唇を押し付けた。彼の冷たい手のひらに私の体温が移って、じんわりと温まっていく。くちびるが離れるて、もう一度くっつく。頬に触れていた指先が真新しいワンピースの上をなぞって、固くなっている私の身体に触れる。

ティロティロティロン!

「えっ、」
彼が触れていた指先の先が震えて、私は慌てて立ち上がった。電話だ。
「もしもし、春奈?駅まで迎えに来たよ。」
「わあ、ほんと?ありがとう!いま、向かうね。」
私はバックをひったくるように取って、カラオケから駆け出した。靴ではなく、ハンカチを1枚落として。

お読みいただきありがとうございます。あなたの指先一本、一度のスキで救われています。