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[日記]2021年3月27日(土)

 目を覚ましてシャワーを浴びる行為によって、どうにか目を覚まそうとする行為は、日常という行為が程よく循環し円環を描くように思えてから、毎日の日課としている。遅刻が発生することのないように、思索を繰り返すことなく身体に纏わりついた水を拭き取った後に、駆け足で玄関を出ると、記憶は不思議と別の土地へ飛んでいることがある。

 今日の一日の正式なはじまりを吉祥寺に設定して、私は私の記憶を組み替える試みに耽る。「吉祥寺ZINEフェスティバル」の会場である吉祥寺PARCOに着いて、我々が居るべき場所は屋上へ出る通路のすぐ側面、身体をやや左向きに傾けないと認識が為されないような場所でありつつ、逆に思考すれば、身体をやや左向きに傾ければ認識されやすい場所であることに気が付く。風が吹くと如月の寒さが戻り、速い速度で流れる雲の翳りに体感温度は急激に左右される。腕を上下に擦りながら、目線はひたすら眼前の本に注がれ、翳りの遷移に気が付かないほどには、ある意味見境がなくなっていると言えるであろう。

 初めて制作したZINE『ひびをおくる』を販売するにあたっては、一抹の不安が限りなく表面に近い脳裏を過るが、一方で数多の方々へ届けられてひと区切りがつく、或いは区切られた上で再び動き出す「物語」を欲していたのかもしれないと思いながら、執筆中の縮こまった猫背姿の自分を特に意味もなく思い出すのである。郵便受けに鳥野みるめさんからの封書が届くたびに封を開け思索を開始する。否、思索は“届けられながら”始まっていて、その時点での区切りは「章」として残るも、ふたりによって“続けられている”ことは事実である。そう思えば、今この瞬間も私が時間の何処にいようと「物語」は続いていて、その刹那のことを「物語」と認識しているのかもしれない。雨が降る鎌倉を思い、蝉が鳴き荒ぶ東京を思う。見えているようで見えていない景色を私は文章に認めて、みるめさんは写真によって具現化してくれた。しかし、この写真も具現化ではないかもしれなく、ただ眼前の静寂、或いは喧騒に眼を委ねて居るだけなのかもしれないと思いながら、手渡されてゆく『ひびをおくる』を遠くから俯瞰している自分は何処か楽しそうである。

 「吉祥寺ZINEフェスティバル」終了後に立ち寄った居酒屋で、日本酒の飲み比べセットを注文し、並べられた六つのグラスに写された照明は同時に注文した刺身を光らせる。文章によって照らされた影、写真によって浮かび上がらせられた光、いずれも等価に並べることはできずに不均衡な灯火となっていたのだろう。デザインによって配置されたそれらを見ながら、不恰好に思えるはずがないと自身に満ちた眼差しで、本日販売した数量に目を見張る。どのように届けることができたのか、届けた先に何が残るのか。小説を読み終えた時、残る“何か”は重要視しておらず、残る“異質感”に縛られていることを思い出し、今だけは余韻に浸ることで充実感を得ることができればそれ以上何を望むことはないと、いくつかの明晰さに欠けた頭で弱く思考するのである。

 陽光が照って汗ばむ気候は束の間のことである。身体を動かして暖を感じながら、他のブースを周り、気に掛けていた作品を購うことに終始する。『愛おしいもの』(amatoji)、『気になるあの子 VOL.1』(ヤスダリナ)、『かわいいワンカップ手帖 1,2』(40onecup)、『びいるとらべる vol.1』(びいるとらべる)、『ZINE :The sequence of Time』(Hitch7)などを購いながら、自分のブースを遠目に眺めて人の流れを摑むことを試みるも、自らの購買欲に邪魔されて何も分析することはなくなっている。

 一日の締め括りを今更考えるも、冷めやらぬ充実感に侵され未だに人の流れがめまぐるしく立ち現れている。昼間の出来事が続いていると認識すれば、この光景も不思議な光景ではないだろう。一旦止んだ音楽が再び遠くから鳴り出すように、自らの鼓動を急いて進めようとしている身体により活動的な血が巡る。このまま迎える夜明けは、果たして何時の夜が溶け出しているのだろうか。身悶えるだけの快感ではなく、確固たる感触と地続きの快感に、私は囚われ続けるのであろうか。そうであるならば、冷めやらぬままの夜に駆け出す程の体力を身に付ける必要があり、脇目も振ることのない速度で日々を続かせる必要があるように思う。思考の速度は文筆の速度に、比例も反比例もしない。ただ其処に速度があるだけの状態を創り出す契機を今日一日過ごした時間と捉え、より長く身体の内側に留め続けなければならない。三月の終わりに続く日々をこれからも生き続けるために、振り返ることなく進む速度を自らで信頼し「ひびをおくる」ことが、果てしなく続く夜にも彩りを鏤めることになるだろう。あくまでも終わりではなく始まりとして。

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