見出し画像

イヌになりたい。

 おはようございます。こんにちは。こんばんは。明けましておめでとうございます。二度目まして、やよいと言います。正月なので挨拶がバカみたいに長くなってしまいました。前回はVTuberとおしゃべりをしたイベントのレポートを書かせてもらいました。僕は他のオタクがどんなことを感じてるのか、どんなことを考えているのかが見えるのでオタクの書く文章が結構好きなのですが、その中の一つになれたでしょうか?まあ、それは置いておいて。

 2017、2018のVTuber元年ときて、やっぱり2019もVTuber元年でしたね。僕個人的には、一歩進んでVTuberイベント元年だったようにも感じますが。アニメ『バーチャルさんはみている』に始まり、C97で終わる。着実にカルチャーとして根付いているのではないでしょうか。こうなると2020もVTuber元年、2021もVTuber元年……一生VTuber元年って言ってるような気もしますがはたまた。

 前書きはこのくらいにしておいて、本題に入ります。Vのオタクの在り方についてです。僕自身はグッズをたくさん買うわけでもないですし、スパチャを投げるわけでも、ファンアートを書くわけでも、CFを支援するわけでもない、なんならフォローもチャンネル登録もしてなかったりするわけで、決して褒められたオタクではない(こう書くと「褒められるオタク」っていう存在しない概念が出来上がってよくないのですが)ですし、オタクの在り方は100人いれば100通りで、これが正解、なんてものは存在しないのですが、今だけは全部棚に上げて、僕の主観で話をさせてください。

以下はメタな話を含みますので、苦手な方はブラウザバックをお願いします。












 『VTuberは4種類いる』という記事を参照しながら読んでもらえるといいかもしれないので、リンクを貼っておきます。メタ注意。

・4種類のVTuberのオタクについて

 上記の記事ではVTuberを4種類に分類していますが、当然それぞれのタイプにオタクが存在します。簡単のために、ざっくりとキャラクター型宗派とアバター型宗派の二つに分けて考えてみましょう。前者は、魂の話やオフコラボといった現実に干渉する話題NGみたいな感じでしょうか。後者は逆、と考えてください。現状のVのオタクで厄介なのは、この2種類のオタクが同じVTuberのオタクになりうるという点です。それ自体には何ら問題はないのですが、たとえば前者のオタクに、後者のオタクが中の人の話を振ったりするとヒリつきが生じてしまうのは想像に難くないと思います。ヒリつくくらいなら関わるなというのはもっともな意見ですが、推しのリプ欄で、チャット欄で、リストで、といった接触はどうしても避けられません。全部僕の経験談ですけど。
おい、お前に言ってるんだぞ。聞いてるか。
推しマークを付けて中の人にリプを飛ばすな。転生先も同じだ、二度とやるな。
転生に関して最近物議を醸している話題がきっかけですが、それ以前からもしばしば目にしてその度に気分が悪くなってました。本当にやめてほしい。推しマークを付けてなくても。
脱線してしまいました。時を戻そう。結局は、気を遣いましょうという話なんですが、現実世界だと一回は踏み抜かれるか、自分からNGですって先に言うかのどちらかで、(これは僕の主観ですが)どっちもつらいです。NGと言うことも、中の人の存在を含意するためです。VTuberの話題、オフラインだと心底やりにくいですね。そもそもオンラインでも難しいですし、そのせいでフォロー飛ばすハードルが上がりますし、フォローできないとオタク同士のつながりが薄くなって知り合いがいなくなります。キャラクター型VTuberのオタクやるの難易度が高すぎませんか。高すぎて高杉晋作になったわね。(華麗にジョークを潜影蛇手。)
どう考えてもキャラクター型VTuberのオタクがクソ面倒なだけで、配慮を乞食しているだけなので、アバター型VTuberのオタクにとっては知らないよという感じだとは思うんですが、キャラクター型VTuberのオタクはこう思ってるんだということをちょっとだけ気に留めてもらえれば嬉しいです。お気遣い感謝します。(ここは公衆トイレか?)

・転生とその後のオタク

感情が高ぶってちょっとだけ触れましたが、推しが転生した時の振舞い方って結構難しいと思います。便宜上転生前を前世、転生後を来世ということにします。幸いにも(?)、僕は頻繁にリプを送ったり、チャットしたり、ファンアートを書いたりするわけではないので、たとえそういう状況になっても、僕はただの一般オタクでしかありません。ただ、熱心なオタクになると話は変わってくると思います。前世とよく絡んでいたオタクは、ある程度認知をされていると思いますが、来世にその関係を持ち込むかどうか、というのは本当に悩みの種だと思います。たとえば、こちらはいちから始めるとしても、相手は自分のことを多少なりとも知っている(かもしれない)というのはどこか試しているようにも受け取られ得ます。コレです。

かと言って、既に知っているような風に絡んでいくのも気味が悪いです。
「よく知った声で全然知らない方がしゃべっていて怖かった。」と友人が言っていましたが、既知と未知のギャップは不気味に感じます。デジャヴの恐怖感に似てるんですかね。
ついでに来世を追っていくオタクに聞いてみたいんですが、前世では何が好きだったんでしょうか。オタクたちがかわいいと言っていたのは何だったんでしょうか。

この記事が上手くまとまっていたので、読んでみてほしいです。メタ注意。

 言ってしまえば僕の推しでそういった経験がない(なくていい)ので、あくまでもキャラクター型VTuberのオタクとしての意見になってしまうのですが。ただ、自分の推しがそうなった時に、どうするか考えてみれば感情的には理解できます。転生に関して厄介なのは、このようにキャラクター型VTuberのオタクであっても、中の人の存在をうまく利用してしまうケースが多々あるということです。オタクには一貫性がない。僕もそうです。二日前に言ったことと今考えていることが違ったりします。オタクやめたい。

・オタクが全部悪い

そういった、自分の価値観を壊すようなオタクを見ると、基本的には自己防衛のために関わりを持たないように、具体的に言うと推しが被らないように離れていきます。なんなら、VTuber本人まで苦手になります。嫌いになるのはいつもオタクがきっかけ……。またもっと深刻なことはオタクの発言次第で新規層の獲得機会を失ってしまっているということです。現状のVTuber界隈(界隈という言葉はあまり好きではないですが)は、3年目と言ってもまだ発展途上であり、新規参入者なしでは衰退していく一方です。そういう意味で、新規層の獲得機会を損なうのは得策ではありません。オタク、気を遣いませんか。
『VTuberは4種類いる』でもまとめられていましたが、オタク同士の理解が今後の発展のためには必要不可欠だと思います。すごいふわっとした意見ですけど……。
原点に立ち返ってみる、というのはこういう時に有効だと思いますが、そもそもVTuberというのがそれなりに流行っているのはなんででしょうか。この前も「絵畜生」でちょっとだけ話題になりましたが、厳しい言い方をすれば生配信主体の現状は確かに以前のニコ生やツイキャスといった配信コンテンツに、顔のいい男女の絵をかぶせて申し訳程度に動かしているに過ぎません。それが多少なりとも人気を集めているのは、そういった前の文化とは違った良さがあるからではないでしょうか。何かって言われたらわかんないですけど。もしかしてこれが文脈ってやつですか?よくわかってません。ですが、中の人の話だけで成立するコンテンツではないことは確かでしょう。
いや、技術的な視点で見ればアバター型VTuberがこれから主流になっていく方が自然なのかもしれない……。オタクの相互理解が必要としかまとめられない……。

・最後に

 散々愚痴を吐いてきましたけど、それでも楽しいことのほうがまだ多いカルチャーだと思っています。2019も色々ヤなことがあって、2018に戻してくれって叫んでましたが、年末のアレコレでやっぱりこれからの新しい出来事を見ていきたいなあと素直に思いました。今月はホニャライブのライブのチケットがご用意されなかったのでハチャメチャキレ散らかしてますけど。思い出したら2018に戻りたくなってきました。それでも3年目、今年はどんなことが起こるのか結構楽しみです。
とりあえずはVTuberチップス第二弾を楽しみに生きていこうと思います。俺の、推しを、出せよ。

結論もなくだらだらと書いてきた文章でしたが、いかがだったでしょうか。誰か一人でも、VTuberの話をするときに一回よく考えるきっかけが作れていたら幸いです。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。では、またどこかで。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?