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胸キュンフレーズの楽しみ方を考える

アイドルを名乗る、あるいはアイドルとされる人たちがしばしば異性に向けた胸キュンフレーズを放っている。恋愛の文脈に乗っていることが多く、ターゲットの性別を明言しないものからがっつり性別を特定したものまでいろいろある。

この異性に向けた胸キュンフレーズをどう受け止めたらいいのだろうか?

おそらくそんなに重く受け止める必要性はない。お決まりみたいなものだし、好きなようにキャーと言えばいい。キャーと思わなければふむふむと見ていればいいし、not for meだと思えばそっと遠ざかればいい。

なのでこれは「異性限定で話すのは受け手のジェンダー/セクシュアリティに配慮していない!」「アイドルとファンの関係性を恋愛の文脈に押し込めるべきでない!」などのべき論ではない。ただ自分はこれをどう受け取っているのか、どう受け取りたいのかの内省である。

アイドル全般に詳しいわけでもないので、好きな2グループを応援する中での経験を振り返って考えてみたい。

■男性アイドルからの場合

私自身は自分を異性愛者の女性だと思っているので、男性アイドルの胸キュンフレーズの対象として想定されている存在ではある。そのためジェンダー/セクシュアリティの観点で自分の存在が不可視化されているという悲しみはあまりない。

とはいえ「〇〇くんが好き!叶うなら付き合いたい!」という感情はあまりないので、聞くとなんだか痒くなってしまう。キュンとなってキャーというより「フゥ〜! そのためらいのなさがさすがだぜ!」という気持ちで見ている。そういう意味ではセリフのターゲットではないのかもしれない。

振り返ってみると自分はパフォーマンスの勢いを楽しんでいる。身の回りを見てもそういうファンは多いような気がする。どんな形であれ楽しめるのであれば、胸キュンフレーズさまさまである。

ただ、ターゲットを明言する形だと、仮に自分がターゲット内にいたとしてもモヤっとはする。ジェンダー、セクシュアリティ、時には国・地域も。いろんなファンがいるよね……と思う。まあこれは胸キュンフレーズだけでなくあらゆるシーンに言えることだし、そもそもnot for meなものを上手く受け流すスキルを持っているファンは多いだろうし、勝手に気にすることではないだろうけれど。

そのモヤモヤに目をつぶりながら楽しむのもありだが、できればつぶらずにいたい。これはダメだとバツをつけるというよりは素敵だなと思った言い回しを心に残す形で。

■女性アイドルからの場合

前述の通り自分自身は異性愛者の女性だと思っているので、女性アイドルの胸キュンフレーズの対象として想定されている存在ではないだろう。そのため特にターゲットとして異性愛者の男性が明言されている場合、ジェンダー/セクシュアリティの観点で自分の存在が不可視化されているともいえる。

ただあまりそこに悲しみはない。だいたいは「フゥ〜!さすがだぜ!」とパフォーマンスの勢いに拍手する。異性愛者の男性としての人格みたいなものが自分の中にあってキュンと刺さることもある。むむ、それはそれでどうなのか。

ともかく、自分の属性を考えたらターゲットではないと感じるときでも意外とたくましく楽しんでいる。自分ではない誰かとして楽しむごっこ遊び感が強いからこそあまり深く考えずに楽しめているのかもしれない。無責任な話だが。

思えば女性アイドルの現場にいる自分は「概念としてのアイドルファンの男性」の中に溶け込んでいる。1:1のときや一人でアイドルのことを考えているときはそうでもないのに現場に行くとそうなるのは、現場にこそ存在する集団の力なのだろうか。

男性アイドルの現場にもその集団の力はあるだろうから、現場に行く回数を重ねれば胸キュンフレーズのお決まりを上手く楽しめるようになるのかもしれない。

■ 胸キュンフレーズをもっと自由に

「胸キュンフレーズのお決まりを上手く楽しめるようになるのかもしれない」と書いたが、別に無理に楽しもうとしなくていいとは思う。やっぱりなんだかモヤモヤするわ〜と思うのであれば、それはそれとして通過していくのを眺めて、自分がこれだと思った言葉を受け取ればいい派である。

ステージの上で叫ばれた「みんな大好き!」。
遡って見たコンサート映像で聞いた「最後まで、俺が死ぬまでついてきてね」。
誕生日に書き綴られた「一緒に走ろう。すっげえ楽しいとこまで」。

こんな風に自分がこれだと思った言葉を忘れないようにしたい。

散々恋愛系のフレーズは響かないかのように書いたけれど、必ずしもそうではない。一目惚れについて歌った曲の「好きなんだよ! マジで!」や推しがラブソングの前に放った「好きになっちゃうよ♡」は大好き。この気持ちが恋かどうか、私の性自認や性的指向がどうかみたいな話はすっ飛ばしてただただ好き。

フレーズの想定ターゲットであろうとなかろうと恋愛の文脈であろうとなかろうと、胸がキュンないしはギュンとなってしまったら理屈では止められない。そのときめきがどんな種類かは置いておいて「とにかくときめいたの!!」というときがある。

あらゆるときめきを含めて胸キュンなのであれば、胸キュンフレーズは私の想像よりも広い概念といえそうである。胸キュンフレーズなんて異性愛前提の恋愛至上主義っぽくて嫌だわと頑なになるのではなく、もっと自由なものとして考えてみると面白いかもしれない。