見出し画像

ストレンジテトラ ♭12

♭.12 エンドロール

(1)

嫌いなものに目を向けて生きてると
人生はうまくいかなくなる。

"好きこそものの上手なれ"
という言葉があるから逆説的に合ってるハズだ。
身を持って知っている。

24年という人生をなんとか生きてきたけど
"変わってる人"というラベルが付いた人間が
自分の他にも世の中にはたくさんいた。

いつも全身ピンク色の服を着ている人。
用を足した後、お尻を前から拭く人。
お箸の持ち方が変な人。ガムを飲み込む人。
ゴキブリが好きな人。砂糖が嫌いな人。

それらは "普通じゃない" "多数派ではない"
というだけで、排他的な扱いを受けたりすることがある。
中傷や無視にとどまらず
宗教戦争などを鑑みると迫害や殺害にも及ぶ。


一方で、医学的に"変わってる人"もいる。
これはこれで厄介なパターン。

例えば、金属アレルギーの人。
ニッケルに過剰に反応する人は硬貨も触れない。

先端恐怖症、閉所恐怖症。
猫アレルギーなんかもそうだ。
広い解釈だとベジタリアンとかヴィーガンとか
LGBTの人も。
自分の生きられる世界が制限される。
就ける職業の幅も狭まる。

普通じゃない人。普通に生きられない人。
総称として"変人"とか"ヤバい人"とか呼称されて
"異常"とカテゴライズされるんだろう。

自分もその"変人"の1人。
大人と子どもの二重人格、なんかよりももっと厄介でクレイジーな病を抱えていた人間。

4の倍数しか許せない人】だった。

わたしの場合、【強迫性障害】という病の一種。
物の位置や左右の対称性、順序や回数、数字とかにこだわりがあって、それから外れると極度に不安になってしまうものらしい。

原因は大好きだった父の死。
4人だった生活の全てが3人になり
極限に達した不安とストレスによって
わたしの頭は破壊された。

今日に至るまで
わたしの話す言葉の字数は全て4の倍数だった

14歳のとき。
『指が5本なのが気持ち悪い』と言い出して
自分で自分の指を切断しようとした。

大人になった今思い返すと完全にサイコ漫談なのだが「一番使わないのは薬指だろうな」と決心するくらいには当時は本気だった。


そんな私に
『両足も合わせたら20本。4の倍数ですね。』
と言って止めてくれた人がいる。

今思えば、この返答も完全にサイコ漫談なのだが、当時、わたしの奇行は何度もこの人によって阻止された。

決して大袈裟ではなく、今、わたしが生きているのはその人がいてくれたから。と断言できる。

ちゃんとお礼を言いたい。
彼との約束が今日までのわたしの救いだ。


お京の結婚式の後。わたしは1人で式場を後にした。

古い病院の別館。
通っていた精神科の病棟の前で立ち止まる。
午前中で学校を早退した私が毎日こっそり通っていたあの頃のままだ。


お久しぶりです。石ノ森先生。
なんとなく一礼して、小さく息を吸う。
履きなれないパンプスのつま先を見つめる。



(2)

よく木登りした大きな木が無くなっていたり
錆だらけの古かったポストが撤去されていたり
多少の変化はあるけど「変わんないなぁ」と呟く。

建設現場で見るような足場が、病棟を覆うように設置されている。
もしかして、近々解体でもするのだろうか。
だとしたら、寂しい。

大嫌いだった学校を午前中(4限)で抜け出して
幼かった私が向かうは病院の裏口。
毎日このエントランスから忍び込んでいた。
塗装の剥がれた四角いブリキの傘立てが1つ。
私が昔、塗料の一斗缶を拾ってきたものだ。

チャイムを押す前にドアが開いた。
まだなんの準備もできていない心が
呼吸を止めて、卒倒する。

頭の中は大波に飲み込まれて、見事に溺れる。

閉じ込めていた気持ちが洪水のように溢れ出して
ひょこっと顔を覗かせた先生を見ただけで
顔をグシャグシャにして泣いてしまいそうになる。

言葉は出ず、棒立ちで先生を見つめた。

「…あれ?」

指紋で汚れた眼鏡。
懐かしい顔がわたしを見下ろす。

「…まだ10年経ってない気がするんですが。」

陸に上がった魚のように口をパクパクさせる。

「あ……………………………………………ぁ……………はい」

「…え?あぁ、早起きは三文の徳?的なヤツですか。」

声を聞いただけで、喉の奥が燃えるように痺れる。
なんとか、笑う。たくさん瞬きする。

「先生………わたし、その言葉、嫌いなんです。」

透明の鼻水が垂れそうになるのをすする。

「ちゃんと起きれたんですね。鮫川音季さん。」

実体をなぞって確かめるように
ゆっくりとわたしの名前を呼ぶ。

「…はい。お久しぶりです。」

名前を呼ばれたのが嬉しくて
自然と返事を返せる。

「先生。あの、ありがとうございました。」

日頃飼い慣らしたわたしの猫背が
悲鳴を上げそうなくらい深々と頭を下げる。

「……ありがとうございました。」

なにか目印があったほうがいいんだ。

下手くそに生きていく上での
わたしの唯一の道標が今日この日この場所だった。

景色がオレンジ色に染まる。
何度もこの日を夢に見た。
よかった。ちゃんと言えた。よかった。

「先生。ありがとうございました。わたし。あの、
もう大丈夫です。ありがとうございました。」

「会話が成立してないですよ。どうぞ。中へ。」

ケタケタと懐かしい笑い声が頭上から聞こえた。

映りの悪いテレビみたいに頭の中が歪んで消える。
脳ミソも化粧もぐちゃぐちゃになって
わたしは頭を下げたまま 泣いてしまった。


(3)

石ノ森先生。
わたしの通院していた心療内科の精神科医の先生だ。
歳はわたしが中学を卒業するときにたしか50歳。
ということは、現在は還暦が近い。
染めるのを諦めた白髪が、黒髪と陣取りゲームをしているくらいには老けてる。

口調は丁寧で、物腰柔らかな風貌のお医者様。
に見えるが、実際は一番触れちゃいけない地雷の上でタップダンスするような性格の人だ。

古い苔色のソファに座る。
いつもわたしが昼寝していたソファだ。
くたびれたクッションの感覚が懐かしい。

「というか、何ですかその格好は。」

「あぁ、これ、さっきまで結婚式に出席してまして。直で先生に会いに来ました。」

「そんなお呼ばれドレスで精神科に来ないでください。」

たしかに先生の言う通りだ。
今になってこの格好が恥ずかしい。

「風の噂で聞いてますよ。鮫川音季さん、ネットニュースか何かの記者をしてるんですか。」

「職業に関するコラムを連載してます。」

「あの、今更敬語を使わないでください。」

「温かいお茶とか飲みたい。」

「自分で淹れてください。」

ソファから立ち上がり、ちいさな流し台でお茶を淹れる。
急須も9年前のままだ。
お金持ってるんだから買い替えたらいいのに。
茶渋が目立つ。

「鮫川さんあなた、」

背中ごしに先生の声がする。

「何?」

「上手に笑えるようになりましたね。」

「いつ笑ったよ。わたし。」

「ずっとニヤついてますよ。」

「じゃあ上手に笑えてないじゃんね。」


※※※※※

「鮫川音季さん、タイムカプセルって知ってますか。」
9年前。同級生が高校受験でピリついている中
絶賛不登校中だった15歳の私に、先生が聞いた。

義務教育とは馬鹿にできないもので、小学校高学年くらいからあまり学校に行けなくなった私は、言葉も常識も世の中の仕組みもあんまり理解できていなかった。

地球が自転しているから朝と夜が交互に来る、程度の知識は社会人になってから納得したくらいには物事を知らなかった。

「タイムカプセル。知ってます?」

ソファに寝転ぶ私に先生がもう一度問う。

「知らない 7文字は嫌い」

わざと不機嫌そうに答える。
もちろん、4の倍数の字数で。

「思い出の品を容器に入れて埋めておいて、大人になった時に取り出すものです。手紙とか写真とか遊んでたおもちゃとか。お酒なんかも入れます。大人になってから開けたときに懐かしくて嬉しいんですよ。」

「私入れるもの なんにも無いから やだもん」

「貴方がタイムカプセルになるんです。」

「…なにそれ」

「中学校卒業後一切、この病棟への立ち入りを禁止します。一度、今の自分を閉じ込めるんです。10年後に大人になった姿で私に会いに来てください。」


ずっと優しかった先生にいきなり出禁宣告された私は、そんなの嫌だよ、と必死に抗ったけど先生は聞き入れてくれなかった。

「今の貴方を閉じ込めるんです。貴方の大切なものも全て。10年間。閉じ込めるんです。それがタイムカプセルです。」

「私の大切なものを?」

「そうです。お友達も一緒にタイムカプセルになってください。10年間。10年後、元気な姿で会えるのを私はここで楽しみに待ってますから。」

※※※※※

湯呑みで手を温める。

「先生はさ、なんでわたしにタイムカプセルになれって言ったの?」

単刀直入にわたしは聞く。

「私のこと、憎んでます?」

少し間を置いて、先生がわたしを見る

「ううん。そういうのはもう無い。」

「もうってことは、少なからずあったんですね。」

淹れたての熱いお茶を先生が飲み干す。
飲み干してから「アッツッッ!」とか言う。
老人の食道が熱さに無敵説が目の前で立証された。
喉元を過ぎる前から熱いことを忘れてるんだろう。
急須でお茶のおかわりを淹れて、先生がわたしを見る。

「貴方、16歳の誕生日に死ぬつもりだったんじゃないですか。」


(4)

16歳になったら、死ぬつもりだった。
私が初めて設定したゴール。目標。
現実と未来が明るくなかったのもあるけど
一番は、早くお父さんに会いたかった。

小学4年生の時、お父さんが事故で亡くなってから
私の頭はみるみるおかしくなった。

自分がおかしい理由を考えていたら
学校に行けなくなった。

すべての事象が4つじゃないと不安で
それに加えて海を見ると子供に戻ったりして
前例もない病気に頭の中をめちゃくちゃにされて
兎にも角にも、普通に生きられなくなった。

とにかく早く死にたかった。
一日でも早く。お父さんのいるところへ。
私がまた上手に生きられる世界へ。
行きたかった。


死ぬことに対する恐怖は無かった気がする。
いつも腰掛けているテトラポットから飛べば
お父さんと同じように、海で死ねるはずだった。

地獄は20画。天国は12画。
死ぬことって安泰じゃないか。

当時は本気でそんなことを思ってた。
頭のおかしくなった私は
ほんとに本気だった。

「ふと、そんな気がしたんです。あれだけ4の倍数に執着する症状だったんで。4×4で人生を終わらせるのが素敵だとでも思ってるんじゃないかなって。」

「…。」

「死んだらお父さんに会える、とか思ってたんじゃないですか?」

相手は精神科の医師。図星だ。強すぎる。
追い詰められた犯人のように先生の目を見つめる。

湯呑みのお茶を少しだけ口に流す。

「薄々。わかってましたよ。この子死にたがってるな、ってこと。この仕事はね、わかっちゃうんです。潜在的な苦しみとか、心の叫びみたいなのは。全部。特に子どもに対しては。」

「わかってたから、わたしの面倒見てくれてたの?」

「逆ですよ。貴方が死にたがってるのはわかってたけど、何をしてあげたらいいかはわからなかった。苦しんでいるのはわかってるのに、上手に助けてあげられなかったんですよ。そもそも症状が特殊すぎる。手の施しようが無い。無理ゲーです。」

「精神科医も無理ゲーとか言うんだ。」

今度は火傷しないようにふーふーと湯呑みを冷まして、先生がお茶を飲む。

「大好きな父親との別れ、自分でも制御できない思考と2つの人格、他者とのズレ、そして【4】という数字への強欲な憧れ。もうこの子は一生、上手に生きられないだろうって思ってました。」

まだ今も上手には生きれてないよ。
思ったけど、言わなかった。

でも、荒療治だったけど
先生のタイムカプセルは無事に意味を成した。
結果的に1人の少女を、生かしたのだ。
何度も死のうとしたけど、先生との約束がわたしを引き止めた。
生きれば生きるほど、死ねなくなった。
わたしはその約束から9年間
先生に会いたい一心で生きてきた。

「一時は酷かったですよ。症状が。4の倍数の字数でしか話さないし。薬指を切り落とすとか言うし。」

先生が机の一番上の引き出しから、【鮫川音季】と書かれたノートを取り出す。
多分わたしのカルテのようなものなのだろう。

「音楽も嫌いでしたね。音階は7つだから、とか言って。」

「黒鍵も入れたら12音って先生が教えてくれるまではね。」

「土曜日のことも『3角で気持ち悪い』って理由で【ド】って書いてましたね。」

「うん。日月火水木は4角。金は8角。」

「ナナホシテントウの背中にペンで黒丸を1つ…」

「もういいって。」

わたしは恥ずかしくなってノートを取り上げた。
ぱらぱらとページをめくると、丸々1冊、
わたしの症状や行動、言動について書かれている。

「先生これ、出すとこに出したらストーカーかなんかの軽犯罪に引っかかるんじゃないの。」

「なんで私が女児の観察日記つけなきゃならんのです。あなたのお母さんから頼まれてこちとら渋々やってたんですよ。」

「お母さんから?」

「はい。ここに入り浸ってることは一応報告してましたから。そしたらうちの娘をどうかよろしくお願いしますって。いや、うちは学童じゃないんですって断ったんですけどね。昼の休憩で帰ってきたら大体貴方がソファで寝てるから私は昼寝もできなかったし。おやつとか勝手に食べてるし。掃除もゴミ捨てもするわけじゃないのに散らかすし。あぁ…思い出したら段々腹立ってきたな…。」

「ごめん。ごめんて。その節は。ほんとに。」

精神科医なのにアンガーマネジメントどうなってんの?と思ったけど、言ったらほんとに怒られそうだから赤べこの様に頭を下げて謝った。

「そういえばさっきから貴方、4の倍数で話してないですけど、そこは完全に克服したんですね。」

「最近はね、もう大丈夫になってきた。4の倍数じゃなくても我慢できる。出てこなくなったの。もう一人の私が。海を見ても涙を流しても。変な感じ。頭の中が急に独りになったみたい。全クリしたデータが既に1個あるみたいな…」

「最後のはちょっとわかんないですね。」

「これはあくまで推測なんだけどさ、たぶんわたし、自分の人格をもう一つ作ることで、無理矢理【4】に合わせてたんだと思う。」

「どういうことです?」

「繋がってるんだよ。わたしの2つの病状。二重人格と"4"の強迫性障害。」

父親がいなくなって、4人家族が3人になってしまった。空いてしまった席を埋めるために、わたしは2人になった。

いつでも足し引きできる術。
3つを4つに。9つを8つに。
それはわたしが自由にふたりになることだった。


「毎日、海岸のテトラポットに座って海を眺めてたんだ。今日こそは死ぬぞって。そのまま飛び込んで死のうと思ってたんだ。」

「普通」への憧れがあった。
でもその常識は自分には備わっていないものだからそうだとされている事をなぞるしかない。

それすらなぞれもしない自分は、
もう、死ぬしかなかった。

「でも死ねなかった。海を見ると子供に戻っちゃうから。わたしの病気は2つとも、私がわたしを死なせないための仕組みだったんだ。」

よくできた話だ。
わたしは死にたかったのに、私自身がそれをさせてくれなかった。

「誰もわかってくれないって思ってたけど、やっぱり先生は気づいてくれてたんだよね。わたしを生かすためにタイムカプセルになりなさいって、言ってくれたんだよね。」

「先延ばしにしただけです。リミットの16歳まで目前でしたから。あわよくば10年、生きててくれたらいいなって。母親に頼まれた以上、私が死なせたみたいで寝覚めが悪いじゃないですか。貴方は昔から生意気なクソガキでしたけど素直ではありましたから。」

いちいち毒づくなぁ。やっぱり怒ってるのかな。
よくこの毒舌で医者が務まるとたまに感心する。

お茶のおかわりを注ぎにシンクへ向かう。

「まだ死にたいって思ってます?」

精神科医とは思えないド直球の質問。
うーん、とわたしは悩むふりをする。

「私ね。最近嬉しいことがあったんだ。」

「わたしの仕事をね、必要としてくれた人がいたの。なんか、すごく大事にしてくれた。わたしのこと。たった1人。たったの1人だよ。それだけで、生きててよかったなって。思えたの。」

「そうですか。」

「わたしね。わたしが死ぬとき。エンドロールがガーって流れるなら。たくさんの人が載ってほしい。
誰よりも長い、本編より長いエンドロールをね、流すの。わたしに関わってくれた人みんながわたしの人生を大作にしてほしい。だからね、わたし、たくさん出会って、たっくさん仕事して、たくさん生きるの。」

それをこの命の使い方にするよ。
先生のおかげだよ。

ちゃんと目を見て、先生に笑ってみせた。

「しっかり自分と向き合って、本当の自分を取り戻したのは素晴らしい。医療じゃ治せませんからね。」

生きててよかった。
と今、胸を張れることが嬉しい。
やっぱり来てよかった。

「ねぇ先生。今度お医者さんの取材、させてよ。」

よしてください。と先生が苦笑する。

「ネットでみんなが見るんでしょう?
面が割れたら怖いじゃないですか。」

「急に反社みたいなこと言わないでよ。」

ハハハハ、と小さく笑い合う。
モグリじゃあるまいし。ねぇ。
急に先生が黙って真顔でわたしを見る。

「…え?何?…え? 闇医者だったりする?」

「いえ?とんでもない。免許あります。」

何だよ。何なんだよ。さっきの沈黙は。

「また今度にしてください。私への取材は。今日は9年ぶりに元気な姿が見れたので、もう満足しました。また来てください。今日は疲れた。」

急におじいちゃんみたいなことを言う。
全然素直に喜べないけど
また先生に会える約束ができたから良しとする。

それから、と先生が言葉を続ける。

「もう一つ約束。もう、いつ死のうかなんて考えないでください。」

「死ぬのに絶好のタイミングなんて無いんですから。美しく死のうなんて考えないことです。」

「うん。」

「あなたが生きてるだけで嬉しい人が、たくさんいるんですから。」

「先生はわたしが生きてて嬉しい?」

「急にメンヘラみたいなこと言い出しますね。」

「精神科医もメンヘラって言葉使っていいんだ。」

窓の外を見ると、すっかり暗くなっている。
時刻は18時。

「生きて、素敵な大人になってください。」

「わかった。約束する。」

わたしはソファから立ち上がる。

「また必ず会いに来るから。約束ね。その時、精神科医の取材をさせて。わたしの人生のエンドロールには先生の名前、一番おっきく出してあげるから。わたしも先生が生きててくれるのが嬉しいから。」

「約束ですよ。」

ではまた。と片手を上げて先生はそのままゴロンとソファに横になった。

「見送ってくれないの?」

「だってどうせまた来るんでしょ?」

ソファに寝っ転がってスマホをいじり始めた。
信じられない。
こちとら再会の時は涙まで流してやったのに。

「あぁ、そういえば。」

建屋をぐるりと囲う建設足場を指さして
先生は言った。

「どこかの誰かさんが勝手に寄付してくれたお金は施設の改修に使いますから悪しからず。」

「てっきり閉業するのかと思ったよ。」

病院を出て、わたしは歩き出した。
最後まで先生が出てくることを期待していたけど、ほんとに見送りには出てこなかった。
思春期の男子みたいなところが真舟編集長に似ている気がして「男っていくつになってもダサいな」と思う。

また、約束しちゃったな。

次に来る時は、きれいに改装されてるんだろう。
急須も買い替えてたらいいけど。

足取りは軽く。
秋の夕暮れに嬉しくってほっぺが紅らむ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?