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ストレンジテトラ ♭.10

♭.10 千載ニ遇

*※(1)※※
鮫川音季

この世は四角いと思う

絵画
画面
紙面
部屋



切り取る景色はいつだって四角
見える景色  全部全部
4つの点を結んで作られてる


4つあると安心する
私たちは「4つ」が好き

4の倍数が好き
4の約数が好き
4つで割り切れるのが好き
4つきれいに並ぶのが好き

交差点は好き 車も好き
T字路は嫌い 信号も怖い

食パンは好きだけど
サンドイッチになるのは嫌

虹は嫌い
雨は好き 形が好き
雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨

1個足りないのが嫌い
1個余るのも嫌い


私は漢字のノートが好き
4つに区切られた四角いマスが1番好き
そこに私の好きなものを詰め込む
わたしの言葉はぜんぶが4文字

4つあると安心する
わたしたちは「4つ」が好き



(2)

考えごとをしてた。
或いは、夢を見てたのかもしれない。

飛行機の四角い窓から富士山を見下ろしながら
昔のことを思い出してた気がする。

「あのねぇ!ワープなんかできちゃったら航空業界、たまったもんじゃないよそれ。」

「科学の進歩だ近未来だなんだ言って、瞬間移動の1つもできないわけ!?人間は!!」

ジェットとお京の口論で機内が揺れる。

「音季の大切な人がチンピラのせいで死んじゃったのよ!?」

めずらしく声を荒げるお京。
全身全霊で怒りに震えているのがわかる。
見たこともない獣のような目つきに
ジェットが両手を挙げて尻込む。

「帰りも飛行機の手配してくれただけでも充分だよ。愛知に着いたら、警察に行こう。」

わたしが宥めるも、焼け石に水。
お京の怒りの炎は収まらない様子だった。


※※※※

『男の人がわざとぶつかって来たらしくて』

火葬場で野月さんとの別れ際、彼女から聞いたその言葉で確信した。

あの朝の曲がり角の当たり屋だ。(♭.1参照)
岬ばあは、おそらくあの当たり屋に突き飛ばされたのだ。
わたしのせいだ。
わたしがちゃんと、通報していればよかったんだ。

そのことをお京に伝えると、私怨に駆られた殺人犯の様な形相で
「なによそれ…許せない…」と静かに溢した。

お京は歯を食いしばったままわたしの手を取ると

「大丈夫。悪は必ず罰を受けるの。許せない。
絶対にブチのめしてやる…。」

と西の方角を睨んで空港へと歩き出した。

ブチのめす、なんて久しぶりに聞いた。
わたしの知らないお京みたいで、少し怖かった。


(3)

「とりあえず、近くの交番に行こう。」

というジェットの提案もそっちのけで

「私は先に現場に行く。音季、住所を教えて。手がかりがあるはず。二人はあすみと合流して警察に行って。」

と空港に着くと同時に、お京は走り出してしまった。

そんなに都合よく、今日、あの曲がり角に居るとも
限らないし。何より危険な気がする。
わたしとジェットは顔を見合わせた。

彼女の意図することはわかる。
わたしの大切な人の命を奪った男の事が、
許せないんだろう。
お京は昔からそう。
わたしに恩を返そう返そうと必死になる。
いつもわたしに害をなす人から守ってくれた。
悪を許さない強い人なんだ。

子猫のギンを病院に連れていってくれていたあすみちゃんに連絡を取ると、駅近くのイートインで待っているらしい。
事情はともかく、事故現場へ向かうお京の元へ行ってもらって合流することにした。

サウナのような8月の暑熱が大地に染み込む。

「お京、大丈夫かな」

「まぁ気持ちはわかるけどね。京坂氏、特に君のこととなると人が変わっちゃうから。」

火にかけたフライパンのようなアスファルトの上を、わたしたちは急いだ。

駅直結の交番に到着。
扉を開けると、冷房の涼しい風が服の隙間から入り込む。
前髪から汗のしずくが一粒落ちる。
息を整えて、おまわりさんに声をかけようとしたそのとき。
見覚えのある金髪のチャラチャラした若い男と目があった。

「あれあれぇ?誰かと思えば鮫川さんじゃないすか!ヤダな〜!汗だくじゃないっすかぁ(笑)!
もしかしてこっちでも取材?ほんと、勘弁してくださいよ〜!」

一瞬で冷凍庫に入ったみたいに背筋が凍った。

先日の取材の記憶がフラッシュバックする。
紛れもなく、あの占い師が
何故か警官の服を着て、机に頬杖をついていた。



(4)

3ヶ月前に後輩の潮田と取材に行った"ジガリア"という駅地下の占い屋さん。
そこの"TAKESHI"というクソダサネームのチャラチャラした占い師さんが目の前にいる警官だ。
若者を中心に人気のある占者だけど、当の本人は占いや霊的な事象に関しては全く信じていない。
(詳細は♭.4参照)

なんであの能天気占い師がここに…?
というわたしの表情から察したのか

「やだな鮫川さん。おまわりさんはサイドジョブってヤツですよ。サ イ ド ジ ョ ブ。いいでしょ?"占いのできるおまわりさん"」

とドヤ顔で勝手に説明する。

胸元のネームプレートには【五十嵐 武史】と本名が書いてある。
【TAKESHI】なんていうクソダサネームより絶対【五十嵐】を占いネームにした方がいいのに。

五十嵐 武史。韻を踏んでてなんかヤダな。
と失礼なことを思う。

「…おまわりさんって 副業OKなんですか?」

目を合わせずにわたしは尋ねる。

「なに古臭いこといってんすか!副業なんて今の時代当たり前っすよ。二足のわらじってヤツです。」

ナハハと笑う占い師さん改めおまわりさん。
『二足のわらじ』なんて物言いの方が古臭いと思うんだけど。
たしかに今思えば、1回100円の占いでご飯を食べていけるわけないか。。

「お隣さんはお友達ですか?もしかして彼氏さん?」
占い師…いや、今はおまわりさんの五十嵐さんがジェットとわたしを交互に見て冷やかしてくる。

「…わたし恋愛の話しないって 第4話で公言しましたよね?」

「4話ってなんすか?」
五十嵐さんが眉をひそめる。

そんなことより、とジェットが冷静に会話を本題に戻してくれる。

そうだった。お京を追わないと。
息を整え、わたしは五十嵐さんを見る。

「おまわりさん お仕事です。」


(5)

パン屋の前であすみちゃんと合流。
ギンの血反吐で汚れた服は流石に着替えていた。
よそ行きの服だったろうに、申し訳ない。

「ギンは大丈夫だった?」

「うん。やっぱり食中毒だった。お薬飲んだら即効元気!明後日退院よ。迎えに行ってあげてね。」

あすみちゃんから診療明細書を受け取る。
そこには【鮫川ギン ちゃん】と書かれおり、
「別にわたしが飼ってる猫じゃないんだけど…」
と違和感を覚えるも、思わず笑ってしまった。

このパン屋さんからだと、当たり屋が潜んでいる曲がり角はほど近い。
パトカーをパン屋さんの駐車場に停めて、五十嵐さんと共にわたしたちは現場の曲がり角に急いだ。


「あ!あれ。もしかして、?」

曲がり角の数十メートル手前。
ポケットに手を入れたままの目つきの悪い男。
「DESTINY」と刺繍の入った帽子を被っている。

獲物にぶつかる予行練習なのか
はたまた自分のシマのパトロールでもしているのか。
白昼堂々、確かにあの男が現れた。
ここでわたしの大切な人が、あの男によって生命を奪われてしまった。
その事実に動揺する。
岬ばあの優しい横顔をふと思い出してしまい
怒りと怖さで鼓動が速くなる。

「あの男。五十嵐さんあの人です。」

「いや〜。ラッキーガールなんだから鮫川さんは。」

五十嵐さんがへらへらと笑う。
男がこちらに気づいた。
警察の姿に驚いたのか、早足で遠ざかって行く。

追いかけようとしたそのとき。
自販機の影から血走った目のお京が姿を現した。
地面を強く蹴り、風のように素早く間合いを詰めめ、男の懐に入る。
そしてスローモーションの映像のように
ゆっくりと男を一本背負いした。



(6)

投げ飛ばされた当たり屋の男は、受け身も取れず道路にうつ伏せになったまま、お京に馬乗りになって取り押さえられる。

「いってえぇ…!!何すんだよこのクソ女!!」

暴れる当たり屋の男の後頭部を
形振り構わずお京が思いっきり殴った。
男の帽子が飛ぶ。そこにもう一発、鉄槌。

お京がもう一度素手で男を殴りつける。
その一撃で、男は完全に気を失った。
人が人を思いっきり殴るのを久しぶりに見た。
自分の優しい友達が、だけど。

「私は悪い心を持ってる人を絶対に許さない。大切な人に迷惑をかける人を、絶対に許さない!」

自分に暗示をかけるように、お京が泣きながら今度は男の腕を捻って関節技をかけた。
可哀想に、男が痛みで意識を取り戻す。

「お京、もういいよ、やめて。」

わたしが駆け寄ろうとしたその時。 

「誰かと思えば京坂千鶴ちゃんじゃないすか!」

目下の任侠映画の様な光景をガン無視して
のほほんとした声で五十嵐さんが
「千鶴ちゃん」とお京に手を振る。

「五十嵐さん、お京と知り合いなんですか?」

「通ってた関西の警察学校が一緒なんです。
法学部。千鶴ちゃんは俺の1個下。」

名前を呼ばれたお京はこちらを見ると
一瞬、「げ…!」の顔をした。

「五十嵐先輩…、なんでここに…?」

お京の手が緩み、当たり屋の男はその場に倒れ込む。

「警察学校時代から、千鶴ちゃん、めちゃくちゃクソ強だったんすよ。柔道で全国行ったり、公安から何度も表彰されたり。正義感クリーチャーって呼ばれてました。」 

お京、警察学校に行ってたんだ。
あとこの占い師、年上だったのか…。

「え?あぁ、大学生くらいに見えるってよく言われます。スピってる人種って何故か若々しいもんなんすよ。ほら、90近いのに元気な占い師のばあさんとか、いるでしょ?仙人みたいな憲法の達人のジジイとか。職業柄ですよ。魔法みたいなもんっす。」

「スピリチュアルなこと全般嫌いって言ってませんでした?」

「す〜ぐ揚げ足とるんだから鮫川さんは。公務執行妨害で逮捕しますよ。」

へらへらと笑う五十嵐さん。

「千鶴ちゃんはエリート中のエリート。日本最年少の高3で司法試験受かって検察になったバケモンなんすよ。」

「検察!…かぁ。法曹三者とはさすが京坂氏。」

ジェットが感心して頷く。
ホウソウサンシャ?って何だろう。

「法曹三者は、裁判官、検察官、弁護士のことよ。なるのが難しい職業。」

あすみちゃんが説明してくれる。
取材したことのないレアジョブばかり。
お京、いっぱい努力したんだな。
すごいことなんだな、と曖昧に確信した。

「まぁ、少なくとも現場に走って犯人をボコすのは検察の業務外ですけどね。」

五十嵐さんがお京の手首を優しく掴む。

「はいそこまで。千鶴ちゃんもあんまりヒステリックにならないでくださいよ。それくらいにしとかないとチクリますよ。刑事処分くらうの嫌でしょ。」

ガルルルと猛犬のような形相のお京を
当たり屋の男から引っ剥がす。

男は意識はあるものの、焼けたアスファルトの上でミミズみたいにもがいている。
火傷しますよ、と言って五十嵐さんが抱き起こすも、意識朦朧とうなだれる。

わたしは怒りに我を忘れたお京に駆け寄り、
後ろから抱きしめた。

「お京、もう大丈夫。もういいよ。ありがとね。わたしのために怒ってくれて」

彼女は目を真っ赤にして私を見る。
涙を流しながら、悔しそうに歯を食いしばっている。

「こんな奴のせいで、音季の大切な人が死んじゃったの、私、許せない…。この人殺し!」

あれだけ殴ったのに、まだ気が済まないんだ。
きっと自分の過去とわたしの事を重ねてるんだ。

「お京、わたしはもう許す。この人のこと」

赤い目をパチクリとさせて、お京が私を見る。

「わたしはね、もう許す。お京が背負い投げしてくれたからさ、もう気が晴れたよ」

「でも、悪意は消えないの。悪い人間はこれからもずっとずっと誰かを傷つける!困らせる!コイツ等はそういう仕事をしてるの。私のお母さんがされたみたいに!なんにも悪くない人が、害心を抱く人に傷つけられるのが、私、」

お京は拳を握ったまま再び泣き出した。

「お京の言ってることは、正しいと思う。
でも、誰かの正義の為に、誰かが殴られるのって、なんか変だよ。
それじゃあ岬ばあもわたしも、嬉しくない」

お京の両手を握る。
正義と怒りに支配されたその手から、
力が少しずつ抜けていくのがわかった。

「お京はいっつもわたしの味方でいてくれたんだよね。もう大丈夫だから。優しいお京がそんなことしなくていいよ」

お京は涙を止めることなく、わたしと当たり屋の男を交互に見て、なにか言いたげにしゃがみこんだままうめき声をあげて泣いた。

「立場の弱い人を守ってあげられる大人になりたい。検察官になれば、正義の味方になれるの。家族やあなたのこと、守ってあげられると思ってた。違うの?どうしたらいいの?」

鼻の奥がツーンとする。目の縁も。
頭がクラクラする。
胸いっぱいに息を吸い込んで吐き出すと
いつの間にか、私も涙を流していた。


(7)

「ねぇ。当たり屋さんはどうしてこのお仕事をしてるの?」

私は立ち上がって、当たり屋の男の前に立つ。

虚ろな目をなんとか開き、男が私を見る。
私を思い出したのか「あんときの…」
と小さく呟く。

「私ね、今日わかったの。どうして自分がこの仕事をしているのか。職業の記事を書き続ける理由。ついさっき、気付いた」

海を見たわけではないけど
テレビのチャンネルを回すみたいに
頭の中の景色がぐるぐると切り替わる感じがする。
わたしと私が顔を見合わせている。

「わたしは、ね、働いてる人が好き。世の中に無限にある仕事が好き。その人たちの居場所になりたくて、この仕事をしてるんだ。」

きっとそう。

わたしたちの毎日をつくっている色んな仕事を知った。
人と出会って、その人を知れた。

岬ばあに出会って、わたしは私を見つめ直すことができた。
大好きな人が私のことを大切に思ってくれてた。 


「おばあちゃんも私たちも、鮫川さんのお仕事で幸せな気持ちになりました。」

火葬場でのあの子の言葉を思い出す。
いつも隣りにいてくれた岬ばあ。
私はあなたの 居場所になれた。
嬉しくってもっともっと生きていたくなる。

こんな仕事もあるんだ。
こんな人たちが世の中を支えているんだって。
たくさんの人に知ってほしい。
ただ1人でもいい。
誰かのなにかの"+1"になれたら。嬉しい。

わたしは何かを成し得る器の人間じゃない。
そんなわたしの仕事で誰かが変われたら
この上なく幸せなことだ。生きる甲斐だ。

カシャン、と聞いたことのある音がした。
五十嵐さんが男に手錠をかけたのだ。
おまわりさんのマニュアルには【空気を読む】という項目は無いらしい。

「五十嵐さん、それ、手錠…、」

「おまわりさんだって手錠も拳銃も持ってるんすよ。」

「警察官とおまわりさんは同じなのよ。警察の階級の巡査って言葉からお巡りさんって呼ばれてるの。」

初めて見るホンモノの手錠をまじまじと見つめる私に、あすみちゃんが教えてくれる。
そうなんだ。知らなかった。ドキドキする。


「…親父が金を借りた相手が、ヤクザでした。
親父も俺も 逃げられなかった。それだけです。」

当たり屋の男がうなだれたまま口を開いた。

ヤクザという非日常的なワードに、
私は少しだけ怖くなる。

「それからはそいつらの言いなりでした。脅されて、親父も無理矢理、団員に入れられて…」
 
「…密売、人さらい、窃盗、詐欺…。全部やらされました。全部…。」

犯人の独白ってテレビでしか見たことなかった。
ほんとにこの世に存在するんだ。


「親父には昔から迷惑かけっぱなしで。
なんとか助けてあげたくて、そいつらの言うこと聞いてたら、いつの間にか俺まで。両足突っ込んでたんです。」

「懺悔タイムにしてはべらべら喋りますねアンタ。いいんすか?曲がりなりにもヤクザなんでしょ?」

話を遮ってやれやれと五十嵐さんが無線で応援を呼ぶ。

「あ、部長?俺です。五十嵐です。ヤーさん確保です。え?いや、だから!ヤクザの舎弟しょっ引いてるって…いやマジですよ!マジ!はい。今!パン屋んとこの角!」

無線ってそんな昭和の業界人みたいな連絡でいいんだ…、と思うも「よくないからね。」と私の心を読んだお京に訂正される。

「すいませんでした。何度も足を洗おうとしたんですけど、アヤつけられて…」

「アヤって言うのはヤクザの隠語で因縁とか言いがかりって意味よ」

あすみちゃんが小声で教えてくれる。

「金を集めてこいって親父も俺も脅されました。
でもガジるのもヤッパ突きつけてタタキするのも、俺にはできなくて。。」

「ガジるは恐喝、ヤッパは刃物、タタキは強盗って意味。」

「あすみちゃん、詳しいね。ヤクザに。」

「学校の図書室にあったそっち関連の本、ほとんど全部読んだから…。」

そっち関連の本って何…?
と思ったけど詳細は聞くのが怖いから黙ってた。
そっち関連の本って何?とジェットがツッコんだので、キッと睨んで黙らせる。

「まぁ話聞く感じでは、上納金集めの三下ってトコでしょうね。いますよ。悪意なく暴力団に手を染めちゃう人は。悪意無く、運悪く。」

五十嵐さんが男の手錠に紫色の布をかける。
色が派手すぎる、と感じたけど多分これ、占いで使う布だ。最悪だ。このおまわりさん。

「でもよかったですね。鮫川さん。千鶴ちゃん。やったことは勿論許せませんけど、コイツも根っからの"悪"じゃないってことじゃないですか。金借りた相手がヤクザだった。運のツキですよ。」

よかった。とまではいかないけど、確かに少しだけ。気持ちが楽になった。

「じゃあなおさら、わたしは許す。
間違ったことをした人でも、心を入れ替えたらやり直せるよ。きっと。普通の人の暮らしに復帰できないのはなんか可哀想。」

「人が良すぎるよねぇ。鮫川氏は。」

「そうよ。ときちゃんは優しいんだから。感謝しなさい。」

ジェットとあすみちゃんが私の側に立つ。
昔の携帯の電波みたいに、影が3つ並ぶ。

「殺人罪じゃなくて傷害致死罪で済むといいけどね。あとは遺族の方々がどう思うか。ここからは弁護士と私たちの仕事。ほら、立って。」

男の手を取って、「殴ってごめんなさいね」
とお京が言う。
また投げ技と関節技のコンボをかけられると思ったのか男はビクビクしていた。
対して息を整えどこか落ち着いた彼女は
なんだか少しホッとした面持ちだった。

私も当たり屋の男の目をしっかりと見る。
何人も取材をしてきたから目を見ればわかる。
悪い人じゃないって。

「さっきも言ったけど、許すよ。私、あなたのこと許すから。だから将来、その、刑務所?から出られたときはさ、ちゃんとしたお仕事をして、岬ばあに毎日手を合わせてください。お願いします。そしたらたぶん、許されると思うから。」

拙い本音を私は頑張って紡ぐ。
男はボロボロと泣いていた。
反省、というより後悔、なんだろう。
見ていて辛かった。

「すいません…ほんとうに、すいませんでした…」

西の空から照りつける8月の灼熱。
飛行機と動物病院と火葬場と警察と暴力団と。
まさかまさかの連続でみんなクタクタだ。

こうして9年ぶりの我らの再会珍道中は
今度こそ無事に幕を閉じたのだった。


(8)

「いやぁ、それにしてもあんな一本背負い、ストファイⅡの嘉納亮子ぶりに見たよ。さすが京坂氏。」

「何言ってるのジェット君。あれは大外刈よ。腰に乗せないで低く巻き込むの。背負い投げよりスキが少なくて力も使わないから、華奢なお京でも十分パワーがあったよね。それよりあの固め技よ!」

「武道はある程度、子供のときに習ってたのよ。
投げ技は体格差がある方が効果的って教わったんだけど、あんなに綺麗に技が入るとは思わなかった。ちょっと恥ずかしい。」

「投げキャラはリーチ短いからムズいけど、コマンド投げは練習したっすもんね〜。真空一本背負いとか。懐かし〜。」


…なんでみんなそんなに投げ技に詳しいの?
わたしだけかな。投げ技ウンチクがないの。

今は交番のエントランス。
岬ばあと当たり屋の事故の事情聴取に協力していたら時刻は19時。
五十嵐さんはこれから、おまわりさんの制服を脱ぎ占い師の衣装で駅の地下へ向かうらしい。
「こんな日も行くんですか?」と聞くと
「本業なんで」と返ってきて呆れた。


「そいえば鮫川さん。どうでした?あの後。ありました?運命の出会い。」

「皆無ですよ。自信喪失、意気消沈、自暴自棄。
屠畜場で失神して大切な人が亡くなって猫が死にかけて暴力団と対峙して。5話らへんから散々です。」

「5話ってなんすか?」

五十嵐さんが眉をひそめる。

その場にいた全員が黙ってわたしを見た。

…。

「運命の出会いって?」

沈黙を破ったお京の問いに、わたしは五十嵐さんのタロット占いの話をした。
仕事柄、人との出会いはあるけど、そんな運命的と呼べるほどの出会いは最近は無いような気がするけど。

「じゃあもしかして鮫川さんの運命の出会いって…」

辺りをキョロキョロと見渡したあとに五十嵐さんがゆっくりと自分を指さして微笑んだ。

パキポキッと人差し指の何かが折れる心地の良い音が鳴る。

「い……ってぇえ!!!!!何するんすか!」

「次、音季にちょっかいかけたら指全部折りますよ先輩。」

「ちょっと!!指は野球選手と占い師の商売道具でしょ!!痛ぇ〜…」

「野球選手は肩じゃないの?」

とジェットの援護射撃。

「いいでしょ!指でも肩でも!一瞬意識トんだっすよ!ショック死でもしたらどうするんすか!」

「私の旦那、葬祭関係で仕事してますので。何かあったらうちで面倒見てあげます。五十嵐先輩。」

「それ脅迫罪ですよ…。威力業務妨害罪だわ…これ。
鮫川さん、いい友人に恵まれましたね…」

手をぷらぷらしながら五十嵐さんが皮肉たっぷりにわたしを見る。

「うん。ほんとに。」

わたしの隣には笑い声が3つ。
子供みたいに微笑みを返す。
わたしの分も足して、全部で4つ。
4人でいっしょに、歩きだした。
わたしは4人がすき。


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