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【サンプル】ひとめぼれリトルシュガー


2023.01.15 文学フリマ京都7 新刊
「ひとめぼれリトルシュガー」サンプル
 
一人の少女に出会ってしまった人々の話をまとめた短編集。



【販売場所】

*透子のBOOTH



「夏の中の少女」


 夏の終わりにあの子は消えた。
 久しぶりに会えると心を躍らせながら歩いていた通学路の私を思い返すと、今朝食べた朝食が胃の中を暴れまわって、せり上がってきそうになる。現実を見ても尚わくわくするのなら、それはきっと異常だ。



「共存」


「そういえばあのことはどうなったんだい」
 若干息を切らしながら言うお前の方に目をやれば、腕を止めてスコップの柄に顎を乗せて休んでいた。悪態を付こうとして喉で止まる、そんなことを言っている暇があったらさっさと終わらせてしまった方がいい。
「あのこってだれ」「黒髪の子」「あこ?」「ちがう。背の低い子」「りんか」「ちがう。ふわふわした子」「みのり」「ちがうなあ。この間映画見に行った子」「あこだよ」
 あれ、そうだったっけ? と首を傾げる呑気な奴は放って、土をすくっていく。辺りが明るくなるまでに、山積みになった土を平らにしなければならないのに。既にライトが無くても顔を認識することができる。時間は一刻も無駄にできないわけだ。
 額から流れる汗を拭い、僕は作業を続ける。日中から人の通りが少ないと言っても、こんなところに長居はしたくない。
「あこちゃんとはどうだったの」少し高い位置から声が降る。「第一印象は眼鏡の子」
「別にどうともないよ。普通に映画見に行っただけ」
「プラネタリウムはどうだった? 好評だっただろう」
「楽しんではもらえた。でも相手の方が詳しすぎた。天文学を専攻している女の子と行くのは止めておいた方がいい」
「キラキラした顔で色々話してくれる女の子は好きじゃないってか」
「無知なのがばれるだけだった」
「プライド高いねえ。モテないよ」
「お前よりはモテてる」
「そりゃごもっとも。女の子の数はお前の方が断然だね」
「まるで他が劣っていると言いたげだな」
「よく分かったね。本気にさせた女の数は俺の方が上だ。それに、一人の女の子と長続きした数。これは圧倒的だね」
「そりゃそうかい」
「お前には悪いけど、先に結婚するのは俺だと思う、性格的にね。何でも受け止められるような寛大な心が俺にはあるからさ」
「おい」
 僕が溜めていた息を大きく吐き出すと、お前は口をつぐむ。見てみれば、どちらかと言うと拗ねて唇を尖らせているようだった。
「いい加減手伝えよ、お前が殺した女だろ」
 寛大な心を持つ奴が、どう間違えたら女の首を絞めるんだ。しかも、こんな子ども。十歳ほどの少女が今、土の下にいる。



「向日葵」


 天使を埋めているんだ。
 背中を向けてしゃがみ込む彼は、砂の山を作っている。近くに置かれた木の板に目を落とせば、「唄羽」と書かれていた。唄羽なんて生徒がこの学校にいただろうかと頭を回すが、ピンと出てくる人はいなかった。そもそも彼と話している女生徒なんて見たことがない、──いやいや、待て。彼は今、何と言った?
 ──天使を、埋めている?
「は?」
 呆気ない声が思ったより大きく出てしまい、遅いと分かっていても口元に手をやる。
「どういうこと?」
 妹のことが可愛くて、天使と言っている人は見かけるので、そのことを言っているのだろうか。そんな考えが頭をよぎるが、彼はたしか一人っ子だ。じゃあ、飼っていたペットだろうか、いや、学校に埋めるなら学校で飼っていたウサギとかの方が可能性はあるかもしれない。……学校でウサギは飼われていないので、これも無しだ。
 だったら、彼は何を天使だと言っているんだろう。
「天使って、唄羽っていう名前なの?」
「そうだよ」作った山の頂を二回叩いた後、彼は膝に手を付いて立ち上がる。
「先週だったかな。そこの道を歩いていたところを見つけたんだ。お腹が空いているみたいだったからポケットにあったりんごの飴をあげたんだけど、食べた瞬間に倒れちゃって。死んじゃった。多分、人間界の食べ物が体に悪かったんだろうね。とりあえずここの隅に隠していたんだけど、ずっとそのままにするわけも行かないから、埋めることにしたんだ。名前は、胸につけていた名札を見て知った」
 彼は少し微笑み、問うてくる。
「ねえ、天使の再生方法って知ってる?」
「知らない」
 そもそも、天使が本当に存在するのかも微妙だ。
「天使と一緒に、向日葵の種も埋めるんだ。そうしたら、天使の魂が向日葵に移って咲くらしい。ただ、毎日水をあげないと枯れちゃうし、花が咲くまで普通のひまわりの三倍かかる。そうして手間をかけて咲いた向日葵は枯れることがない。そこから更に半年毎日水をあげ続ければ、ある日天使になって現れるんだって」



「赤と青」


 小学生の頃、君と空にカメラを向けて走り回っていた夏があった。
 その年は八月から曇り空が続いていて、ぱっとしない天気の日に青空を探しに行ったのはもういい思い出だ。クラスで一番五十メートル走が早い君の後ろを付いて行くのは僕には辛くて、その時は息を切らして「待ってよお」と涙を浮かべていた。君の後ろ姿がぼやけて、どんどんと小さくなっていくのだけは確かで、ぼんやりとした頭を膝に埋めていると、頭にぽんと手を乗せられる。
「だいじょうぶ?」
 覚束ない言葉遣いが降ってくる。覚えたての言葉を話す少女は、白玉の頬を少し膨らませて、
「おねえちゃんはすぐにユキくんをおいていっちゃうから、唄羽がしかっておきます!」
と、丸々した目をぐっと見開いて言う。
「唄羽はユキくんをおいて行かないので、ゆっくり行きましょ」
 僕と同じ目線になるように屈み、頭を撫でてくれる。小さな手は柔らかくてふわふわしている。まるで入道雲みたい。目の前で輝く瞳は太陽だろうか。ぼうっと少女を見つめる。少女は目が合うたびに首を傾げたり、柔らかく笑ったりする。桃色の唇から覗く白い歯は、まだ小さい。
 この少女がいれば、曇り空で埋まるあの夏も、青く染まる。ただ一人、君だけが赤かった。



「天使の言葉」


「お兄ちゃん、いつになったら迎えに来てくれるの?」
 十年前の姿の少女はそう言った。その瞬間に心臓が跳ね上がり、上半身を起こして僕は目覚めた。最悪の目覚めだ。もう、何回目かもわからない。大きくため息を吐き、手で顔を覆う。
首から上はぼんやりとしていて見えないものの、僕に微笑みかけているのだろうというのは分かる。
 あの時と同じだ。天使のような笑みで話しかけてくれた。あの時は光だった。眩しくて目を開けられなかった。そのせいだろうか、何度も夢に出てくる少女の顔は、逆光で見えない。
 子供じみた遊びだった。あの子がお母さん役で、僕がお父さん役。朝早く起きて作ってくれたという設定の泥団子を持って出勤し、帰ってきたらすり潰した葉を溶かしたみそ汁が食卓に並ぶ。二人しかいないから、「子供がいなくて寂しいね」と言うと、「あなたがいてくれたら、それで満足ですよ」と微笑みかけてくれる。今日の仕事の話や、昼ごはんが美味しかった話、時にはありもしない昔話に花を咲かせた。
「はじめてデートした日は、雨がふっていましたね」「二人とも傘を持っていなかったから、近くの水族館に遊びに行ったんだよね。すごく人が多かった」「ゆっくり魚を見られなかったけど、いっしょに見たクラゲはとてもきれいだったわ。ほらこれ、そのときに買ってくれたクラゲのぬいぐるみ」「随分前のものだから、黄ばんできているね。また買ってあげるよ」「いいのよ、これで。でも、またいっしょに水族館にいきたいわ」
 僕よりもいくつも年下なのに、不思議と会話は弾んでいた。きっと夫婦はこんな会話をしているんだろうなと、あの子と会話をしているとそう思った。



「蝶の羽」


 おにいさんが王子さまになったら、迎えに来てください。
 公園で遊ぶ子供を目にするたびに、その言葉と共に少女を思い出す。可愛らしい衣装で身を包んだ少女は、この公園にいるには不釣り合いのように見えた。綺麗に結われた髪や少し色づいた唇を見れば、どこかで開催されていた発表会にでも参加した帰りなのだろうかと思わされる。
 そうだとしても、あんな暗い時間に一人で歩いているのは不自然だった。空っぽの財布を何度も見直しながら、今夜の夕飯を考える僕の前を通り過ぎた少女を目で追う。
「待って」
 そう声を掛けると、少女はぴたりと足を止めて振り返る。可愛らしい笑みを浮かべると、小首を傾げる。
「こんばんは。何か御用ですか?」
 くさりと刺さった矢を抜き、きっと緩んでいるだろう頬に力を込める。幼いころに結婚の約束を交わした同級生を思い出しつつ、言葉を絞り出す。
「お父さんとお母さんは? 子供がこんな時間に一人で歩いているのは危ないよ」
 できる限り冷静を装って言う。子供相手にこんなものが必要なのかと考えたが、案外子供も人の顔を見ているということを思い出す。
 少女もやはり子供で、僕の顔をじっと見てから、ふふ、と笑った。
「大丈夫です。もう一人で帰れますから。おねえちゃんとも、そういう約束をしました」
 そう言って少女は道の先を指差して、「あの灯りの下で待ち合わせなんです」と、教えてくれた。そちらに目を向ければ、一つの大きな街灯がこつこつと辺りを照らしていた。その下には公園の象徴である石碑が建てられており、待ち合わせによく使われる。学生の頃に僕も使ったことがあるが、最近は誰かと遊びに行くこともないので、僕の中では風化した存在だ。
 今はそこに誰もいない。時間を確認すると、長針は一を差していた。
「まだ来ていないね」
 少女は頬に指を置く。
 しばらく考えた後、「きっともうすぐ来てくれます」と、強く言った。
 
 口をついて出た言葉、──おねえちゃんが来るまで、ここに座っていなよ。
 
 どうしてそんなことを言ったのかは分からなかった。気づいたときには、口から出た言葉を耳で聞きとり、脳でその意味を理解していた。理解した時には遅かった。考えると同時に口にしてしまったようだ。考えるよりも体が動いてしまう人は、いつだってこんな風なのだろうか。
 慌てて手を振る。
「いや、やっぱり」
 なんでもない、と言いかけたとき、少女の表情が目に入った。少し驚いたような表情と共に、何かを見つけたようにじっと僕を見つめている。ここで動揺しては焦る気持ちを見透かされてしまうような気がして、ぐっと言葉を飲み込んだ。
 ゆっくりと少女の口が開く。
「おにいさんは、私の王子さまですか?」



「海にひとひら」


 父の車のラジオから流れていたノイズを思い出す。
 配線のつながりが悪いのか、それはほぼほぼラジオとしての役目を果たしておらず、砂利道を走って車体が大きく揺れたときにノイズが大きくなるくらいが楽しみだった。おそらくパーソナリティがニュースを読んでいたのだろうけれど、性別さえも分からせてくれないラジオは、堅苦しい時事よりも面白いバラエティが好きなのかもしれない。
 家を出た時よりも暗くなった辺りに、目が慣れるのにはもう少し時間が掛かりそうだ。目の前の海はぼんやりとしており、おかげで、とうに廃車となった父の車を思い出すことができた。
 水平線に沈んだ太陽の名残りが、まだ空に光を残している。夜が強くなってきた時間の空は、一言では言い表せない表情をしていた。十分後にはまた色が変わってしまうことに、時間の流れを感じられる。時計も何も持ってこずに来てしまった砂浜には、僕一人しかいない。
 平日の夜にわざわざ海に来る人はいないのだろう。明日が休みならまだしも、真冬の海に人が来るなんて、海でさえ驚いているかもしれない。砂浜だって、こんな時期に踏まれるとはと思いながら僕の足跡を作っている可能性がある。
 記憶にある砂浜は夏の熱を吸い込んでいて、いまのように悠々と裸足で歩くことができないほどだった。最後に海に来たのはもう何年も前だから、そんな記憶も想像でしかないのかもしれない。
 風と共に顔を打つ潮に、ここが海であると感じられる。本当に、海に来たのだ。
 海と空の境目は、藍色の線が引かれたように区切られている。しかし、既に闇に落ちた方向へ視線をずらせば、どこまでが空でどこまでが海なのか分からなくなってしまった。いずれ一面が同じ色に染まり、果てしない藍があの向こうで待つようになるのだろうか。その時まで待つのもいいかもしれない。
 ええっと、どうして海に来たんだっけ……──。
 ここに来るまでの記憶を忘れてしまうくらい、ここでは今に目を向けることができる。だから、ここに来た理由を忘れてしまっていた。でも、思い出す必要もない気がする。
 懐かしいノイズに似た波の音。それに吸い寄せられるように歩みを進めれば、突然足を纏う冷たさを感じた。触れては離れ、触れては離れを繰り返す足に視線を落とすと、靴下を履いたままの黒い足が視界に入る。砂の付いた靴下は白くなるが、波が押し寄せると少し元の色を取り戻す。しかし、海水にまみれた靴下を乾かせば、塩が浮かんで余計に白くなるのではないだろうか。それも、きにしなくていいことなのだろう。
 そのまま、ゆっくりと歩みを進める。しわだらけのズボンが水に沈めば、それも気にならなくなるはずだ……──。
「あ!」
 誰もいないはずの砂浜で聞こえたのは、高い声だった。きらきら星が似合いそうな声の持ち主は、一体どこで僕のことを見ているのだろうか。僕のことを迎えに来たのであれば、きっとその人物は海の中に居るのだろう──。
「ねえ、ねえ!」
 構わず歩みを進めたが、それを止めるように星は言った。よくよく耳をすませてみれば、星は僕の後ろにいて、ずっと僕に声を掛けていたようだ。日の落ち切った砂浜では輝くことができないのか、星はただただ黒い人影をしているだけだった。
 それは星ではなかった、人だった。それも、子供という言葉が似合うほど、小さかった。その少女は服の裾を持ち上げて僕に近づいてくる。そうしてようやく、少女の顔を少し認識することができた。



「ニナの報告書」


 ──データナンバー七十、ナオの自己成長は失敗。
 深夜二時を指す時計の秒針は音を立てず、誰にも知られないように時間を経過させる。おかげで、気づかないうちに何時間も時間が溶けていることなんてザラだ。今日だって、日付が変わるまでにはパソコンの電源を落とすはずだったのに、ナオのことばかりが脳裏を過ぎって、報告書を書く気になれなかった。
 何度も延期されてようやく行われたナオの自己成長は、ナオの体が持たずに機能を停止してしまったことで終了した。今回こそはと念入りに準備をしてきただけあって、ナオを失ったことは大きな痛手だ。不良は何も見つからず、食事も一日三食、栄養を十分考慮したものを与えた。学習能力にも問題なし。周りとのコミュニケーションも不自由なく行えていた。体に異常もなく、至って健康。規則正しい生活を行わせた。
 誰もが成功すると思っていた。これで、他の子供たちが救われると。
「異常はなかったはず、なのに、どうして……」
 静かな部屋に、ひとりごとが大きく響く。繰り返しても答えは返ってこない。その答えは、私たちが出さなければならないものだから。
 順調だったナオに異変が起きたのは、あらかた自己成長が済んだころ。これは成功だと皆が顔を見合わせたころ、突然、ナオは暴走した。まるで何かにとりつかれたかのように叫び声をあげるナオは、いつもの柔らかい表情からは想像もできないほど痛みに苦しんでいたようだった。途端にデータ計は破損、すぐに中止してナオの保護にあたったが、押さえつけたのちナオは動かなくなってしまった。ナオを捕獲する際に三名の研究員が死亡、十二名の研究員が負傷した。
 声にならない叫び声は研究所全棟に届いていたようで、一時騒然とした。他の子供たちが不安げに眉をひそめて、泣き出すものもいた。大人でさえ動くことができなくなるほどだったのだから、そうなってしまうのも仕方が無い。子供たちには数日のケアが必要になる。
 何度も漏れだすため息を噛み殺し、キーボードをたたく。
報告書を書くということは、ナオのことを思い出すということだ。どうしても、指が止まってしまう。
「まだ、書いているんですか」
 背後からの聞き慣れた声、振り返らずとも誰か分かってしまう。
「書く、っていうか、全然進んでないですね。真っ白の報告書を出すつもりですか」
「今書いているのよ」
「さっきから全然進んでいないように見えますけど」
 ずっと見ていたの、という言葉は飲み込み、顔を上げる。隣に腰掛けた彼は、机に缶コーヒーを置いた。
「少し休んだらどうですか。書けないものを無理に書こうとしても無理でしょう」
「無理じゃないの、書かなくちゃいけないのよ」
「だったら、一度休んだ方が良い。切り替えって大切なんですよ」
 ほら、そう言って缶コーヒーのプルタブを起こすと、私に差し出してくる。無視して画面を睨みつけていると、目の前にぐっと持ってこられ、画面が見えなくなってしまった。
 仕方なく受け取り一口含んでいる間に、パソコンをぱたりと閉じられてしまう。
「はい、今日はもうおしまい。報告書は急ぎじゃないんでね」
「……どうして、失敗したんだと思う?」



「とんたった」


 子供の歌が聞こえる。幼い頃に何度も聞いた歌の歌詞は曖昧で、ところどころみんなに合わせたノリで歌っていることがあった。当時は歌の意味なんて考えたことはなく、自分が楽しければそれで良かった。
 赤い靴を履いていた女の子は、誰に連れていかれたんだっけ……。
 異人だったか貴婦人だったか。聞きなれない文字の並びをする何者かが連れていってしまうんだよ、といたずらげに笑った姉を思い出す。しかし、その顔はもうぼんやりとしている。誰も知らぬ場所で大きくなっているのであれば、きっと姉はもう見知らぬ人になっているだろう。顔が思い出せないのは、そういうことだと思った。そう思うことにした。
 先程まで聞こえていた歌は聞こえなくなった。うつらうつらとしていた瞼をゆっくりと開けると、まだ青い空が目を覆う。家を出てから三時間、まだ日は落ちない。そろそろ吐く息が見えなくなってきたが、体に堪える冷たさは増しているような気がする。最低限まで冷えきってしまえば多少は楽なのかもしれないが、手を擦ることを止められない。芯まで冷えた耳はきっと赤くなっていることだろう。
 平日の昼間にこんなところにいるのを誰かに見られれば、声をかけられるかもしれないな、と思いつつ、今が冬であることを思い出す。着込んだ上着が学生であることを隠し、防寒のためにとつけているマスクが童顔を覆う。どれだけ着込んでも寒さだけは完全に防いでくれないから、そこだけが難点だ。
「ねえねえ、おにいさん」
 背後から声が聞こえる。公園には誰もいないと思い、鼻唄を歌おうかと思っていたところだったから、変な声が出てしまった。
 ふふ、と笑う声は上品だった。
 呼ばれた声とのギャップを感じつつ、ゆっくりと振り返る。
「おにいさん、今日はとっても寒いですね」
 少し嬉しそうに言うその少女は、ベンチの背中に乗せていた手を軽く叩いてから、僕の隣へ回ってきた。




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