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【サンプル】Conte Bleu 西の砂浜の町


2024.01.14 文学フリマ京都8 新刊サンプル
「Conte Bleu 西の砂浜の町」


 本作品の紹介

 とある国に存在する砂浜周辺には、ぽつりぽつりと住宅が残っている。昔に比べると静かになった町を訪れたのは、その国で生まれた小説家。彼女は母国を巡り、訪れた場所の美しさや逸話を綴った旅雑誌を書き上げた。それがConte Bleu。とある国は、現実には存在しない架空国家である。



【販売場所】

*2024年1月14日開催 文学フリマ京都8 


*2024年1月15日~  透子のBOOTH「於透屋」




【サンプル】


 美しい星の砂を取ることができると聞いた私が向かったのは、西に存在する名のない町だ。

 電車を乗り継いだ後、古びたバス停を頼りに歩いていく。既にバスは廃線になり、その名残がゆっくりと朽ちていくのを見ていることしかできない。そんな哀愁を感じられる場所で、その人物の名前を聞いた。

 夏藤 なほ

 どうやら話を聞けば、昔この辺りにいた一人の若い女性のことらしい。

 名前からするに東洋人であることは確かで、しかし、正確な出身地はご老人も知らないとのこと。なにせ、彼女はこの美しい砂浜から生まれてきたのだから。彼らと同じ言語で話し、同じ海を見てきた。名前の通り容姿も東洋人らしかったが、透明感のある青を感じられる髪色は、彼らと同じだったらしい。

「可愛らしい子でしたよ。この辺りは年寄りばかりだから若い子がいると孫のように思えて甘やかしてしまう。街へ行った孫に会えない爺さん婆さんばかりだから、なほちゃんがいてくれて本当に助かったよ。天使のような子だった」

 思い出を見つめるように話してくれたのは、この町でカフェを開いて二十五年のご老人。青い海に惹かれて移住し、長らく町の憩い場として栄えたカフェには空いた椅子が並べられている。

「名前を呼べばすぐに駆け寄って来てくれてね。肩を揉んでくれたり荷物を持ってくれたり、気の利く子だったよ。なほちゃんの声を聞くだけで疲れが吹っ飛ぶんだ、誇張なんてするもんか」




 カフェから海を眺めていると、一人の青年の姿を認めた。この街にいる唯一の若者だと言う。私は青年に連れられ、アルメリアの咲く海岸に辿り着いた。
 小さなかんざしのような花が岩場の隙間から顔を覗かせる。一面に広がる花畑は、海に浮かぶ赤紫色の大きな花のように見えた。
 
 最近ヴィルニーシェルの花屋に並ぶようになったアルメリアは、ここの花だと言う。海と同じくらい目を惹く鮮やかさは、夏になれば力強さが増すと青年は教えてくれた。

「この町にはもう子供がいないんだ。僕も祝う側になってしまった」
 アルメリアの花を摘む青年は、この先にあるフランの丘を管理している。
 昔はあまり咲いていなかったアルメリアの花をここまで育てたのは、他の誰でもない彼。祖父が作ったフランの丘を受け継いだ青年は、ここで1人花を守っている。

「僕はずっとこの町の人たちと海と、たくさんの花に育てられてきた。だから、ずっと昔からあるこの場所を残したいと思っているんだ」
 カフェのご老人が、彼のことを嬉しそうに教えてくれた理由が分かった気がする。




 昔この辺りで発見された人魚の名前がセリナだったことから、“海の赤子”の意味を持つ。この名前をつけるといつか海に還ってしまうかもしれない、という先入観がこの国の民にはあるのだ。そのため、あまりつけられることの無いその名前は珍しいのだが、その由来故に美しくも感じられる。青の交じった黒髪は、光を受けると透明感が生まれる。老人らも白髪が交じることなく綺麗な髪をしている。まるで海の色を宿しているような髪色は、この町の人の特徴だ。潮風を受けても痛まない髪は遺伝。

 セリナという名前同様、青は海を連想させるため、昔は疎まれていた。青い瞳の捨て子が増えたこともあったが、現在その考えは払拭されている。

「青い瞳を嫌悪していたのは、それがあまりにも私たちに馴染みない美しいものだったからだ」と説いた哲学者の言葉が、青の印象を大きく変えたのだ。それでも、青の映える海を持つ西の砂浜の町に、人が訪れることは無い。訪れにくい立地なのが一番の理由だ。他の町から離れているからこそこの美しさが保たれているのだろう。




 青年は秘めた想いを教えてくれた。幼い頃から共に過ごしてきた同年代の女の子に、その想いの形はどうであれ、まず嫌いになることは無いだろう。幼心で抱くかけがえのない想いは、この地で静かに咲いていた。

 ご老人からの話を含めれば、夏藤なほの人物像は簡単に掴むことができた。きっとこの地では咲かない向日葵のような子だったのだろう。彼はずっと、打ち寄せる波に目を向けながら話していた。

「女の子がたくさんいても、彼女のことを好きになっていたよ。なほから目が離せなくなることは何度もあった。大袈裟に言ってるわけじゃない、本当に、惹きつけられるんだ。なほに会えば僕の言っていることが分かるよ」




 今も町の人々の心に残り続ける夏藤なほは、どのような人物で、どのような人生を送ってきたのか。話を聞いた私はそれらを残さなければならないと感じた。青年セリナから許可を頂き、彼から聞いた彼女の姿をここに残す。




 つづきは商品にてお楽しみください。


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