【小説】白む世界と鮮やかな記憶
前話
「イオリ、約束をしようか」
先日湖に落ちたことをからかっている時、突然彼女はそう言い放った。秋の香りを感じてしまいそうな木々を揺らす風もその時だけはぴたりと止まって、彼女の言葉をはっきりと聞きとらせた。
笑みは無かった。指を顎に沿えた横顔の輪郭は美しい。彼女はこちらを向いていなかった。輪郭を明るく縁取る夕日を見つめる瞳は、その色を移して橙色を宿している。
しばらく何かを考えるように夕日を見つめた彼女がゆっくりとこちらに視線を向ける。
「私はもうすぐ月に帰る」