素人の罪作りー高校入試の作文検査について

                                                                                               2021年4月12日
1 はじめに
 前回の文章「『意見は役人が言うものです』ー外国出身の子どもが学力を身につけるには」で、外国出身の児童生徒を指導する人達は、「学力観」の違いを知る必要があると述べた。これを知らない人達が、入試についてのアドバイス等を行うと、より深刻な事態を引き起こす。善意で行っていることでも罪作りな結果になる場合がある。今回は、このことを「学力観の違い」と「入試における作文検査」との関係の中で述べることとする。
 公立高校の入試制度は、都道府県によって異なる。外国出身の生徒に対する配慮の方法も自治体により異なるが、「外国人のための特別選抜」を実施している自治体がある。その検査の内容は、教科の数を減らして英語や数学の学力検査を実施しているところもあれば、教科の検査を実施せず、作文と面接などで選抜しているところもある。

2 作文と面接だけだから「受検しやすい」???
 外国出身の児童生徒を支援するボランティア団体などが主催する高校進学のための説明会やガイダンス等が各地で開かれるが、作文などで選抜する地域の説明会等では次のような説明を見かける。
 それは、「『外国人特別選抜』は作文と面接だけなので外国人が受検しやすい」と紹介しているものである。本当にそうだろうかと私は強い疑問を感じる。
 前回の文章で、国税庁が主催する中学生の「税についての作文」を、「大量に暗記できる力」を「学力」と考えている国の出身者はなかなか書けないと述べた。(以下、便宜的に「暗記学習の国」と述べる)
 「暗記学習の国」では、作文に対する評価も日本とは異なるようで、高い評価を受ける作文は、次のようなものだそうである。
 まず、修飾語がたくさん付いた文を書くこと。例えば、「母」についてならば、「春風のように優しい母」「家族のために一生懸命働く母」「厳しいけれど子ども思いの母」などのように、修飾語をたくさん付けた文が評価される。
 また、「スローガン的な語句」が多く並んでいること。例えば「国の発展に尽くします」「有名な学校に必ず合格します」「母校の名誉のために一生懸命勉強します」などのスローガン的な語句を多用することがよしとされる。
 このようなことに重点が置かれていて、どんな内容を書くかはあまり問題とはならないようだ。例えば、「建国の父について書きなさい」という問題であれば、必ず称賛する内容を書かなければならない。複数の生徒の話では、もし称賛しない内容を書けば、評価が低くなったり、先生に呼び出されて叱られたりするそうである。つまり、生徒は作文のテーマを見れば、どのようなことを「書くべきか」が分かるそうである。
 このような作文指導を受けた生徒が、受検会場で初めてテーマを知らされて、その場で考えて、文章の構成を練って作文を書くことはたやすいことだろうか。
 同じ高校入試の作文でも、例えば「高校生活の抱負」「高校生活の夢」など、事前にある程度準備ができるような内容なら、比較的短期間で書けるようになる。
 しかし、その場で与えられたテーマについて考察し、自分の考えをまとめなければならないような作文はなかなか書けるようにはならない。例えば、2019年度にある県の公立高校の外国人選抜の作文検査で、次の問題が出された。「今後日本に住む外国人が増えていくことが予想されています。外国人と日本人がより良い社会を築いていくためには何が必要だとあなたは思いますか。」
 私はこの問題を、「暗記学習の国」から来た生徒10名ほどに、自分の作文のキーワードを何にするかと発問したが、自分なりの答を示したのは1名しかいなかった。断っておくが、全員日常生活の日本語には困らない生徒達だった。その中で1名だけが 「education」 と答えた。実際に作文にまとめるには、このあと段落の構成など文章の推敲が必要だが、他の生徒は作文の核となる語句を思いつくことさえできなかったのである。
 日本語ネィティブの立場から考えると、この問題は「外国人との共生」がテーマなので、外国出身の生徒には書きやすいように見えるが、「国や社会について考える」「自分の考えを表現する」という学習経験が少ない生徒にとっては容易なことではない。

3 おわりに
 「学力観」が異なると、「作文を書く」という意味も違ってくる。日本の教育では、作文は「自分の考えを書く」、「その場で考えて書く」ものだが、「暗記学習の国」では、作文は「覚えてきたことを書く」「先生や学校が要求していることを書く」ことのようである。
 従って、「暗記学習の国」の生徒は、「作文は『書くべき内容』を先生に教えてもらえば、すぐに書けるようになる」と考えるだろう。このような生徒に、「外国人選抜は、作文と面接だけなので、受検しやすい」などと言えば、すぐに飛びついてしまう。誰でも楽な方法で合格したいと思うものなので、あとから「日本の作文はそういうものではない」と説明しても、もう聞く耳をもたない。
 私の教えた生徒の中にも、外国人選抜を安易に受検して、進路選択を誤った生徒がいる。ガイダンスや説明会を実施している人達は、善意で行っているのは十分承知しているが、日本と外国との教育内容、学力観、教育事情などの違いを十分に把握したうえで情報発信して欲しい。そうでなければ、情報が誤った受け取られ方をして、とんだ罪作りな結果になることを知って欲しい。

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