〔[民法column]矢印の向きが錯綜している件について〕【Y−Method実践編】
Y-Methodとは…『「Y−Method」の概要について』
目次
1. 一般的な図の書き方を共有できていない受験生がいること
1.1. 債権を基準に図を書くのが一般的であること
1.2. 債権を基準に図を書かない者が一定数いること
1.3. 検討項目ごとに図が変わること
1.4. 小括
2. 危険負担に限り債務基準の図を受験生がいること
2.1. 危険負担も債権基準の図が一般的であるが,債務基準で整理している受験生がいること
2.2. なぜ受験生が債務基準の図を用いるのか
⑴ 債務基準の図を用いる理由について私の考える仮説
⑵ 債権基準の図に対する受験生の感想
3. 私の問題提起
矢印の向きは色々?
民法の得点力を安定させるためには,「図」を書くことが有用である。ところが,受験生からの質問に対応していると,的確に「図」(特に「矢印」)を書くことができない受験生が一定数いることが明らかとなった。
そこで,どのような問題があるのかを明らかにしつつ,学習の作法を徹底する必要性を明らかにしていく。
なお,参考文献は手元にあるものを参照したため,最新版になっていない点はご容赦いただきたい。また,改めて調べて更新する。
1. 一般的な図の書き方を共有できていない受験生がいること
受験生から民法に対して質問を受けたときに,図を書きながら説明しても話がかみ合わないケースに出くわすことがある。その原因を突き詰めていくと,「図の書き方」が場当たり的になっている受験生が存在していることが明らかになった。そこで,一般的に説明されている図の書き方と,一部受験生が採用している図の書き方を明らかにしつつ,問題点を指摘していく。
1.1. 債権を基準に図を書くのが一般的であること
まず,「Aを売主,Bを買主として売買契約が成立した」という単純な売買契約を図示する場合において,AからBに代金債権を書き,BからAに対して引渡債権を書くのが一般的である(図1参照,以下「債権基準の図」という。)。なお,一般的な教科書にもそのように書かれている 。
1.2. 債権を基準に図を書かない者が一定数いること
ところが,双務契約を図で書くときに,「物やお金の移動」を基準に図示(図2参照,以下「債務基準の図」という。)している者が一定数いた 。
債務基準の図を用いる受験生に対し,「売買契約だけこのような図を使うのか」と尋ねたところ,当該受験生は,いずれも「売買契約のみならず,賃貸借契約や請負契約でも同様に用いる」ということであった。
1.3. 検討項目ごとに図が変わること
債務基準の図を用いる受験生に対し,「債権譲渡はどのように図示するのか」と尋ねると,図1のように,「債権を基準に書く」ということであった(図3参照)。
しかし,これでは,「売買契約締結」→「代金債権譲渡」という事例を目の前にしたときに,売買契約を「債務基準の図」で書いたのちに,「債権基準の図」に書き換えることになる(図4)。
また,相殺が許されないケースとして,「自働債権に抗弁権が付着している場合」という事例が取り上げられるが ,このケースを検討するに際しては,債務基準の図を書いた後で,債権基準の図に書き直していくメリットはないと思われる。
なお,双務契約の類型において債務基準の図を書く受験生に,「連帯債務や保証債務はどのように書くのか。」と尋ねたところ,「債権基準の図を書く」ということであった。
このように,出てくるケースに対して,場当たり的に図を作成してしまっており,論点の整理をする前提の作法を欠いているケースが存在していると思われる。
1.4. 小括
以上のとおり,民法の図を書く際に,遠回りして書いている受験生が一定数いることが明らかとなった。
2. 危険負担に限り債務基準の図を受験生がいること
以上のように,双務契約全般について債務基準の図を受験生がいる一方で,普段は債権基準の図を用いるが,「危険負担」の論点のみ債務基準の図を書く受験生もいた。
2.1. 危険負担も債権基準の図が一般的であるが,債務基準で整理している受験生がいること
一般的な教科書においてどのような説明がなされているのかを確認してみると,私が確認した限りでは,一部例外もある が,「債権基準の図」が描かれている 。
ところが,この点の受験生の認識を確認するため,「債権者主義について説明せよ。」という課題を提示し,グループワークを行ったところ,いずれのグループも「債務基準の図」を作成していた(図5) 。
このように,一部受験生は,危険負担の論点については,教科書や一般の講義で用いられる債権基準の図ではなく,「債務基準の図」を用いて整理をおこなっているようである。
2.2. なぜ受験生が債務基準の図を用いるのか
⑴ 債務基準の図を用いる理由について私の考える仮説
上記グループワークの後,普段は債権基準の図を書いているという受験生に対し,「なぜ危険負担の場合は債務基準の図を書くのか。」と尋ねてみると,「この方がわかりやすい。」という回答があり,この回答に対して「誰かに教わった図なのか。」と聞いてみると,「そうではなく,自分で整理したらこのようになった。」とのことであった。
もちろん,各論点についてどのように理解するのかは自由であるし,無理に債権基準の図を押しつけるつもりもない。しかし,なぜ,受験生が,危険負担に限り債務基準の図を使うのかを考えてみると,以下のような仮説が考えられ,もしこの仮説が成り立つならば,短答式試験等で問題を解くのに時間がかかってしまう可能性がある。
まず,私が考える仮説とは,受験生の一部は,債権基準の図のうち,「引渡債権が消滅した」という部分(図6)をみて,「引渡債務が消滅した」というように変換できないというものである。
もしこの仮説が成り立つならば,債権と債務の関係を瞬時に変換できないため,短答式等の問題を解くときに,うまく状況を整理できない結果となるだろう。その結果,ある選択肢の検討時間が長引いてしまい,時間切れになる者も一定数いると思われる。
⑵ 債権基準の図に対する受験生の感想
ところで,債務基準の図を用いて法律関係を整理していたというある受験生からは,上記グループワーク後の解説のあと,「民法の学び始めの段階で,『モノの動き』の方が観念しやすく,それで図を作っているうちに,基本的に債務を基準とした図を一般的に書くようになった」という原因の一つを話してくれた。債務基準の図を書いてしまう主な原因はここにもあるといえそうである。
なお,この受験生からは,「今回説明してもらった債権基準の図で整理する方がわかりやすい。実は,双務契約が締結されたあとで,相殺が行われるケースがわからなかったが,その原因が理解できた」とのことであった。
このように,作図が上手くできないために,点数を落としてしまっている受験生も一定数存在していると思われる。
3. 私の問題提起
今回,基本的に債務基準の図を用いるが,場合によっては(相殺や債権譲渡の場合)債権基準の図を用いる者(以下「類型①」という。),基本的には債権基準の図を用いるが,危険負担の論点のみ債務基準の図を用いる者(以下「類型②」という。),③全ての図について債権基準の図を用いる者(以下「類型③」)が存在していることが明らかとなった。
法律学習や学習指導にマニュアルがあるわけではないが,一定の「作法」は存在するのは疑いがないと思われる。
多くの指導者は,「債権基準の図」を用いて講義をしていると思われる 。ところが,類型①の受験生は,通常の売買契約等の法律関係を整理するのに「債務基準の図」で整理してしまっており,講義や演習の際に,講師と共通の言語を用いてコミュニケーションすることができていない可能性がある。
また,類型②の受験生も,債権と債務の関係を,瞬時に変換できない可能性がある。
まずは,「民法の基本的な事例についてどのような図を用いて整理しているのか」を確認し,講師が進めている方法を実践していくのが,遠回りであるように見えて,近道になるのではないかと考えている。
特に,学び始めに変な癖がついてしまうと,修正は難しいと思われる。最初の段階で,「矢印は,権利を持っている者から義務者に対して伸ばす」という「作法」を徹底する必要があると思う。
以上,整理しきれていると議論とはいえないかもしれないが,今後の学習の指針として役立てば幸いである。
行政書士試験民法の対策は「【Y−Method実践編】〔民法〕」
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